Vol.2 「文化×デザイン」 日本のデザインとアートがもたらす力(前編)
2024年6月、経済産業省デザイン政策室の監修にて、日本デザイン振興会から『デザイン白書2024』(制作:三菱総合研究所 DESIGN × CREATIVE TEAM、アクシス、以下デザイン白書と表記)が発行されました。(URL: https://www.jidp.or.jp/2024/06/04/wpd2024)
デザイン白書は、「世界×デザイン」「地域×デザイン」「企業×デザイン」「行政×デザイン」「文化×デザイン」「資料」の6章で構成され、様々な角度からデザイン活用の取り組みを掲載しています。
当連載では、三菱総合研究所 DESIGN × CREATIVE TEAMのデザイン白書制作メンバーにてデザイン白書に関連する関係者に、デザイン関係者ならではのデザイン白書の印象、デザイン白書には掲載しきれなかった事例の裏話、今後の展望などをお伺いします。
株式会社デザイナート 代表取締役 青木昭夫
© Go Sugimoto
― 第2回となる今回は、『デザイン白書2024』(以下、デザイン白書)の「文化×デザイン」パート1において取材協力を頂きました、株式会社デザイナート(以下、デザイナート)の青木昭夫さんにインタビューさせて頂きます。
改めて、デザイン白書をご覧になった感想を教えてください。
青木:日本各地の様々な取り組みはもちろん、全国のギャラリーや美術館などが取り上げられており、知っていそうで知らない、新たな気付きが多かったです。自身も一取材先としてデザイン白書の制作に関わらせて頂いた中で、制作側の丁寧なインタビューや取りまとめも大変印象的でした。
― ありがとうございます!
青木:一方で、誌面の文字数が限られていたため、内容は盛り沢山であるものの、1つ1つの事例を深堀しきれなかったようにも感じました。取材先の苦労話や成功の秘訣などを更に深堀し、デザイン活用に悩まれているような読者に対して何をすべきかが分かりやすく示されているとより素晴らしいものになると思います。
そういった意味で、今回のような後日談に加え、ラジオや映像コンテンツなども活用し、誌面で伝えきれなかった活動の細かなニュアンスの部分も伝えられると良いですね。
― 次のアクションに繋がる示唆や細かな活動のニュアンスがより伝わると良い、というのは仰るとおりですね。本企画も、デザイン白書では掲載しきれなかった皆さんの活動のより深い部分を読者に届けたいという想いから実施することになりました。
青木:「デザイン白書」というアウトプットを作ることに意識が向いてしまいがちですが、本来はアウトプットを様々なメディアで発信したり、読者がSNSでシェアしたくなるような仕組みを作ったりするなど、広報の部分までプロジェクトの予算として組み込まれていることが必須だと思います。ここでの成果を、真にデザイン活用に困っている人たちに届けていきたいですね。
― デザイン白書では、デザイナートが毎年秋に開催するデザインとアートのフェスティバル、「DESIGNART TOKYO(デザイナート トーキョー)」を中心に紹介させて頂きましたが、本日はデザイナートの設立経緯やその他の取り組みについてもお伺いしたいと思います。デザイナートという言葉の由来も含め、どのような経緯で会社を設立されたのでしょうか。
青木:まず時代背景として、2005年にDesign Miami(デザインマイアミ) 2がスイスで毎年開催される世界最大級のアートフェア「アート・バーゼル」の姉妹フェアとして設立されました。ここでは、希少価値の高い家具や照明など、デザイン製品でありながらアート性の高いプロダクトが集められ、売買されます。このようなフェアの開催により、特に富裕層やアートコレクターの間で、作品性の高いインテリアを求める動きが生まれ、徐々に需要が高まってきていました。そのような時代の動きがある中で、自身が2005年から2009年までディレクターを務めていた「DESIGNTIDE TOKYO 3」でも、アートとデザインの間にあるものを紹介していました。デザイン白書でもデザインとアートを連立するような事例が複数見られましたが、これは世界的な潮流であると思います。
そんな中、2015年から2016年にかけて、世界の主要都市のデザインギャラリーが扱う作品の調査を行いました。調査を進めていくと、扱う作品に対する概念はコンセプチュアルデザインやスカルプチュアデザインなどギャラリーによってバラバラであり、業界内の代名詞としてまとまりがないことに気づいたのですが、フランスでジャン・プルーヴェ4やル・コルビュジエ5などの作品を扱っているギャラリーを調査した際、デザイン製品でありながらもその希少性の高さから高額の値がつけられ、アート的な価値に転換しているものを表現する言葉として「DESIGNART(デザイナート)」という言葉が使われていました。この言葉はDESIGNとARTをつなげた造語なので、一眼見ても分かりやすく、自分もデザインとアートの境を凌駕するものの価値を広めていくために最も適切だと考えました。
現代においても、心から愛でたくなる、一生愛せるものが身近にあるような豊かさがより社会に広がって欲しいという想いで、2017年に6名の異なるジャンルのディレクターやデザイナーと共に、株式会社デザイナートを立ち上げました。いずれ、世界の辞書に載るような一般的用語として広める活動にしたいと思っています。
― デザイン白書で取り上げた「デザインスコープ――のぞく ふしぎ きづく ふしぎ(p.266-267)」の主催である富山県美術館は、2017年にアートとデザインをつなぐ美術館として名称変更した経緯がありますし、大阪中之島美術館主催の「デザインに恋したアート♡アートに嫉妬したデザイン(p.278-279)」は、まさにデザインとアートの境界や違いにフォーカスした展示でした。
青木さんはデザインとアートの定義や関係性について、どのように捉えていらっしゃいますか。
青木:一般的に、デザインは答え(客観性・大量生産・機能)、アートは問い(主観性・非大量生産・非機能)であるといった分け方がひとつあるかと思います。しかし、デザインマイアミの例のように、10点しかないような希少価値の高さから家具がアート作品のように扱われているケースがあります。また、北海道のモエレ沼公園にあるイサムノグチの彫刻は、彫刻でありながら滑り台という機能性があるように、アートとデザインのどちらかに必ずしも分類できない、「間」にあるものが多くあると考えます。
特にインクルージョンが重視される現代社会においては、デザインとアートの線引きをするのではなく、その違いを許容していく寛容さを持つことが重要なのではないかと感じています。
― まさに今の時代に即した概念とも言えそうですね。デザイナートの事業として、特にイベントに注力されていると思いますが、その背景を教えてください。
青木:これまで国内の主要なデザイン・アートイベントとしてTOKYO DESIGNERS WEEK6 やDESIGNTIDE TOKYOなどが開催されてきましたが、一時期これらが開催されなかった空白期間がありました。このような空白期間があると、優秀な若手のデザイナーたちは、賞をもらって飛躍するきっかけがないんですよね。たとえば、nendoは2000年代初頭にTokyo Designers Block7 などで注目されたことがきっかけとなり、一躍有名になりました。そのような「舞台装置」としてのイベントの役割は重要と考えており、まずはこのインフラを整えたいという想いから活動しています。
― 確かに、DESIGNARTでは30歳以下のクリエイターを選出する「UNDER30」の企画を行うなど、若手クリエイターの支援に注力されている印象があります。それ以外にも、DESIGNART TOKYOをきっかけに活躍されているクリエイターの方も多いのではないでしょうか。
青木:そうですね。建築家の沖津雄司さんなどがまさにそうでしょうか。沖津さんは2年目(2018年開催)のDESIGNART TOKYOで「FOCUS」という作品を発表されたのですが、のちにフランスのDCW éditions PARISで製品化され、大ヒットしています。
その他、インテリアデザイナーの山本大介さんは、最も廃棄される建築資材の一つである内装下地材LGS(軽量鉄骨)に着目し、このマテリアルを活用した椅子「FLOW」を発表されました。このプロダクトはミラノサローネを始め、デザイン業界の様々な場面で評価されています。
また、2021年にUNDER 30にも選出され、その後DESIGANRT TOKYO 2023オフィシャル会場「DESIGNART GALLERY」の空間デザインを手掛けたデザイナー進藤篤氏や、海外のデザイナーだと、「UNDER30」で2度の受賞歴があるチャーリン・チャン(Chialing Chang)さんという台湾のデザイナーの方がおり、国内外で活躍されています。
DESIGNART TOKYO 2018出展作品
FOCUS (沖津雄司)
© Nacasa&Partners
DESIGNART TOKYO 2022 出展作品
FLOW (山本大介)
上: © Masayuki Hayashi 下: © Nacasa&Partners
https://designart.jp/designarttokyo2022/exhibitions/573/
DESIGANRT TOKYO 2023 オフィシャル会場 「DESIGNART GALLERY」
空間デザイン
OVER DUST(進藤篤)
© Atsushi Shindo
DESIGNART TOKYO 2022 UNDER30 出展作品
messagingleaving (Chialing Chang)
© Nacasa&Partners
― DESIGNART TOKYO では、「ASIA CREATIVE RELATION 」シリーズなど、日本に留まらず、東アジア(日本、韓国、中国、台湾)出身のデザイナーやその作品を紹介している点も特徴的だと感じています。
青木:従来、アートやデザインの潮流はヨーロッパ主導で作られてきました。一方、近年はシンガポールにおいてデザインカウンシルが設立されたり、企業のリブランディングを含んだ成長活動へ政府からの助成が行われたりするなど、アジア諸国での先進的な取り組みも増えてきており、アジアから世界にフィードバックできる機会があっても良いのではないかと思っています。また、アジアならではの価値を発揮することは、欧米中心のアートやデザインに対して一石を投じられるのではないかとも考えています。
取材・執筆:三菱総合研究所 DESIGN × CREATIVE TEAM 田丸文菜
1 デザイン白書2024内の「文化×デザイン」パートでは、主に2023年に開催されたデザイン関連のフェスティバルやアワード、企画展といった28のイベントを紹介している。
2 毎年12月にアメリカのフロリダ州マイアミで開催されるデザインフェア。
3 2005年から2012年まで毎年秋に都内で開催されていたデザインイベント。2024年11月、12年ぶりに開催。
4 フランスの建築家・デザイナー。金属を用いた機能的なデザインやプレハブ建築の開発等に尽力し、戦後の工業デザインや人々の暮らしに大きな影響を与えた。
5 スイス生まれの建築家・デザイナー。近代建築の巨匠。シンプルな形と機能性を重視したデザインが特徴で、「近代建築の5原則」を提唱した。代表作はユニテ・ダビタシオン(集合住宅)やロンシャンの礼拝堂など。
6 2015年より名称を TOKYO DESIGN WEEKに変更
7 ロンドンで開催される「designersblock」の兄弟イベントとして、2000年から2004年まで毎年秋に開催されていた、デザイナー向けのイベント。国内外のデザイナーの作品展示のほか、国際デザインコンペティションや各種シンポジウムが開催される。
8 DESIGNART TOKYOにて開催された、東アジア出身のデザイナーによる展示イベント。2023年度は、アジア太平洋地域のデザインに特化したメディア「Design Anthology」の編集長Suzy Annetta氏がゲストキュレーターを務めた。