【Report】グラフィックデザインの黎明期を探る
去る6月11日(土)、日本グラフィックデザイナー協会の2011年度通常総会の開催に日程をあわせて、ひとつのトークイベントが実施された。
トークイベントのタイトルは「1965“ペルソナ”の時代とグラフィックデザイン」。日本のグラフィックデザインの胎動期ともいえる時期である1965年、松屋 銀座で行われた歴史に残る展覧会「ペルソナ」展。その展覧会を当時の参加デザイナーのうち6名のトークセッションで振り返る企画だ。トークイベントに参加 したのは永井一正さん、勝井三雄さん、宇野亜喜良さん、細谷 巌さん、和田 誠さん、横尾忠則さんの6名。いずれも、当時から今に至るまで、なお変わらずに第一線で創作活動を続けてきた方々ばかりだ。
じつは最初、横尾さんが参加している理由が分からなかった。話を聞いているうちに、なるほどね。ごく簡単に言えば、日本宣伝美術協会が1951年に発足する。その公募展に、有能な青年達が集まる。入選者が顔見知りになり、ライバルになって切磋琢磨していく。自分の表現を探していく。つまり個性だ。そうか、展示会のタイトル「ペルソナ」は、この意味で勝見勝さんが名付けたのか。横尾さんもそうした青年の一人だった。青年達が自分の表現を確立していったのと同様に、横尾さんもこの展示会前後から横尾さんらしい作風が表れ、モダンデザインから逸脱していく。そんな文脈からみると、この展示会は、戦後世代のデザイ ナーが成熟していく「分岐点」だったのではあるまいか。
さて、もう一つなるほどね、と思ったことを。
永井さんは日本デザインセンターへの参加について「グラフィックデザインは やっていたけれど、広告はやっていなかったので」と発言された。また細谷さんも「自分は広告をやっていたから...」と何回か述べられた。つまり、グラフィックデザインと広告のデザインは別のモノとして認識されているのだ。ここでいうグラフィックデザインとは、写真や印刷といった複製技術を前提とした造形表現。それは、ベンヤミン風にいえば「アウラなき世界」を担う芸術を志向していたのではなかろうか。したがって広告の分野にグラフィックデザインが応用されることはあっても、広告デザインとイコールではないのだ。
広告とは、クライアントとなる企業が提供するモノやサービスと、生活者消費 者を結ぶコミュニケーションだ。そのデザインは、説得するでも媚びるでもなく、両者がともに文化的に成長することを願って展開されてきた。この広告のデザインの成し遂げた成果をもう一度把握しておくべきではなかろうか。そうすることによって、グラフィックデザインをより一層深く理解することができそうだし、そこから日本のデザインの持つ豊穣さを汲みだしていくこともできそうに思える。
トークイベントのタイトルは「1965“ペルソナ”の時代とグラフィックデザイン」。日本のグラフィックデザインの胎動期ともいえる時期である1965年、松屋 銀座で行われた歴史に残る展覧会「ペルソナ」展。その展覧会を当時の参加デザイナーのうち6名のトークセッションで振り返る企画だ。トークイベントに参加 したのは永井一正さん、勝井三雄さん、宇野亜喜良さん、細谷 巌さん、和田 誠さん、横尾忠則さんの6名。いずれも、当時から今に至るまで、なお変わらずに第一線で創作活動を続けてきた方々ばかりだ。
じつは最初、横尾さんが参加している理由が分からなかった。話を聞いているうちに、なるほどね。ごく簡単に言えば、日本宣伝美術協会が1951年に発足する。その公募展に、有能な青年達が集まる。入選者が顔見知りになり、ライバルになって切磋琢磨していく。自分の表現を探していく。つまり個性だ。そうか、展示会のタイトル「ペルソナ」は、この意味で勝見勝さんが名付けたのか。横尾さんもそうした青年の一人だった。青年達が自分の表現を確立していったのと同様に、横尾さんもこの展示会前後から横尾さんらしい作風が表れ、モダンデザインから逸脱していく。そんな文脈からみると、この展示会は、戦後世代のデザイ ナーが成熟していく「分岐点」だったのではあるまいか。
さて、もう一つなるほどね、と思ったことを。
永井さんは日本デザインセンターへの参加について「グラフィックデザインは やっていたけれど、広告はやっていなかったので」と発言された。また細谷さんも「自分は広告をやっていたから...」と何回か述べられた。つまり、グラフィックデザインと広告のデザインは別のモノとして認識されているのだ。ここでいうグラフィックデザインとは、写真や印刷といった複製技術を前提とした造形表現。それは、ベンヤミン風にいえば「アウラなき世界」を担う芸術を志向していたのではなかろうか。したがって広告の分野にグラフィックデザインが応用されることはあっても、広告デザインとイコールではないのだ。
広告とは、クライアントとなる企業が提供するモノやサービスと、生活者消費 者を結ぶコミュニケーションだ。そのデザインは、説得するでも媚びるでもなく、両者がともに文化的に成長することを願って展開されてきた。この広告のデザインの成し遂げた成果をもう一度把握しておくべきではなかろうか。そうすることによって、グラフィックデザインをより一層深く理解することができそうだし、そこから日本のデザインの持つ豊穣さを汲みだしていくこともできそうに思える。






