2026TBDAテーマ企業インタビュー:熊沢印刷工芸株式会社
2026年度東京ビジネスデザインアワード
「東京ビジネスデザインアワード」は、東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションです。
企業の持つ「技術」や「素材」をテーマとして発表、そのテーマに対するビジネスモデルを含めた新たな製品・用途開発・ブランディング案をデザイナーからの「提案」として募集しています。
2026年度はテーマ8件の発表をおこない、10月27日(火)23:59までデザイン提案を募集中。本年度テーマに選ばれた8社へのインタビューをおこない、技術や素材について、本アワードに期待することなどをお聞きしました。
テーマ名:スクリーン印刷技術の応⽤による多様な素材の質感表現
テーマ企業:熊沢印刷工芸株式会社
企業HP:https://kumazawa-sp.co.jp/
『触覚を揺さぶるスクリーン印刷技術』
昭和36年の創業以来、スクリーン印刷の技術を磨き続けてきた熊沢印刷工芸。1970年代から日本のグラフィックデザイン黎明期を支えた巨匠たちとともに歩み、ポスターや大型サイン、高付加価値な特殊印刷に至るまで、常に「印刷の限界」に挑戦してきた。現在、急速なデジタル化の波によって紙の印刷物が減少し、業界全体が何度目かの大きな変革期を迎えるなか、同社が打ち出すのが、「見る」だけでなく「触る」ことで五感を刺激する「テクスチャー印刷技術」である。熊沢代表とプロジェクトリーダーの久田氏に、半世紀を超える技術の歴史、職人たちの研ぎ澄まされた感性、そしてモノづくりの未来について、じっくりと話を伺った。
お話:熊沢印刷工芸株式会社 代表取締役社長 熊沢豊氏、製造部 企画・製版課 課長 久田悠貴氏
職人の手仕事とスクリーン印刷の可能性
──まずは御社の創業の経緯や、これまでの歩みについて教えてください。
熊沢社長:当社は1961(昭和36)年、私の両親が二人三脚で立ち上げた会社です。最初は豊島区本駒込の小さな工場からスタートし、1965年に有限会社として正式に会社を設立いたしました。創業当初は、主にお客さまからご要望いただくポスターなどの制作を手掛けていました。
創業者の父・熊沢嘉孝は、当時としては非常に先駆的だった、大型スクリーン印刷によるカラー分解写真印刷に強い情熱を注いでいました。1970年代に入ると、銀行の大型B0ポスターやファッションブランドのウィンドウポスターなどを手がけ始めるようになりました。当時は、スクリーン印刷でカラー分解の写真印刷を高い精度で実現できる会社は、全国を探しても珍しかったと思います。
そうした高い技術力が評価され、松永真先生、五十嵐威伸先生、勝井三雄先生といった、日本を代表するグラフィックデザイナーの巨匠の方々から直接ご指導をいただく機会に恵まれました。先生方の厳しいご要望に応える中で、グラフィックポスターの分野へさらに深く足を踏み入れることになりました。
──グラフィックデザイナーの方々との協働が、御社の大きな柱になっていったのですね。
熊沢社長:はい。勝見勝さんといった重鎮の先生方に声をかけていただいて、先生たちのグラフィックポスターを印刷させていただいていたそうです。同時期、別の業界では、化学品メーカー様の屋外用粘着フィルムに耐久性のあるスクリーン印刷を提供する加工代理店として成長させて頂いてきました。この時点が当社の第1次転換期であったと思います。
さらに、海外から大型サイズのスクリーン印刷機を導入し、街頭のビルボード(ビルの屋上広告)など、大型サインの制作にも進出しました。最大で15メートル×20メートルといった巨大な広告をシルクスクリーンの分割印刷で仕上げるような、非常に難易度の高い仕事も手掛けました。当時の屋外広告にはインクジェットプリンターなどありませんから、タイリング(分割)して色をぴったりと合わせながら刷り上げる作業は、高度な技術と経験を要するものでした。
このように、「最高峰のグラフィックポスター」と「技術力を誇る大型看板・特殊加工」という2本柱で事業を展開し、1985年前後からは現在メインとなっている高付加価値印刷へと舵を切っていきました。ピーク時にはスクリーン印刷事業部だけで100名以上の社員が在籍しており、現在は菊全サイズの自動印刷機をメインに8ラインで構成しています。その他、一部サイン系の印刷が可能な大型印刷機(1200mm×2400mmまで対応)も保有し、さらにB1サイズ対応の半自動印刷機2台で、自動機では対応できない素材の印刷なども受注対応しています。
──今回のアワードでクリエイターの皆さんと取り組んでいただく久田さんのご経歴を教えていただけますか。
久田:私は現在、企画・製版課という部署で、印刷の元となるポジフィルムの作成やデータ処理、そして版の製造管理全体を担当しています。
実は、私は大学時代には3Dコンピュータグラフィックスや映像制作を専攻しており、印刷業界の「い」の字も知らない人間でした。学生時代に体調を大きく崩したことをきっかけに映像の道から一度外れ、ご縁があって熊沢印刷工芸に入社することになりました。
入社後も最初から製版の部署にいたわけではありませんでした。印刷現場で機械を動かしたり、フィルム加工の現場に携わったりと、社内の様々な工程を経験してきました。3年ほど前から現在の企画・製版課の管理ポジションを担当するようになり、一昨年には当社の技術を集約したサンプル見本帳の制作なども手掛けました。
──異分野からこの世界に入られて、印刷のどのようなところに魅力を感じられたのでしょうか。
久田:一般的なオフセット印刷で紙に4色で刷るような仕事は、デジタル化に伴って年々縮小しています。そうした中、どんな印刷会社がこれから生き残っていけるだろうかと考えたとき、他社には真似できない独自の強みや「武器」を持っている会社だと確信しました。
熊沢印刷工芸に入り、スクリーン印刷の奥深さや素材への対応力を目の当たりにして、「この会社なら他ではできない表現が生み出せる」と強い可能性を感じました。紙という媒体の市場が変化しても、この強みを突き詰めていけば必ず新しい道筋が開けると思っています。
素材を選ばないスクリーン印刷を可能にする「職人の感性」
──スクリーン印刷という技術について、その概要や仕組み、一般的な印刷との違いをわかりやすく教えていただけますか。
熊沢社長:スクリーン印刷は、身近なもので例えるとTシャツのシルクスクリーン印刷とまったく同じ原理です。メッシュ状の版の上にインクを乗せ、スキージと呼ばれるゴムベラで押し引くことで、メッシュの隙 _間から下にインクを透過させて印刷します。
最大の特徴は「メッシュを通過する液体であれば、あらゆる素材に印刷できる」という点です。紙はもちろんのこと、金属、アクリル、ガラス、プラスチック、革、陶器、布、フィルムなど、木や鉄に至るまで、文字通り「水と空気以外なら何にでも刷れる」と言われるほど幅広い素材に対応できます。
制作工程としては、まずデザインデータを色ごとに分解(分色)し、1色につき1枚のポジフィルムを作成します。次に、アルミ枠に引っ張って貼り付けたメッシュに、紫外線で固まる感光乳剤を塗り、ポジフィルムを重ねて紫外線を当てます。光が当たった部分は固まり、黒いデザイン部分は固まらないため、それを水で洗い流し現像することで、印刷したい部分だけインクが通る版が完成します。多色印刷の場合は、この工程を色の数だけ繰り返し、1色ずつ重ねて刷り上げていきます。
久田:現在では、印刷できる形状の自由度も非常に高いです。平面の紙だけでなく、治具という専用の器具を用いることで、コップのような円筒形の立体物に回転させながら印刷することも可能です。
──工程をお聞きすると、非常に繊細で手作業のノウハウが必要とされる印象を受けます。熊沢印刷工芸で特に大切にされている「技術」や「職人の経験」とはどのようなものでしょうか。
熊沢社長:スクリーン印刷は、すべての工程において技術者の深い経験と感覚が問われる仕事です。例えば最初のデータ編集段階でも、多色刷りの場合は印刷する順番や重ね代を計算しなければなりません。スクリーン印刷はオフセット印刷のように微細な印刷が得意ではないため、インクの特性や乾燥速度を考慮した刷り順の設計が必要です。製版においても、使用するメッシュの細かさや感光乳剤の厚みをミクロン単位でどう設定するかによって、刷り上がりは劇的に変わります。
さらにインクの調色も一筋縄ではいきません。メッシュの厚みや素材の色によって印刷後の発色が変化するため、インクメーカーから仕入れた色であっても現場で微調整を行います。
そして最も経験値が出るのが印刷現場です。ゴムスキージの硬さ、当てる角度、角の丸め方ひとつでインクの盛り厚が変化します。印刷素材やインクの種類に応じて、印刷スピードや版と素材のクリアランスを感覚的に微調整していきます。当社では、湿気や乾燥により伸縮する紙に対しても、先に刷られたオフセット印刷の位置に狂いなくぴったりと合わせる超高精度な印刷を行っています。これらは長年の経験を積んだ職人・ディレクターだからこそ成し得る技です。
──デジタル化やAI技術が進化する現代において、熊沢印刷工芸が掲げられる「職人の感性」の重要性についてどうお考えですか。
熊沢社長:印刷物を実際に見て、触れて、心で感じ取るのは「人間」です。人は視覚だけでなく、触覚や嗅覚など「五感」全体でモノの価値や美しさを感じ取っています。
AIやデジタルテクノロジーがどれほど進化しても、人間特有の細やかな配慮やおもてなしの心、長年の経験から生まれる肌感覚の追求までは代替できません。素材の微妙なブレを察知し、極限まで精度を高めていく妥協のない姿勢こそが「職人感性」です。これは現場の作業者だけでなく、データ処理から出荷に至るまで、全行程のスタッフが持つべきモノづくりの魂だと考えています。
テクスチャー印刷とデザインが描く未来
──御社が誇る独自技術の中でも、特に注力されているテクスチャー印刷について教えてください。革や木、石などの質感を持たせることができるそうですね。
熊沢社長:元々は、オフセット印刷物の上に部分的な光沢を出すUVスポットクリアという加工から派生した技術です。インクの厚盛りを線画で重ねて印刷していく中で、パターンを複数回重ねて塗布すると、意図しない立体感や面白い手触りが生まれるという発見がありました。これがテクスチャー印刷につながっていきました。
本物の木目、革のシボ感、動物の革、石や布などのリアルな質感を印刷によって再現できます。私たちが最も重要視しているのは「意外性」です。見た人が「これ本物?え、印刷なの?」と驚き、思わず手で触れたくなるような違和感や引きつけられる感覚を生み出すこと。五感を強烈に刺激する表現こそが、テクスチャー印刷です。
久田:インクの種類も多様です。ツルツル・ザラザラした質感のもの、自動車の内装などに使われる発泡インク、パール調や真鍮粉などの金属粉を混ぜたキラキラしたインク、ラメ入りインクなど多種多様に存在します。
熊沢社長:メッシュの穴を通る粒子であれば、自社で調合してオリジナルの表現インクを作り出すこともできます。
──それはすごいですね。
久田:現在、紙が主な領域ですが、今後は「TOM成形」などの3次元表面加飾技術にも取り組んでいきたいと考えています。
熊沢社長:数年前から、テクスチャー技術を使って塩ビ、ABS、PPなど紙以外の3次元曲面に加飾を施すテストを重ねてきました。粘着シートにテクスチャー印刷を行い、三次元のプラスチック部品にラッピングする「三次元加飾」です。当初は成形時にインクが割れる問題などもありましたが、試作を重ねて技術的に可能になりました。この技術をどこへ提案していくかが現在のテーマです。
──非常に素晴らしい技術ですが、現在の印刷業界や御社における「現在の課題」はどのような点にありますか。近年ではクリエイターとのより深い協業など、大量生産するだけのビジネスモデルではないものが求められているように感じます。
熊沢社長:私には分かりませんが、紙の印刷物が激減している中でも、紙の価値が下がっている訳では無いと思います。逆に貴重品となり見直しされてくるのでは無いでしょうか?紙の印刷物が激減する中で、いかに印刷物の付加価値を高め、商品自体の魅力を引き上げられるかが最大の課題です。
また、せっかく開発したテクスチャー印刷や三次元加飾といった革新的な技術があっても、自社だけの発想ではこれをどの産業の、どんな製品に組み込んで届けるべきか、という提案の幅に限界がある点も課題だと感じています。
久田:デザイナーやクライアントの方々にサンプルをお見せすると、こんなことができるのか!と大変驚かれます。しかし、それは裏を返せば、私たちの技術や可能性がまだまだ世の中に知られていないということです。知名度を高め、単なる紙の印刷にとどまらない新たな市場を開拓していく必要があります。
──そうした背景から、東京ビジネスデザインアワードに応募されたのだと思うのですが、アワードでの応募動機や、やってみたいことについて教えてください。
熊沢社長:自社だけでは思いつかないような視点やアイデアを持つデザイナーの方々と出会い、このテクスチャー印刷技術を世の中に広く届けていきたいという強い想いから応募いたしました。
アワードを通じてやってみたいことは、私たちがまだ気づいていない素材や製品分野に対して、この技術を活用した新しい商品や加飾の提案を行うことです。例えば、家電や自動車の内装、インテリア、空間装飾、さらにはコンシューマー向けのプロダクトなど、人の目に触れ、手で触れられるあらゆる場所にこの技術を展開していきたいと考えています。
──例えばほかには、BtoC展開などは視野にございますでしょうか。
久田:はい。これまでのBtoB中心の受注スタイルだけでなく、コンセプト作りやプロダクトデザインの初期段階からデザイナーの皆さんと一緒に伴走し、ブランドや価値をゼロから創出するようなBtoC領域への挑戦も行っていきたいです。
──ありがとうございます。最後に、熊沢印刷工芸が本アワードを通じてどのようなデザイナーと協働したいか、そしてそこで描く会社の未来像についてお聞かせください。
熊沢社長:私たちが一番出会いたいのは、とにかく印刷現場やモノづくりの現場が大好きな方です。机上のデザインデータだけでやり取りするのではなく、実際に当社の工場に足を運び、インクの匂いや機械の動く音を感じながら、「これをもっとこうしてみたらどうだろう?」「こんな実験をしてみよう!」と一緒に面白がって試行錯誤してくれる方とタッグを組みたいですね。我々が今仕事的に動いているテクスチャー印刷は、正直に言って予算という制約があり、工程数にも限りがあります。もし、制約がなくなったとしたら、もう、すごいものが多分できると思います。
──車で言ったらコンセプトカー、あるいはF1のような印刷物ですね。
熊沢社長:はい。当社の工場長をはじめ、現場の職人たちはそうした無茶振りや新しい挑戦が大好きです。クライアントやデザイナー、部品メーカーと強固なパートナーシップを結び、常に新しい質感や感動を世の中に提案し続けられる企業でありたいと思っています。
久田:自社の技術に誇りと自信を持ち、印刷の枠を超えた新しい「触覚の価値」を社会に届けていきたいです。デザイナーの皆様の斬新なアイデアと当社の職人技術が融合することで、プロダクトなのか、コンセプトデザインなのか、どんな新しいことがはじまるのか、今から本当に楽しみです。
インタビュー・写真:加藤孝司
2026年度東京ビジネスデザインアワード https://design-award.metro.tokyo.lg.jp/award.html
各テーマ8件の詳細はこちら https://design-award.metro.tokyo.lg.jp/designer/#design_theme
デザイン提案募集期間:10月27日(火)23:59まで
応募資格:国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど、テーマに対してビジネスモデルを含めた新たな製品・用途開発・ブランディング案などを提案できる方
応募費用:無料
詳細は公式ウェブサイトをご覧ください https://design-award.metro.tokyo.lg.jp/designer/






