Vol.3 「文化×デザイン」 日本のデザインとアートがもたらす力(後編)
― 『「文化×デザイン」 日本のデザインとアートがもたらす力』後編では、近年のデザイン動向やネクストアクションについて、より詳しくお話をお伺いできればと思います。
「文化×デザイン」パートでは、主に2023年に開催されたデザイン関連のフェスティバルやアワード、企画展などの28の事例を紹介しておりますが、国内外の様々なデザイン関連イベントに触れられている青木さんから見た、近年の国内外のイベントの動向について教えて頂けますでしょうか。
青木:近年は、シンプルで長年使い続けられるような、「プリミティブ」で「タイムレス」なものと、そのカウンターとしての「プレイフル」で「独創的」なものの2極化の傾向があるように感じます。
前者については、特に新型コロナウイルス感染症の蔓延以降顕著になっており、これは2008年のリーマンショック後にそれまで流行していた派手なデザインが落ち着いた流れと似ています。また、インターネットの普及により、手頃な価格でありながらシンプルで良いデザインが増えてきました。
一方で、シンプルで良いものを生み出すにはそれなりのブランド力が必要です。よって他社との差別化を図るために、敢えて独創性を追求していくような流れも国内外問わず増えてきました。
ミラノサローネでも、1,000を超える展示がある中で、情報発信力が高くデザイン力のある一部のデザイナーに仕事の依頼が集中してしまうケースがあり、異なるブランドでも同じデザイナーを起用してしまうなど、ブランドの差別化が難しくなってきていると感じます。情報とモノに溢れた現代社会において、デザインの均質化は大きな課題ですね。
青木:特に日本のデザインやものづくりは常に注目されていると感じます。DESIGNARTでも、東京で展示ができる場所を探していた中でDESIGNARTを知り、出展の依頼をしてくる台湾のデザイナーの方がいらっしゃったり、日本や東京で作品を発信することに価値を感じてくださったりしていると思うことがありますね。
一方で日本にはまだまだ言語の壁が存在します。台湾や香港、韓国などの東アジアのデザイナーは英語に堪能な人が多いことから、展示会などでもコミュニティを形成している一方、日本の展示会やデザイナーは国際対応しきれていない部分があり、これら諸国からはやや取り残されている危機感があります。アジア諸国からの期待に応えるためにも、日本はアジアの一国であるという意識をより一層高め、オープンな姿勢でアジア各国との関係性を作っていくことが必要だと思います。
― 昨年度10月に開催されたWDO世界デザイン会議東京2023でも、予想を上回る数の関係者が来日したという話を聞きました。日本のデザインは、他国からの期待が大きい一方、その期待に十分応えられる場がないのかもしれないと感じました。
― それでは最後の質問となりますが、デザイナートでは、「日本を中心としたクリエイティブ産業の活性化」をビジョンとして掲げられています。ビジョンの実現に向けて、特にどのような取り組みが重要と考えますか。
青木:一つは伝統工芸やものづくり産業の価値を再認識し、発展させていくことですね。日本は世界の中で伝統工芸が最も数多く残っている国のひとつであり、世界的にも高く評価されています。近年は少子高齢化や人件費の高騰などにより、工芸をはじめとするものづくりの担い手が減少していますが、カイハラの「茶綿デニム」のように、海外の著名なブランドから引く手あまたのデニムメーカーも存在し、「高くても買いたい」と思ってもらえる日本のものづくりは世界にとっても宝です。
一方で、これらを現代のライフスタイルや価値観に合わせてアップデートしていくことも重要です。海外ではSDGsの機運が高まっており、トレーサビリティなどの透明性を確保することが求められています。このような今の時代との整合・アップデートをしっかりと行っていくことが、賛同者・支援者を増やしていくことに繋がると思います。
その他、制度面での改革も重要です。例えばアメリカでは、アートや芸術作品を寄付するとその時の価値相当で免税されるという制度があり、このような制度を日本にも取り入れられると、クリエイティブ産業発展のブレイクスルーになると考えます。
例えばデザイナートでは、「1% for Art」という活動を推進しています。これは公共建築物の建設費の1%を、芸術やアートのための費用に充当する制度であり、アメリカやフランスを始め、隣国の台湾や韓国などでも導入されています。「1% for Art」が実現されると、街中に様々なパブリックアートが生まれ、こどもから大人までが気軽にアートに触れる機会が増えます。例えばまちの再開発を行う際、資材費や人件費など費用が膨らむともともとアートのために割かれていた予算が削られるといった事象があり、ガラスを多用した現代的なビルなどの場合、人々の記憶にほとんど印象が残りません。建築や街の景観を本当の意味で良くしてためにもこのような制度を導入し、きちんと法律でアートの価値を守ってほしいと思います。
そしてアートに触れる機会が増え、アートに関するリテラシーが上がることは、「良いデザインの家具や照明を揃えたい」という意識の醸成にも繋がると思います。アートとデザインを分けて考えるのではなく、クリエイティブ産業として一体的に振興していくことを目指したいですね。
そして、これらの実現には、省庁横断でクリエイティブ産業を強化していくための柔軟な体制づくりが必要不可欠です。今日本ではデザインとアートを推進する諸官庁が異なっていますが、ドイツでは、2つを文化・クリエイティブ産業として捉え、一つの省庁で一体的に推進することに成功しています。日本もこれらの先進事例を見習い、デザインとアートの振興に関する取り組みを包括的に推進していくことが重要ですね。
― アートとデザインをクリエイティブ産業として一体的に振興していくこと。そしてそれには分野横断的な組織連携が必要不可欠と感じました。
本日は貴重なお話をどうもありがとうございました!
「1% for Art」の事例
© UAP
取材・執筆:三菱総合研究所 DESIGN × CREATIVE TEAM 田丸文菜