テーマ企業インタビュー:株式会社オノザキ
2023年度東京ビジネスデザインアワード
「東京ビジネスデザインアワード」は、東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションです。
企業の持つ「技術」や「素材」をテーマとして発表、そのテーマに対する企画から販売までの事業全体のデザイン提案を募ります。2023年度は、テーマ11件の発表をおこない、10月30日(月)14:00までデザイン提案を募集中です。本年度テーマに選ばれた11社へのインタビューをおこない、技術についてや本アワードに期待することなどをお聞きしました。
テーマ:メイド・イン・TOKYOの職人技「ソール製造加工・貼り合わせ技術」
東京の中心を流れる隅田川にほど近い台東区今戸は江戸の頃より皮革の産地として知られ、現在でも革の卸問屋や靴工房が多く軒を連ねる東京の靴産業の集積地。オノザキは70年の歴史と長年受け継がれてきた加工技術をもつ靴ソールメーカー。熟練した職人の技で作る、ゴムや革などの素材を用いた靴の本底は靴メーカーのみなならず、デザイナーやクリエイターからの信頼も厚い。近年では隣接する靴メーカーである関連会社が手がけるメイド・イン・アサクサの自社製品で海外展開にも成功している。ものづくりへの熱い思いとこころざしを持った小さな町工場を訪ねた。
お話:代表取締役 小野崎記子氏
■失われつつある技術という課題に直面
ーーまずは御社の歴史から教えてください。
このあたりは昔から靴に関連する商売をしている方が多く、弊社は祖母が1951年に靴のヒール卸の会社として立ち上げました。父が2代目を継いでからは、台東区今戸と千葉県松戸に工場を作り卸ではなくソールの製造を始めました。
ーーお父様の代から現在の製造業にシフトされたのですね。
はい。靴の部材は108あると言われていますが、その内のヒール、本底、中底の三大パーツをセットで納品して欲しいという依頼が多かったそうです。「本・中・ヒールの3点セット」と業界では言われているのですが、これを揃えて靴メーカーさんにお届けできる体制を整えました。
ーー靴メーカーとしては3点セットが同時に手に入ることにどのようなメリットがあるのでしょうか。
靴底を支える重要な3点セットが揃っていることのメリットは、それぞれの角度のズレがなく完成品にした時に綺麗な靴に仕上がることです。それで現在でもとても便利に使っていただいています。
ーー小野崎さんで3代目ということですね。
そうなりますが、私は大学卒業後、経営コンサルタント会社に就職をしまして、2代目である父が急に亡くなった後は私もすぐには退職ができなかった都合で、当時の番頭さんに10年ほど社長を務めていただきました。その間弊社取締役を務めながら3年の二足の草鞋を経てこの会社に入り、今年で15年ほどになります。
ーー前職の経営コンサルタント会社ではどのようなお仕事をされていたのでしょうか。
全国の金融機関とご一緒に企業の課題解決、フランチャイズ提案などをしていました。
ーー家業とは異なる業界に就職されたのですね。
そうですね。大学では哲学を学びたかったのですが商学科に進みました。将来家業を継ぐことを想定してのことでした。
ーーそうでしたか。
経営コンサルタントをしたことでいろいろな業種の会社さんの決算報告書にふれることが出来たことも学びになっています。ですが予想よりだいぶ早く家業を継ぐことになりました。
ーー台東区今戸は靴製造や革卸問屋の集積地で今も隣ご近所は同業の会社さんが多く見受けられますが、お父様の代と比べていかがですか?
私が子供のころはもっとたくさんあって今より賑わっていました。小学校は区立に通ったのですが、クラスには商売人の子供ばかりでサラリーマンの家は一人しかいませんでした。当時は景気も良かったのか特に女子は私立に進学をする子も多かったです。
ーー地域の歴史も身近に感じながら、今も歴史あるこの地でご商売をされているのですね。そんな中TBDAにもご縁をいただき応募されましたが、どのような経緯での出会いでしたか?
実は私のお友達がTBDAに参加し2020年に優秀賞をいただいていました。いろいろお聞きしたらとても興味深くて、私も参加してみたいと思い応募させていただきました。
ーー両国の東屋さんですね。私も伺い取材をさせていただきましたが、小野崎さんの会社同様、職人さんと二人三脚で丁寧にものづくりをされている企業さんでした。今回、長年靴製品に携わりながら、どのような課題をお持ちでどのような展開を模索されていたのでしょうか。
隣に靴の製造だけでなく商品企画から小売・サロン運営までを手がける有限会社アクストという靴メーカーの関連会社があります。ある意味オノザキのお客さんなのですが、そちらは最終製品を取り扱っているので、展開の仕方はいろいろあります。今も全国に靴のオーダーメイドの靴サロンを3店舗展開し、着物生地を使ったスニーカーが大ヒットしていまして海外からのオーダーに対して製造が追いつかないような状態で繁盛しているんです。
ーー国内だけでなくすでに海外展開も経験されているんですね。
はい。ですがオノザキはビジネスモデルが異なっています。作っているのは靴のパーツだけで、最終製品を取り扱っていません。そしてメーカーさんからの一回ごとのオーダーメイド、しかもそれが量産されることがない。それを繰り返していくわけです。目先の経営が苦戦しているわけではないのですが、弊社の自慢である職人も高齢化していくいっぽうで技術の承継も進んでいません。オノザキとしての商品がないこともあって、入社してから10数年ビジョンが見えないという状態が続いています。この技術をどうにか活かしたいと思いつつ、ここまできてしまいました。
ーー靴の街浅草の歴史と、文字通り靴の屋台骨でもある靴底製造の技の承継ですね。台東区今戸は昔から靴製造のメッカとして知られていますが、靴の製造は分業制で細く分かれていると聞いたことがあります。
完全に分業制です。個人事業主というかたちで街中にたくさんの職人さんがいて、弊社でも生産数が多くなると昔からお世話になっている職人さんにお願いしています。もうみなさん大変な高齢な方ばかりで年々廃業する方もいて、職人技の承継は喫緊の課題となっています。
ーー廃業されたらもう作れなくなってしまうということですか?
自宅の居間で奥さんがサポートしながらというところも多く、その方しか出来ないことは技術自体がなくなってしまうというような状況です。
ーーそうなると昔ながらの靴づくりはどうなるのでしょうか。
弊社でも出来るところは補うのですが、必然的に生産量は減少し、最悪これまでのクオリティを持った製品が作れなくなってしまいます。
必要とされる技術の承継
ーー今回のアワードでデザイナーやプランナーとマッチングして、ものづくりやブランディングに取り組む場合、ものづくりに関しては外注せずに社内で完結できるのでしょうか。
はい。量産は分業していくかたちになりますが、サンプルは全て弊社2階にある工場で作っています。完成品である靴に関しても隣にある関連会社で作ることが出来ます。
ーー今回のテーマにあげていただいた「ゴム加工技術・貼り合わせ技術」について教えてください。
弊社が手がける靴の具体的なパーツとしてはスニーカーのゴム底の部分になります。大手のメーカーさんの場合は型を作り、その型にゴムを流し込み一体成形で製造します。ですが弊社のような小さな工場ですと、それを自分たちの手作業で作ります。
ーー手で、ですか?
はい。例えば底の部分はいくつかのパーツを貼り合わせて高さを出して作ります。
ーー主な加工はどのようにするのでしょうか?
機械に取り付けた石で削り加工をします。
ーー石ですか?
靴の本底はゴムの裁断からシェイビングストーンという石を使い削り、磨き、貼り込み、塗装、刻印という流れで製作します。丸い石やダイヤ型の石など石には種類があり、加工する場所やデザインや機能によって石の形を変え加工をします。
ーーそうなんですね。ヒールに使う素材はラバーですか?
ラバーと革を使ったり、あとは紙ですね、ボール紙が立派になったような材料も使います。
ーー全て手作業で貼り合わせるのですね。
最初にゴム屋さんから作る靴に合わせて独自に調合していただいたゴムを仕入れ、それを油圧裁断機で金属製の型を使って抜き、縁を加工します。着色も弊社工場で職人がしますし、靴の中敷のところの金判も箔を使って箔押し機で1点ずつ刻印していく職人さんがいます。
ーーゴムと異素材の接着はどの程度できるものなのでしょうか?
ヒールは強度を出すためにゴムと革を接着して接合して成形して作ります。現状素材として弊社が付き合いがあるのがゴム屋さんと革屋さんですが、今回のアワードでデザイナーさんが何か使いたい素材がございました弊社からアプローチすることは出来ます。
ーーゴムや別素材の貼り合わせも御社独自の技術があるのですか?
接着のしやすさや強度、生産性も含めて、プライマーや接着剤との掛け合わせには知識が必要になってきます。それがノウハウとして蓄積されているのが弊社の技術です。
ーーそれを今回のテーマでは靴以外のところでの活用を希望されているとか。
そうです。
ーー靴の技術をさらに磨きながら、専門分野以外での利活用をお考えになった背景を教えてください。
ご提案いただくものはもちろん靴でも構いませんが、私たちの規模の靴業界は年々シュリンクしています。職人を抱える経営者視点としてビジネスの幅も広がり、靴以外の何かに応用できたらそれが技術の継承にも繋がると考えたからです。それとものづくりの部分では、靴の作り方自体も建物や日用品と同様に「簡素化」していることに危機感を持っています。
ーー簡素化ですか?
昔は建物一つとっても素敵なものが多かったと思うのですが、シンプルが悪いわけではありませんが、少し味気なくなっている気がしていて。それは靴も全く一緒で、かつては人様があまり見ないような靴底の部分にもこだわって作っていました。ですが一般的な靴は特に、効率や値段が優先されて、素敵にするとお金がかかってしまうからメーカーさんはそちらには行きません。
なかなか言語化は難しいのですが、私たちが手がける靴底の部分でいいますと、「押縁」(靴底からコバがはみ出した部分、アッパーが傷つくことを防ぐ)の部分などがそうなのですが、靴のディテールは機能性とともに美しく素敵にするために作られています。これも押縁屋さんが成り立つくらい一つの独立した技術です。50年ほど前の人が履いていた靴の方が、今の靴と比べると上質だったりオシャレだったりするんですよね……。
簡素なソールのオーダーばかりが増え、そうすると素敵なものづくりを支えていた技術も、どんどん衰退してなくなっていってしまいます。ですので、靴のソール以外の新しい業界に向けたものづくりが出来ないかと思っています。
ーー靴とは別の形であってもその技術は活かせると。
そう思って今回応募させていただきました。
実績のある海外展開を視野に新たなものづくりを
ーー今回のアワードではゴム以外の素材の加工にもチャレンジしたいとお考えだそうですが、どのような素材の加工が可能ですか?
テストは必要ですが、ソールを削る機械は、回転数を調整することで革やゴムだけでなく、他の素材の加工が出来るそうです。普段それを扱う職人さんの技を間近に見ていると、プロダクトのサンプルの制作やアートピースのような一点ものにもこの技術は転用出来るのではないかと自負しています。
ーー細やかな加工技術、設備を使い靴以外の別のものづくりも可能であるということですね。具体的に何か考えているものはございますか?
例えばですが、子供の玩具を作ったり出来ないかなと妄想しています。
ーー数は小ロットからの製造も可能ですか?
はい。靴の場合、最低でも30足は欲しいところなのですが、ファッションのコレクション用の靴を手がけることも多く、5足というオーダーにも応えています。ですがサンプルも作っていますので1点からでも全然大丈夫です。
ーーこれまでデザイナーとの協働はございますか?
靴のデザイナーさんとは度々ありますが、それ以外のジャンルのデザイナーさんとの協働はございません。メーカーさんだけではなく、個人のデザイナーさんなど、ご自分で作ったヒールをお持ちになって、それに合わせて本底を作って欲しいというご依頼に応えたこともあります。今回のアワードの応募動機もそうなのですが、靴に全くこだわりはありません。むしろ靴以外にいきたいです(笑)。
ーーそれはなぜですか?
ずっと同じ業界でいることはこれからの時代を考えたらリスク以外の何物でもないと思っているからです。
ーーすでに技術はお持ちで御社ならではの技を活かした新しい分野でのものづくりを目指すということですね。
はい。そう思っています。関連会社のアクストとオノザキが組み、リサイクル、エコのような視点で端材を組み合わせて素材からアプローチすることも出来ます。
ーーどんなデザイナーやプランナーと出会ってみたいですか?
柔軟性がある方で、職人に対して同じプロフェッショナルとしてリスペクトの思いを持っていただける方が希望です。
ーーTBDAはデザインアワードではなくビジネスデザインアワードですので、デザインの力を使ってビジネスをより豊かにしていくということがテーマになっています。今回のアワードではどのようなビジネスモデルをイメージされていますか。
オノザキとしてはB to C展開をするのが長年の夢です。あとはこれまでは100のお取引先に対して100種類のものを供給していましたが、一つの商品を100のお取引先に展開するようなビジネスモデルを手がけてみたいです。
ーー「オノザキブランド」の商品を作り、それをブランド化して育てていくことですね。
はい。東京都の補助事業で「Buy TOKYO」というものがありまして、弊社では2年前に採択していただき、その際開発した「着物スニーカー」が現在絶好調です。その補助事業には今年も採択されていて今回は浅草で作っている弊社の靴を世界展開するプロジェクトが進行中です。ですので今回のアワードでデザイナーさんとマッチングできましたら「東京発」、「浅草発」の靴以外のプロダクトを開発したいと思っています。弊社ではそれを国内だけでなく世界展開できる販路はすでに見えていますので、すぐにでも世界に売っていきたいという意気込みでいます。円安も追い風に世界は日本の品があり上質なデザインを求めています。売れるものづくりは大体分かっています。
ーー人々のニーズが多様化したことでヒット商品を作ることが難しい時代に、御社が持つ経験と実績はものづくりに携わるすべての人にとって支えになると思います。国内ではなく、いきなり海外のマーケットをターゲットにというアプローチは面白いかもしれません。
近年、ものづくりは中国をはじめアジアの国々が支えていた時代が長く続いていました。ですがここへきてその流れが日本に戻ってきているという肌感を持っています。近ごろ国内のメーカーさんから、これまでは中国で作っていたけれどオノザキさんのところで作れませんかというご相談がものすごく多いんです。
ーー 高度経済成長期以後、日本製品の製造拠点の多くはアジアの国々に移行しました。そのアジアの国々も経済発展を遂げ、海外の工場を国内に戻す国内回帰が加速していると聞きます。でも時すでに遅しで、国内の製造業が衰退しつつあり、技能継承、働き手の確保も困難になりつつある。そんな中、苦しい時代にも職人さんの腕一つで踏ん張ってきた御社のようなものづくり企業が、国内のものづくりの受け皿としてとても貴重になってきているんですね。
コロナ禍を経て、特にそのように感じます。複雑な思いがありますが弊社のような手仕事の技術はますます貴重になってきていると感じています。
ーー今回のアワードでは、デザイナーやプランナーとのマッチングを経て、御社の優れた技術を知っていただくきっかけにもなることも願います。
ありがとうございます。技術の承継の問題は本当に深刻ですが、未来のあるやりがいのある仕事だと思っています。若い皆さんにもぜひ興味を持っていただけたら嬉しいです。
ーー応募を考えている方にメッセージをお願いします。
皆さんのアイデアで弊社が持つ良いところを引き出していただきたいですし、どのようにご覧になっていただけるのか気になります。新しいことにはまずトライしてみるという前向きな社風を持った会社です。職人と何かをやってみたいという思いを持っている方とご一緒させていただくのが楽しみでなりません。
インタビュー・写真:加藤孝司
メイド・イン・TOKYOの職人技「ソール製造加工・貼り合わせ技術」
株式会社オノザキ
企業HP:https://onozaki-japan.com
各テーマの詳細はこちら:https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/#design_theme
2023年度東京ビジネスデザインアワード
デザイン提案募集期間 10月30日(月)14:00まで
応募資格:国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど
応募費用:無料
詳細は公式ウェブサイトをご覧ください https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/