公益財団法人日本デザイン振興会 公益財団法人日本デザイン振興会

テーマ企業インタビュー:合同会社YSコーポレーション(1)

2022年度東京ビジネスデザインアワード

「東京ビジネスデザインアワード」は、東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションです。

企業の持つ「技術」や「素材」をテーマとして発表、そのテーマに対する企画から販売までの事業全体のデザイン提案を募ります。2022年度は、テーマ10件の発表をおこない、10月30日(日)までデザイン提案を募集中です。本年度テーマに選ばれた9社へのインタビューをおこない、技術についてや本アワードに期待することなどをお聞きしました。


テーマ:使用中の自然な緩みの無いナット

YSコーポレーションの正司康雅氏は長年企業などで有限要素解析(FEA)に携わってきた研究者であり専門家。その正司氏がFEAの技術を用いて生み出したのが自己緩みのないナットである。従来のナットはその構造上、横からの力や衝撃でどうしても少しずつ緩む性質をもっている。だが、その緩みがときに思いがけない事故を引き起こすことがある。自然な緩みのないナットがもつ技術が、どのようなものを生み出す可能性があるのだろうか?緩まない原理とそれをもたらした技術、その未来への展望を含め話をうかがった。


お話:代表取締役 正司康雅氏

■そもそもナットはなぜ緩むのか?

ーー2004年に有限要素解析(FEA)を用いて「ねじの自己緩み」の解析をおこなった経緯から教えてください。

ねじが緩む仕組みを研究していたとある大学の先生から「ボルトの軸直角の荷重がかかると緩むんだけど、この仕組みを解析できませんか?」と相談されたことがはじまりです。当時ねじの自己緩みの再現は世界中で誰もやっていませんでした。それで長年取り組んでいる有限要素解析(FEA)を用いてシミュレーションしてみたところ、割と簡単にねじの緩む現象が再現できちゃったんですね。

物事には対策がある前に原因追求があって、原因追求の前に再現があります。再現すると、結果が起こるにはこんなことが起こっていたんだということがわかってきます。

それから20年近く研究しています(笑)。ちなみに締まっているねじのようなものは、ガタガタ動くと回転したい、緩みたいと思っているものなんですよ。


ーー締まっていて当たり前だと思っていたのですが、面白いです。そもそもなぜねじは緩むのでしょうか?ねじ緩みの原理をやさしく教えてください。

ボルトとナットはしっかり噛み合っているようにみえて、実は規格で決められているのですが、必ず隙間があるのです。

ーー隙間ですか?

隙間です。有限要素解析でこの隙間をみることができるのですが、そもそも締まっているナットの内側なんてみることができませんよね?それをみることができるのが、現象を再現して、見えないものを見える化する、有限要素解析なんですよ。


ーーそうなのですか?

はい。このボルトとナットの隙間の中の動きによってねじは緩みます。小さな動きなので、目視することが難しいのですが、往復運動の数が多くなると回転や緩みという形で確認できるようになります。このねじが勝手に緩んでしまう現象を「ねじの自己緩み」といいます。子どもの頃にねこじゃらしで遊んだことはありませんか?

ーー遊びましたが、どのような遊びでしょうか?

ねじの緩みの原理は、綿毛でもふもふのねこじゃらしで起こる現象に近いんです。ねこじゃらしのもふもふのところを握って、軽くぱふぱふ握ったり開いたりしてみてください。ねこじゃらしの棘は真横ではなく少し非対称についていますので、横からの力を加えると縮んで開くとまた広がります。そうすると上に引っ張っていないのに浮上してきます。

ーーホントですね。

そうです。ねこじゃらしと、ナットとボルトの関係は限りなく同じ原理なのです。ナットとボルトの間にわずかな隙間があるといいましたが、締められたものが横に動くとその隙間の分だけ、正確には回転するという感じではありませんが、ナットが少しずつ緩んでいくんです。

ーーなるほど。緩まないナット開発で正司さまが最初に取り組んだことはどのようなことですか?

緩まないナットをつくるにはボルトとナットのねじ面の間の隙間を埋めればいいんですね。そうすることでナットは緩まなくなります。どうすればそれができるかを考えてできたのがクラーケンナットと名付けたものです。

同じように緩まないナットにくさび効果を期待してつくられたハードロックナットがありますが、私がFEAで解析しましたが、結果としてくさび効果でねじ面の隙間を埋める効果があり、これも確かに緩まないものになっています。

ーーお話をお聞きして、自然に緩む仕組みをみると専門家の方がみれば想定できそうなことに思えるのに、なぜ今までこれがなかったのですか?

実はこのカタチってすごく難しいんです(笑)。実機でもシミュレーションでもたくさん試したのですが、絶対に緩まないカタチって極めて狭い窓しかないんです。それは解析屋とか構造家などの本職がみないとわかりません。

■生活が困らなくなるナットの活用法

ーー御社で開発した緩み止めナット、クラーケンナットとはどのようなものですか?

ナットが2つついたダブルナット型で、下に取り付けたナットが対象物を締めて付けて、締め付けた下のナットを上のナットで締めると下のナットの一部がすぼまります。すぼまるとボルトとナットの隙間が埋まり、相対的に動かなくなり、緩まなくなるというもので、すぐれた緩み止め効果を持つことがわかっています。

ーー名称は、怪物クラーケン=巨大イカが元になったそうですが、御社のクラーケンナットという名称に込めた思いを教えてください。

8本の突起がボルトを締め付けることで緩まなくなるのですが、これがイカの足に見えました。皆さんご存知のようにクラーケンはパイレーツオブカリビアンに登場する海のイカの怪物ですが、その8本の足で船に絡みついて動けなくする動き、この「足で締め付けて動けなくする」動きが同じだったのでこの名前にしました。


ーーどれくらい緩まないものなのでしょうか?

世の中には「NAS3350試験」という衝撃実験と、「DIN25012試験」というユンカー試験という、ナットの緩みに関する2つの試験があります。NASの試験では普通のナットは簡単に緩むところ、クラーケンナットは3万回の振動実験で脱落なし、振動実験後の張力を測定したDINの試験では2000回の振動試験の後でも94.3%の残張力という結果でした。現状、この2つの試験に合格したナットは報告されていません。

ーー20年近く研究を続けてきたモチベーション、課題意識はどのようなものでしょうか?難しかったところはどのようなところですか?

ねじの緩みに関しては自分でも困っていましたし、「なぜ緩むのか」、「どんなときに緩むのか」など、みんなが知っているけど、どうして起きるのかその原理がわかりませんでした。知りたいことが次々と湧いてきて、それを研究し、一つずつ解き明かしていった結果、米国機械学会(ASME)の国際会議(PVP会議)で論文を10編ほど発表するところまでいきました。会社サポートが難しかったので完全な自主研究で100%趣味(笑)でしたので、解析ツールを確保するのには苦戦しました。

ーークラーケンナットの製作にはどのような工作機械を使いますか?

金物工作は自分ではできないので、専門の業者に委託し、主に5軸のマシニングセンタで切削してつくってもらっています。

ーーとにかく具現化する熱意がすごいですね。ナットに使う素材を教えてください。

素材に特に制限はありません。なぜなら特定のものが緩まないのではなく、どんなものでも原理的に緩まないからです。今使っているのは既成の鉄製のナットを加工してつくっています。

ーー緩みのないねじでどのような「ものづくり」や「こと」が可能だとお考えですか?

普段の生活においてはナットが緩んだらまた増し締めするだけでいいかもしれませんが、プラントのようにナットの緩みが大事故に直結する場面においては、ナットの緩みにこわごわと使っている現状があります。もし緩まないということが分かれば、その不安感から開放されますよね。プラントなどのねじ緩みの確認はそれだけでものすごい労力とコストがかかります。プラントのねじの増し締めや、ねじのメンテナンスなどが最低限で済む、あるいは世の中から必要がなくなり、大きなコストダウンにもなります。そういった意味でクラーケンナットが世の中の安心や安全に大きく貢献することができる、世の中にはまだない技術をつくることが可能だと考えています。


ーー活用シーンによって「緩む」こと(外しやすい)と「緩まない」こと(外れない)の双方に利点があることが想像されます。正司さまが考えるねじの面白さについて教えてください。

面白さというか、ねじの役割は、締めることでモノを接合し、外すことでモノをバラすことが自由にできることです。

ーーオートバイや自転車の整備が趣味なのですが、ねじを緩めたり締めたりすることが楽しいです(笑)。

つまり、外せることがねじの本質なんですね。ねじが緩まないように、締めたあとで接着剤を使ったり、溶接することがありますが、これは外せなくなるのでねじの使用法としては邪道です。一度締めたら人が外すまで緩まないナットは最も正しくねじが働いている状態だと思います。

■予測ではなく正しい原理で解析する

ーー正司さんが考えるこの技術の意義とは?

はっきりいって、今のところは未知数です。緩むことがみんながわかっていて、それでもおっかなびっくり使っている現状があるなら、緩まないナットを世に問うことには大きな意義があると思っています。ただ、クラーケンナットは開発、試作を経て、原理的に間違っていないことがわかった状態であって、商品化はこれからです。さらに改良を加えて世の中のナットの自己緩みをなくしてきたいと考えています。

ーーこれまでにデザイナーやプランナーとの協働はございますか?

パンフレットのデザインをデザイナーにお願いしたことくらいです。

ーーB to B、B to Cなどどのようなユーザーに向けてアプローチしてみたいですか?

ご提案に制約はもうけたくはありませんが、ナットとしてのクラーケンナットを販売するという点では、原則として B to B一択だと思っています。ただ、デザイナーさんの発想でB to C の選択肢があれば加えていきたいです。

ーーそうなのですか?世のナット好き、工具好きは食いつきそうですが。

以前、大手ショップのマネージャーに提案したときには、難しそうでした……。というか、個人向けでは大きな売上にならないし、個人の欲しい方に販売することは嬉しいのですが、販売ルートの確保が個人では難しいところがあります。

ーー今回「東京ビジネスデザインアワード」に期待することを教えてください。

私は根っからのメカニカルエンジニアです。そんな私にないものはデザイン力と伝達力です。デザイナーやプランナーの方はそれらの力を持っている方。そう考えて、この機会に協業をすることでこの技術を伝え、プロダクトをつくることができたらと思っています。具体的にはクラーケンナットは2個のナットを締めることで自己緩みをなくすのですが、上のナットを締める時にどうしても下のナットが動いてしまいます。それを固定する治具のデザインなどもいいですね。それと現状のクラーケンナットはあくまで原理モデルですので、もっと使いやすく美しいものにしたいという希望をもっています。

ーークラーケンナットはナットとしては完成されていますので、特許を取られている部分を他の何かに転用するアイデアとかもいいかもしれませんね。正司さまがものづくりをする上で大切にしていることを教えてください。

物理現象に正直であることでしょうか。間違った思い込みや期待に目がくらんでしまったことで、多くの失敗をこれまで目にしてきました。この分野においては、恣意的な見方は絶対にするべきではないし、許すべきものでもありません。エンジニアであるなら「こうなると良いな」と思う予測だけで設計してはいけません。

ーーどんなデザイナーやプランナーとどんな取り組みをしてみたいですか?

正しい原理から、その効果が証明されている技術であり製品です。みなさんには、より使いやすく機能的で、美しく、つくりやすいシステムづくりなどをご一緒させていただけき、新しいビジネスをつくりたいと思っています。そのためにも私が持っていない能力を持った人と出会い、ともに正直な協業をしたいと考えています。

合同会社YSコーポレーション(武蔵野市)

テーマ:使用中の自然な緩みの無いナット

企業HP:https://ys-corp.biz

各テーマの詳細はこちら:https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/#design_theme


 インタビュー・写真:加藤孝司
2022年度東京ビジネスデザインアワード
デザイン提案募集期間 10月30日(日)まで
応募資格:国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど
応募費用:無料
詳細は公式ウェブサイトをご覧ください
https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/

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