テーマ企業インタビュー:株式会社研文社
2023年度東京ビジネスデザインアワード
「東京ビジネスデザインアワード」は、東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションです。
企業の持つ「技術」や「素材」をテーマとして発表、そのテーマに対する企画から販売までの事業全体のデザイン提案を募ります。2023年度は、テーマ11件の発表をおこない、10月30日(月)14:00までデザイン提案を募集中です。本年度テーマに選ばれた11社へのインタビューをおこない、技術についてや本アワードに期待することなどをお聞きしました。
テーマ:輝きと手触りを自由自在に表現できる「デジタル特殊印刷技術」
近年のインクジェットデジタル印刷機の発展とともに注目されているものに、デジタル加飾機によるデジタル箔がある。視覚と触覚に訴える立体感のあるデジタル箔の表現は、商業だけでなくアートなどジャンルを越えて展開が期待される技術。従来のように金型を使わずにデジタルデータからダイレクトに印刷から箔押しまでワンストップ、短納期で美しい製作物が作れる強みを持っている。長年商業印刷に携わってきた研文社は、デジタル印刷機とデジタル加飾機の組み合わせで作るデジタル箔を積極的に取り入れている企業。そのものづくりに込めた思いを聞いた。
お話:代表取締役社長 網野勝彦氏、プロデューサー 岡田健司氏、生産本部デジタルオンデマンドセンターセンター長 吉原洋平太氏
■アナログ箔とは異なるデジタル箔の魅力とは
ーーまずは御社の創業の経緯から教えてください。
1946年に大阪梅田の今は阪神百貨店がある辺りで謄本屋として創業した会社です。時代は戦後直後の復興期で創業当時は金融と自動車産業の仕事からスタートしました。創業当時から大切にしていたのが人づくりです。当時は活版印刷機からオフセット印刷機に変わる時代で、印刷の知識や技能を高めていこうと、創業者は国家資格である印刷営業士の認定制度確立にも関わったそうです。オフセット印刷機、DTPの導入も国内の最前線でやってきた会社で、新しいことに取り組んでいく気風はDNAにあり、これは社是にも入っています。
ーー常に新しい技術に取り組んでこられた会社ですが、御社のデジタル特殊印刷ブランド「デジデコール®」をテーマに選んだ理由を教えてください。
「デジデコール®」は弊社が持っている最先端デジタル印刷機と、デジタルのニス箔ができるUVインクジェット方式のデジタル加飾機を掛け合わせて出来る印刷物などのプロダクトやアプリケーションの総称で、弊社がつけた印刷に関するブランド名です。新しい印刷表現の可能性を大いに秘めた技術であり、これにデザインの力を借りて今までにない新しい商品を作ってみたいと思ったのがテーマに選んだ理由です。
ーーデジタル箔ができる最新鋭の加飾機導入の経緯と目的を教えてください。
弊社はこれまでチラシ、カタログ、リーフレットなどの商業印刷をメインに手掛けてきた会社です。この印刷機を最初に見たのは2016年にドイツで行われた世界一の印刷メディア産業展「drupa 2016」でした。当時から印刷はQCD(品質・コスト・納期)の追求で、技術を高めることではなく価格競争になっており非常に苦労を強いられている業界です。
弊社は創業以来、価値の向上を目指してきましたが、熾烈な価格競争を続けている状況を、この業界全体のためにもなんとしても改善したいと思い続けてきました。
そんな中、出会った夢のある印刷機がJET VARNISH3Dでした。大変高価な機械ですが導入を模索していたところ東京都の後押しもあり、設備投資を行うことが出来ました。導入したここ3年ほどはコロナ禍により思うように事が進まず、この機械の可能性をビジネスにどう活かそうかと試行錯誤をしてきました。
弊社は請けた仕事は最善をつくして仕上げるのは得意ですが、自社の技術を使って新しく商品を作ったり、市場を開発したりすることに関しては不得手としています。そんな時にこのアワードを知り、弊社の「デジデコール®」を活かしたクリエイティブ表現、デザイン表現をビジネス展開へ、そして私たちが考えていることを広めていく良いきっかけになるのではないかと思い、応募させていただきました。
ーー従来の箔押しや加飾機、デジタル印刷機と比べてどのような違いがある機械なのでしょうか?
この機械の大きな特徴はデジタルデータを使った新しい箔押し技術であるということです。これまでの箔押しは金型を作らないと箔が押せませんでした。それがゆえにコストの面でもデザインの面でも制限があるのはやむを得ないことでしたが、デジタルデータを使うことで金型が不要になり、箔のデザイン自由度が大幅に向上しました。さらにデジタルなので小ロットでも対応ができ、弊社独自の技法・技術の研究により従来の箔とニスでは出来なかったクリエイティブ表現と質感の表現が出来ることが最大の特徴です。データからダイレクトに箔を打つことができるので、従来の箔押しでは難しかった細かな柄の箔押しもデザイン次第で容易に作れますし、弊社独自の技法・技術はマーケットにおいてそれが商品の差別化にも繋がります。
■つい触れたくなる立体感のある表現
ーーデジタル箔押しの印刷のプロセスとしては、紙に印刷をして、その上にクリアのニス、その上に箔になりますか?
そうです。インクジェット方式なので細かな模様も正確にニスを入れることができます。これは従来の箔押しでは不可能な技術です。
ーーだからこれほど立体感のある豊かな質感を持った表現が可能なのですね。
デジタル箔ならではの表現です。
ーー実際に携わってみてどのようなところに面白さと可能性を感じておられますか?
メーカーのマニュアル通りに作れば基本的なものは作ることが出来ます。ですがそこから掘り下げていく中で、独自の表現を生み出せるのがこの機械の面白いところです。ニスを紙の上にのせて貼り付けるという技法なので、ニスと紙の相性もあって失敗のようなものもあるのですが、ただそれは世の中にはなかったもので、見方によっては失敗が新しい技法や表現にもなる。弊社でも失敗を恐れずチャレンジする中で、新しい技術・技法が生まれました。まずは自分たちが驚かないとお客様には伝わらないと思っていて、発見の繰り返しにワクワクします。その面白さを世の中の人に伝えていきたいという思いも本アワードへの応募動機になっています。
ーー印刷からデジタル箔までの制作プロセスを教えてください。
デザイナーが制作した印刷データを取り込み印刷機に紙をセット、下絵を印刷した後に加飾機に再び印刷した紙をセット、加飾機では箔を押したい箇所にインクジェットのヘッドから細かくニスが噴射されます。吹きかけたニスが紙の上でUV硬化することで固まり、再び熱を加えた箔のフォイルを上にのせるとニスの部分にだけ箔が反応してフォイルから剥がれて紙に転写される仕組みになっています。
ーー厚みのある箔の表現はどのように行なっていますか。
噴出するニスの量を変えることで箔の高さを変え、浮き出し加工のような表現をすることが出来ます。厚みは最大で200ミクロンまで表現することが出来ます。従来の箔押しは出っ張っている凸版と紙の間に箔をはさみ熱圧着し箔を転写するので、デボスと言って活版印刷のように凹んで転写されます。対して弊社のデジタル箔押しはエンボスで、ニスの上に箔をのせて盛った量で箔が載ります。凹んでいる箔と出っ張っている箔とでは光り方に違いがあり、アナログの箔と比べるとより一層輝いて見えるという利点があります。インクの耐光性もオフセット印刷のインクに比べると高いという結果が出ています。加工の部分で言いますとニスで固めて箔をのせているので、折ると割れてしまうリスクがありますが折り曲げ箇所はデザインで逃し、補っています。逆にあえて割るということを表現にするということもあると思います。
ーー見た目にも立体感があるのでついつい触りたくなるユニークなデザインです。店頭などで見たときに注目度が上がり、それが消費者の購買にも繋がりそうですね。
おっしゃる通りで、通常の平面の印刷物と比べてお客様が商品を視認する時間が1.3倍になるという調査データがあります。我々の業界の商業印刷物は見て、商品に興味を持ってもらい、購入してもらうきっかけづくりが目的の一つです。そのため目にとまり、できるだけ長く見てもらって情報をインプットしてもらうことが大切になります。この印刷物はB to Bの場合はそのように活用されています。今回アワードではB to C向けの商品を想定しており、あっと驚く、手に持つ、興味を持っていただくフックとしてこの技法は活かされると考えています。
ーーデザイナーはどのようなデータを用意することになるのでしょうか?
イラストレーターやフォトショップなどのアドビ社のアプリケーションでデザインデータを作成する際と同様に、箔を押したい部分を別レイヤーでCMYKの4色印刷データに加えるようなイメージで、ニス版、箔版データを作っていただくだけで箔押しのデータを作ることが出来ます。データはグレースケールで作ることになりますので、作成していただいたグレースケールの濃度に合わせて箔の高さが変わります。
従来の箔押しは、必ず金型を必用とし、その仕上りがイメージと違っていたとしても金型から作り直すことはそう簡単ではありませんでした。ところがデジタルではデザイナーさんは画面を見ながら箔のイメージもグラフィックと一緒にデザインに落とし込むことができます。デザインデータを作るように箔もデザインできるのがこれまでの箔押しとの大きな違いです。
■新しい技術で付加価値のあるものづくりを
ーー3年間試行錯誤してきた中で技術やノウハウを蓄積されてきました。あとはこの技術をどう活用するか、そのためにもそれをかたちにするデザイン力が重要になりますね。
そこが現在の課題です。箔やニスの表現はデジタルになることで自由になりましたが、裏を返すとそれはデータ作りにかかっているとも言えるわけです。データの作り方は弊社内にも加飾のデザインに慣れた者がおりますので、今回ご一緒させていただくデザイナーさんにも最初慣れないところはレクチャーいたしますので安心していただければと思います。
ーー現状ではどのようなものを作られていますか?
ポスターやラベルシール、弊社では表面加工する機械と型を自由にカットすることができるカッティングプロッターを導入し商品パッケージやペーパークラフトの製作、成形するところまで手がけています。
ーー印刷できるサイズ大きさを教えてください。紙以外の素材にも印刷は出来ますか。
大きなものですとB2サイズまでの印刷が可能です。紙以外ですとペット系素材、塩ビ、合皮に使えることは実証しました。
ーー基本は凹凸のない平面への印刷になりますか?
完全な平面ではなくても合皮のような質感のもので多少の凹凸のあるものは大丈夫です。
ーー今後デザイナーから提案があった場合、今はまだやっていないけど印刷できそうな素材はありますか。
デザイナーさんからの提案にはできるかぎり制約を設けず、まず実験をするところから一緒にチャレンジしていきたいと思っています。弊社はデジタル印刷機とデジタル加飾機が隣り合わせに設置されていますので、高度なデジタル印刷×デジタル加飾でデザインができるのも弊社ならではのメリットにもなっていると思います。
ーーチャレンジしたけどうまくいかなかった素材はありますか?
過去には塩ビで塗布面上のワックスとの相性でニスが乗りにくいということはありました。あと、紙でも全てが上手くいく訳ではなくて、和紙のような表面が粗いもので水を吸収してしまうものは塗料が固まる前に浸透してしまうため、その後の箔がのらないということはありました。最初にこの機械を入れたのがコロナ禍のタイミングで、お客様にこの技術を提案することが出来ないような状況が続きました。そんな中で技術研究の一環で、紙および印刷業界の方に加え、彫刻家、フォトグラファー、ファッションデザイナーなどさまざまなジャンルで活動をするクリエイターの方にご協力をいただき、このデジタル加飾機を使った作品で展示会を企画したほど、トライすることには全社一丸で前向きです。
ーーオンライン展覧会「DIGIDECORE」ですね。これまでのデザイナーやアーティストとのコラボレーションでどのような発見がありましたか?
先の展示会の際に、ファッションデザイナーと出会うことが出来ました。当初は平面のポスターを作るというところから進めていきましたが、やっていく中で印刷をした紙を布のように糸で縫製をしたら面白いんじゃないかというアイデアが生まれ、紙でアパレルを作るチャレンジをしました。当然着ることは出来ないものではあるのですが、私たちには発想し得ないアイデアでしたので面白かったです。我々の知見ではどうしてもポスターやカードといった平面の枠を超えていくことは中々出来ません。ですが今回の様に印刷という市場ではない分野で活躍されているデザイナーさんと出会うことで、印刷したものから立体物を作るというアイデアへ広げることが出来、私たちも自信になったプロジェクトでした。
ーーこれまでも最新鋭の機械を使った独自の技術をさまざまなアプローチで磨き続け、見たことのないものづくりに取り組まれてこられました。今回のアワードではそれを活かしたビジネス展開をお考えだと思いますが、ビジネスモデルについてはどのように想定されていますか。
弊社ではナショナルクライアントさんと直接お仕事をさせていただくクライアントオリエンティッドなビジネス展開を行っています。今回新たにデザイナーさんに加わっていただくことによって、ユーザーオリエンティッド、マーケットオリエンティッドな、いわゆるB to Cをする商品を開発していきたい。弊社で持っている機械のいわば秘伝のタレとも言える独自の表現やノウハウも溜まってきており、それでプロダクトアウトできるようになりつつあります。そこにデザインでさらに付加価値を加えてマーケットインするビジネスモデルを考えています。
ーー今回のアワードではどのようなことにトライが出来るとお考えですか?
印刷会社が持っている技術がデザイナーさんのアイデアによって、違ったものとしてこれまでとは異なるフィールドに出ていきたいと思っています。デジタル箔が出てきたことで加飾印刷の表現と自由度が大きく広がりました。ただそれを実現するにはこれまでにないアプリケーションを生み出す力が必要だと痛感しています。そのためにも印刷物で終わりではなく、アナログ箔の延長のデジタル箔でもない、全く違う新しいジャンルの表現としてのプロダクトを作りたいと思っています。弊社においてもそれをアウトプットするために重要なデータ作りも蓄積されつつあり、専用のデジタル箔も日々開発されてバリエーションが増えています。デジタル箔の新しい世界をデザイナーの皆さんと一緒に作っていきたいと思っています。
インタビュー・写真:加藤孝司
株式会社研文社
輝きと手触りを自由自在に表現できる「デジタル特殊印刷技術」
各テーマの詳細はこちら:https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/#design_theme
2023年度東京ビジネスデザインアワード
デザイン提案募集期間 10月30日(月)14:00まで
応募資格:国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど
応募費用:無料
詳細は公式ウェブサイトをご覧ください https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/