デザインとは「感性と機能の統合体」 【JDP評議員・石島辰太郎】
新しく公益財団法人としてスタートを切った、日本デザイン振興会。新しい発足にあたり、当会の評議員・理事を務める方々に、就任にあたってメッセージを頂きました。これからのデザインができること、そして、デザイン振興会に対する期待や想いなどを自由に語って頂きました。順にご紹介していきますので、ぜひご覧ください。
日本デザイン振興会 評議員・理事インタビュー[1]
評議員・石島辰太郎
私はデザインを「感性と機能の統合体」であると理解しています。デザインをその一部である感性的な要素に還元して考えるのは適当でないと考えます。であるとすれば、デザインは科学的に分析可能な客体として定義される可能性を持つことになります。
この観点から日本のデザイン教育を見渡すと、デザインが美的な側面に偏って教育されている傾向があります。そもそも、デザインを感覚に頼った方法ではなく、人と人との間で生じる偶発性に左右されることもなく、いかにシステマチックに教育の対象として扱えるか。それは難しいことですが、デザインにも科学的な評価が伴わなければ、世界のマーケットで存在価値を認められなくなりつつあるのが国際的な大勢でしょう。事実、とくにヨーロッパはそうした認識のもと、デザイン教育を組み直す動きが進んでおり、日本はその流れから遅れる危険性すらあるのです。
デザインの客観的な評価軸の形成と、デザイン人材の育成に向けた科学的な方法論となるべく、日本デザイン振興会と産業技術大学院大学は「スキル・スタンダード」などの共同プロジェクトを展開し、成果を実際の教育プログラムに応用する試みを進めています。この結果、いままでにないデザイン教育の実体が、少しずつ形づくられています。
私が新しい日本デザイン振興会に期待するのは、デザイン分野を担う豊かな人材開発への貢献です。優れたプレイヤーが優れたオーディエンスによって育てられるように、社会全体によい顧客を増やしていくには、よいデザイン人材の存在が不可欠であり、そのための土壌をつくることを率先して担うべきだと考えています。
この観点から日本のデザイン教育を見渡すと、デザインが美的な側面に偏って教育されている傾向があります。そもそも、デザインを感覚に頼った方法ではなく、人と人との間で生じる偶発性に左右されることもなく、いかにシステマチックに教育の対象として扱えるか。それは難しいことですが、デザインにも科学的な評価が伴わなければ、世界のマーケットで存在価値を認められなくなりつつあるのが国際的な大勢でしょう。事実、とくにヨーロッパはそうした認識のもと、デザイン教育を組み直す動きが進んでおり、日本はその流れから遅れる危険性すらあるのです。
デザインの客観的な評価軸の形成と、デザイン人材の育成に向けた科学的な方法論となるべく、日本デザイン振興会と産業技術大学院大学は「スキル・スタンダード」などの共同プロジェクトを展開し、成果を実際の教育プログラムに応用する試みを進めています。この結果、いままでにないデザイン教育の実体が、少しずつ形づくられています。
私が新しい日本デザイン振興会に期待するのは、デザイン分野を担う豊かな人材開発への貢献です。優れたプレイヤーが優れたオーディエンスによって育てられるように、社会全体によい顧客を増やしていくには、よいデザイン人材の存在が不可欠であり、そのための土壌をつくることを率先して担うべきだと考えています。
産業技術大学院大学 学長
公益財団法人 日本デザイン振興会 評議員






