テーマ企業インタビュー:株式会社エージーリミテッド
2018年度東京ビジネスデザインアワード
「東京ビジネスデザインアワード」は、東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションです。
企業の持つ「技術」や「素材」をテーマとして発表、そのテーマに対する企画から販売までの事業全体のデザイン提案を募ります。2018年度は、テーマ9件の発表をおこない、10月25日(木)までデザイン提案を募集中です。
本年度テーマに選ばれた9社へのインタビューをおこない、技術についてや本アワードに期待することなどをお聞きしました。
静電植毛技術で魅力ある製品作りを
お話:株式会社エージーリミテッド 代表取締役 飯野健一氏
パイルの植え付けによる技術「静電植毛」で、手軽に芝生素材を持ち歩ける新素材「シバフル」を開発し、iPhoneケースなどの製品を手がけるエージーリミテッド。
それまで裏方であった静電植毛技術に、試行錯誤をする中で、パイルの長さと太さを変えて、面ファスナーとしての機能も持たせた。軽い密着具合により、着脱がしやすく、剥離音がしないのは静電植毛ならではの持ち味だ。
静電植毛とレーザー加工の技術の組み合わせで作る製品は遊び心に溢れており、生活を豊かにしてくれる楽しさに満ちている。一人でメーカーを立ち上げた飯野健一さんにものづくりへの思いを伺った。
世の中にないものならば自分の手で作る
ーー創業年を教えてください。
2008年ですので今年は10年目になります。2007年にiPhoneが発売になりましたが、そのアプリを開発する会社として立ち上げました。それまではベンチャー企業で働いていたのですが、iPhoneの衝撃が大きくて。アプリのマーケットが生まれ、ソフトウェアのフィールドで世界に発表できるプラットホームがiPhoneでした。そこでチャレンジしようと思い、エンジニアと二人で会社を立ち上げて独立をしました。
ーー独立される前はどのようなことをされていたのですか?
東京の美大を出て、任天堂に入社しゲームのキャラクターデザインをしていました。学生の頃からコンピュータグラフィックが専門で、ハリウッドで使うようなスーパーコンピュータでプログラミングをして3Dグラフィックスなどを作ってきました。就職してからはゲーム業界、ウェブ業界で働いてきました。
ーーそんな飯野さんが静電植毛技術に興味をもったきっかけを教えてください。
アプリの制作に携わり四六時中iPhoneに触っている時に、お気に入りのiPhoneケースを作りたいと思ったのがきっかけでした。当時は木材を削り出したケースを使っていて、これもナチュラルでいいけど、iPhoneをポータブルパークに見立て緑化するような感覚で緑にしたらいいだろうなあと思いつきました。最初はホームセンターにいって人工芝を買ってきてケースに貼付けたりして試作を始めました。技術系の展示会を見て回って芝生をiPhoneケースに接着する技術ってないかなと思っていたところ、たまたま静電植毛技術に出合ったのです。ただ、技術は分かったのですが、それを加工してくれるところを知りません。静電植毛の会社を調べ、やっと一社見つけて作ったところ良い出来栄えに我ながら驚きました。
ーー静電植毛技術で、しかも個人でものづくりをしようと思うところに、大きな飛躍があると思うのですがその時の心境を教えてください。
飛躍がありますかね?そうですよね。静電植毛技術の従来型の用途は機能性付加技術として用いられてきた歴史があります。それを僕らは芝生の質感と手触りを得るために、それまで裏方だった技術を表に出しました。そこに新しさがあると考えています。私が5年前にやっていたことを考えると、確かにものすごいジャンプだなとは思います。
ーーこちらのアトリエで工作を始めたのはいつからですか?
2年前からです。それまでは普通の小さなレーザー加工機を導入して、メーカーではなく作家の延長のような感じで細々とやっていました。
ーーものづくりへの熱意を感じますね。
アプリ開発から製造業になっていますからね。熱意というか、やりたがりなんですよ。スタッフにも怒られていますが、自分で何でもやりたい性格で。
ーーそれはものづくりをする上で大切なことだと思います。
レーザー加工も自分でやるようになったのは、やってくれるところがなかったからでした。
ーーどの部分が出来なかったのでしょうか?
まずは品質ですね。レーザーカッターに関しては、きれいに早く加工で出来るところがありませんでした。そもそも皆さん自社の製品を加工するために機械を持っているので、委託では受けるということをされていません。それと植毛製品にレーザー加工をすること自体、珍しいんです。前例がないから出来ないということがほとんどでした。
ーー現在こちらのアトリエでやられていることを教えてください。
静電植毛に使う毛の企画やプロトタイプ製作、あとは一部の量産もやっています。
ーー現在設備はどのようなものがありますか?
機材としてはレーザー加工機の大型が1台、小型のものが2台あります。植毛に関しての試作はこちらでもやりますが、量産は別のところでやっています。
ーーレーザー加工機では具体的にどのようなことをされるのですか?
ロゴ、グラフィックを焼き付けで入れたりといった処理をしています。
ーー静電植毛製品は手触りが思った以上に柔らかくて、動物の毛を触っているような感覚もします。
そうですね。そういった意味では癒しの効果もあるのではないかと思っています。芝生だけでいったら、緑の色にも癒しの効果がありますよ。
ーーこれまで手がけられた製品を教えてください。
まずはiPhoneケース、その過程で静電植毛で生地を作りたいと思って、その生地を加工したアパレル製品を作っています。雑貨では、コースター、クッション、ぬいぐるみも作りました。アパレルではTシャツ、鞄なども作りました。
ーー洋服に関しては洗うことも可能ですか?
もちろんです。洗濯も可能で耐久性に関しては試験機関でもテストしてもらっています。摩耗性に関しても引っ掻いても落ちにくい加工をしています。
ーーiPhoneケースも頻繁にポケットや鞄から出し入れするものですからね。
そうです。その摩擦に影響を受けるものであっては製品化できません。
ものづくりの面白さを伝えるナンバーワン企業を目指して
ーー静電植毛にファスニング技術をもたせたところもユニークだと思うのですが、静電植毛に関してこれまでそのような機能をうたったものはあったのでしょうか。
調べてもみましたし、人に聞いたりもしたのですがないみたいですね。何故かというと静電植毛では0.5~0.8ミリといった比較的短い毛を使っていることがほとんどです。弊社の製品で使っているような2ミリの毛を使っているところはあまりありません。なぜ長い毛が使われてこなかったというと、傷を付けない、保温、遮音性といった機能性を付与する目的が主でしたから、短い毛で十分だったんです。方や僕らは見た目や手触り感を重視するので、長い毛を使い、かつ耐久性を持たせるというところにこだわって作っています。ファスニングに関しては、手触り感にこだわって長い毛を使ってみたところ、ある意味偶然に気づきました。ですが、それだけではファスニング機能としては弱いので、コーティング処理など自社で研究して、より強度の高い面ファスナーに仕上げていきました。
ーーすべての製品に加工をしているのですか?
ファスニング機能を持たせた製品には同様な処理をしています。静電植毛の吸着力は一方向のみで逆方向では簡単に外れ、剥離音も静かという特徴があります。2ミリの毛と毛が絡み合うという簡単な構造なので、一般的な面ファスナーに比べて強度は弱いのですが簡単にははずれにくい工夫もしています。パイル自体にも特殊な処理をしていて、吸着力を高めています。
ーー「シバフル」という名称もユニークだと思いました。
これを思いついた時は、ひらめいた!と思いました。なぜこれほど芝生に興味を持ったかというと、ソフトウェア開発はパソコンに向かうことが仕事ですが、子供が生まれてから公園によく遊びに行くようになりました。子供と一緒に公園の芝生で戯れていたら、この感覚っていいなあと思いました。仕事中にも癒しがあるといいと思いました。自分の製品ながらいつまでも触っていられて心地よいです。
ーーパイルの色はどんな色にすることも可能ですか?
アイデア次第でどんな色でも可能です。僕らが色を決める時にはパントーンをもとにパイルを染めてもらいます。染めたパイルを何色かブレンドしてカラーバリエーションを作ることができます。同じ緑でもいくつか色を混ぜることで複雑な濃淡を表現することが出来ます。今はオレンジのパイルで「シバフルサンセット」というものを企画中ですが、パイルのブレンドが思い通りに行かなくて試行錯誤をしている最中です。
ーー大きさはどの程度まで可能ですか。
小さなものでは切手サイズほどの電子タグに植毛した製品もあります。大きなものではベビーカー全体に静電植毛をしたものがあります。サッカーボールは実際のサッカーボールを作る工場で作ってもらっています。
ーー社名の由来を教えてください。
AGは銀の元素記号ですが、銀は熱と電気の伝導率が一番高い素材です。ものづくりの思いを伝える力でナンバーワンになりたいという願いを込めてこの社名にしました。
ーー創業当時からものづくりへの強い思いがあったのですね。
はい。デジタルもすごく好きなのですが、手を動かしてものを作るのが大好きなんです。
ーーあらためて静電植毛技術の面白いところはどのようなところだとお考えですか?
最新技術ではないというところでしょうか。そこに惹かれます。レーザーカッターに関しては以前、渋谷のシェアオフィスに入居していたのですが、ファブラボといって3Dプリンターなどの機器が自由に使えるオフィスでした。そこにはレーザー加工機もありました。今、自分でものを作るようになったのは、そういった環境にいたというのも大きく関係していると思っています。
ーーそういった意味ではハイテクと、手作業としてのローテクをミックスしやすい今という時代ならではの取り組みですね。
そう思います。僕らのような人間にとって製造業ってハードルが高いと思うんです。でも当時はファブラボが近くにあって、もの作りをしている人たちが周りにたくさんいました。日常的にレーザー加工機や3Dプリンターでもの作りをしている人たちがいて楽しそうだと思って見ていました。そういう環境もものづくりに携わるモチベーションになっています。自分でいうのもなんですが、本気の製造業ではないからこそ生まれるアイデア、僕が作っているものって少し変わっていると思うんですよね。
ーービジネスデザインアワードに応募された動機を教えてください。
どちらかといえばデザイナーの側にいたかもしれない人間で、今は製造する側に回ったのですが、そんな今だからこそデザイナーの方たちと手を組んで一緒に何かをやってみたいと思ったのがきっかけです。静電植毛にはもっと可能性があって、もともとデザイナー思考の僕が面白いと思ったのだから、デザイナーさんの中にも面白いと思ってくれる人がいるのではないかと思っています。
ーーどんな提案を期待されますか?
面白いものでしたらなんでも。雑貨やインテリアを超えたところでの提案にも期待します。5年間静電植毛にどっぷり浸かって、シバフルという名の下に芝生を気軽に持ち歩けるというコンセプトに固まってしまっている部分があって、そこから解放されたいという思いもあります。医療系、建築系にも汎用性が高い素材だと思っています。
ーーどんなデザイナーと出会ってみたいですか?
常識にとらわれない人、思考をジャンプアップできる人ですね。テクノロジーとデザインの間を行き来できる人に出会ってみたいです。
株式会社エージーリミテッド (港区) http://agltd.jp/
静電植毛技術を活用して芝生の質感と手触りを再現した新素材「Shibaful(シバフル)」を開発したメーカーである。素材の運用を中心にブランドを立ち上げ、企画・製造・販売を行っている。素材の特性に合わせ、付加価値の高い二次加工(レーザー彫刻、UVプリント、箔押し、熱圧着、縫製)を活かし、iPhoneケースから雑貨、アパレル、インテリアまで幅広く展開しており、別注生産やライセンス販売も行っている。
インタビューと写真:加藤孝司
2018年度東京ビジネスデザインアワード
応募資格 国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど
応募費用 無料
詳細は公式ウェブサイトをご覧ください
https://www.tokyo-design.ne.jp/award.html