事業を構想し実践する「ビジネスデザイン」第39回連載
求められる人材と経営スタイルは何か
デザイン経営に問われるもの
秋元 淳 公益財団法人日本デザイン振興会 / 立教大学大学院ビジネスデザイン研究科兼任講師
筆者が所属する日本デザイン振興会は、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科より、2021年度寄附講座の開講に関する打診を受けた。テーマはデザイン経営で、創造的な企業経営やプロジェクト遂行の必要性に目が向けられている状況下において、ビジネスの構想・推進に寄与する知見の修得が目的とされた。当会がそうした趣意を踏まえて本講座のプランニングを進めるに際して重視したことは、ビジネスの概念として未完成・形成途上にあると言ってよいデザイン経営を、その訴求の要諦を自身のビジネスにおいて体現している「実践者」の存在を通じて具体的に示すことであった。
道半ばであるデザイン経営への理解
経済産業省や特許庁が中心となってデザイン経営を提唱して3年が経過する。この間に我が国のビジネスをめぐる状況は、国内情勢はもとより、折からの全地球的規模での変動要因に見舞われ、さらに複雑化し、混迷度を増していると言えるだろう。いまやビジネスの成功に向けた正解や絶対的なモデルがないとされる中で、ビジネスをどのように、何のために構築し推進するのか。そのような本源的な問いに対して、デザインを重要な経営資源と位置づけ、ビジネスにデザインを生かすことを推奨したデザイン経営に関して、自らも経営や事業に取り入れたいとする関心は一定程度広がりを見せているものの、では実際にはどのように実践すればよいのか、何をどのようにオペレートすればよいのか、具体的なところまで理解が進んでいないのが実情である。そのような現状認識に基づき、デザイン経営の要諦とされる「デザインの経営資源化によるイノベーション達成とブランドの構築」に向けて「経営プロセスにデザインを担う人材を一貫して関与させる」という構図について、近年のグッドデザイン賞受賞事例にその範を求めることにした。グッドデザイン賞を通じて「優れたデザイン」として高く評価され、先導モデル的な役割が認められた事例には、必ずその要衝を担ったキーパーソン=デザインを担った実践者が存在するからである。
デザインを司る人材の力
数多い受賞事例の中から、デザインが経営に適切に生かされ、その成果として事業の定着や発展など一定の事業実績が認められるとみなされる近年の事例を、以下の4つの定性的な要素を軸にピックアップした。
デザインの経営資源化のバロメータ
- 人を基軸に事業目的やプロセスを考えている
- 社会課題解決など、明確な事業価値を掲げている
- 前例に囚われない、創造的なアプローチで成果を導いている
- ビジョンを持った人材による事業への一貫した関与がある
これら4要素が顕著な事例を、民間/非営利、製品開発/サービス開発など、なるべく広範かつ多様な領域から見出すことで、経営とデザインの相関性の豊かさ、デザインの持つポテンシャルの深さを示せるよう意図した結果として、次の事業事例を取り上げることとなった。
- 喫茶ランドリー(株式会社グランドレベル)
- hanare(株式会社HAGI STUDIO)
- チョイソコ(アイシン株式会社)
- おてらおやつクラブ(NPO法人おてらおやつクラブ)
- TABETE(株式会社コークッキング)
- BRING(日本環境設計株式会社)
- conte(一菱金属株式会社)
- MIENNE(菅公学生服株式会社)
- コミューン(ユニバーサル・サウンドデザイン株式会社)
例えば、建物の1階(グランドレベル)が地域社会に与えるインパクトに着目した喫茶ランドリーや、古くからある建築物のリノベーションを核に、その周辺に位置する商店などと連携して新たな滞在体験を提供するhanareといった事業は、地域社会の活性化やコミュニティ育成といった今日的なテーマに対して、きわめてユニークな視点と手法によりもたらされたプロジェクトである。各地の寺と地域で児童福祉を担う専門機関とが協業し、企業などを巻き込んで貧困家庭への物資提供支援を行うおてらおやつクラブの事業も、それまで寺が持っていた社会的な機能や役割を見直し、組み直すことによって、全くのゼロベースで新たな支援のシステムを立ち上げることなく有益なプラットフォームを構築している点で創造的な取り組みと言える。難聴者のコミュニケーション支援ツールであるコミューンは、これまで補聴器を付けるなど難聴者の側が対処することが当然視されていたのに対して、耳が不自由でも聞こえやすい声に変換することで会話を成立させるという逆転の発想から、難聴者の生活を改善させた点でイノベーティブである。これらをはじめとした各事例には、ビジョンに基づいて経営や事業の目的を定め、その達成に向けた道筋を構想し、プロセスを設計し、運用する、この一連の流れを創造的に担える人材の力が強力に反映されている。それは専門職としてのデザイナーでなくても、「デザインする」という視点や物事の捉え方、実際の進め方に相当するプロセスを踏むことができる人材が存在し、深く関与することの重要性を意味している。
デザインが卓越する経営=デザイン経営
人材とともに、デザイン経営で重要なポイントとなるのが経営におけるデザインの卓越であり、この概念が「経営デザイン」ではなく「デザイン経営」と表されることに象徴されている。経営デザインという表現も巷間よく用いられるが、そこでのデザインは、主に経営や事業の「構想・考案・計画」を意味している。デザイン経営においてもそうした要素を創造的に司ることの意義は疑いようがないものの、それにも増して、経営のビジョンを的確に伝えて社会からの信頼を得るために、企業が消費者や従業員など様々な人と関わる界面(インターフェイス)の「美的な一貫性」をつねに維持することが必須である。今回の講義で取り上げた各事例は提供される製品やサービスの内容はもとより、わかりやすく共感を惹きやすいユーザーコミュニケーションをはじめとして良質なインターフェイスが実現されており、「意匠・造形・創造」としてのデザインが的確に機能していることをうかがわせる。それなくしては、デザインを経営資源として生かす意義も、それによる効果も見込めないのである。
出典:月刊事業構想 2021年10月号
事業を構想し実践する「ビジネスデザイン」第39回連載