2025TBDAテーマ企業インタビュー:Expert Material Laboratories株式会社
2025年度東京ビジネスデザインアワード
「東京ビジネスデザインアワード」は、東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションです。
企業の持つ「技術」や「素材」をテーマとして発表、そのテーマに対するビジネスモデルを含めた新たな製品・用途開発・ブランディング案をデザイナーからの「提案」として募集しています。
2025年度はテーマ8件の発表をおこない、10月29日(水)23:59までデザイン提案を募集中。本年度テーマに選ばれた8社へのインタビューをおこない、技術や素材について、本アワードに期待することなどをお聞きしました。
テーマ名:食品衛生法クリア・アレルゲンフリーの光造形3Dプリンタ用レジン
テーマ企業:Expert Material Laboratories株式会社【新宿区】
『安心安全な光造形3Dプリンター用レジン』
従来のものづくりにデジタルが融合することでその形や機能性の幅は大きく拡張している。2023年に創業したExpert Material Laboratriesは、3D技術に特化したプロフェッショナル企業である。独自の技術で食品器具づくりも可能な食品衛生法適合・アレルゲンフリー、水で洗浄することができる光造形3Dプリンタ用レジン「エキマテ」を開発。環境問題や廃棄物問題も待ったなしの状態が続いている今、最先端のものづくりの技術で環境負荷軽減にも貢献する。安心安全な素材作りの先にある「3D技術×食×デザイン」による新たな取り組みも期待される。
お話:Expert Material Laboratries株式会社 代表取締役CEO 野田裕介氏
食品用食器も作ることができるレジン
ーー御社の創業の経緯を教えてください。
親会社は非破壊検査コンサルティング、工作機械の販売などをしている会社です。私自身は元々加工業に携わり、そこで3Dモデリング、治具設計をしていました。そこから工作機械の会社を立ち上げに参画し、お客様に3Dプリンターの提案を始めました。その理由は私自身3Dプリンターを扱える強みを活かしたいと思ったからでした。
3Dプリンターの中でも非常に高い精度で造形をすることができる「光造形」というプリンター方式に特化し取り扱いをしていたのですが、お客様から造形後の洗浄の際に産業廃棄物である廃液が大量に生じたり、材料となるレジン(液体樹脂)自体の危険性などで気軽に扱うことができないという声を多くいただきました。そこから今回の食品衛生法適合でアレルゲンフリーの光造形3Dプリンタ用レジンを開発しました。
ーー貴社の「エキマテ」は3Dプリンターにおける課題解決のために考案された製品だったのですね。
はい。ここからが弊社創業の経緯になるのですが、事業拡大ということもあり親会社から分社化して2023年9月にExpert Material Laboratries株式会社を設立しました。3Dプリンターおよびその技術全般に特化した会社になります。
今回のアワードでは、弊社の開発した光造形3Dプリンター用レジン「エキマテ」の新しい使い方をデザイナーの皆さんと一緒に考えさせていただきたく応募し、テーマ企業に採択していただきました。
ーー既存の3Dプリンター用UVレジン製品との違い、開発の経緯、難しさなどを教えてください。
まず3Dプリンターで普及している方法には大きく2種類あります。一つがプラスチックの糸の束を熱で溶かし、ソフトクリームのように積み上げていく「熱溶解方式」。もう一つが弊社で採用している「光造形方式」です。
「光造形方式」は、紫外線で固まる光硬化性樹脂レジンを一層一層薄い板に固めて立体にするやり方です。表面品質や精度も良いので、フィギュアの原型などに多く使われています。
しかし、従来の材料には発がん性物質やアレルギー物質が含まれていたり、産業廃棄物扱いになる有機溶剤という燃えやすい材料を洗浄に使う必要があり、有害物質の排出と健康リスクがありました。なおかつ毒性も高く、一般家庭への普及はハードルが高い。
食品器具類の製造には使用できないことが従来の材料の問題点でした。
ーー生活に用いられる幅広い製品を3Dプリンターで作ることを実現する上でそれは大きな課題ですね。
光造形の考え方自体は手軽にクオリティの高いオリジナルな製品を作ることができる楽しく有益な技術であるにも関わらず、そのような理由もあり教育現場などへの導入が進まない現状があります。それを解決するために弊社で開発し販売をしているのが発がん性物質、アレルギー物質不使用、水洗いができる「エキマテ」という材料になります。
思い立ったら具現化できる強み
ーーどのような基準をクリアした製品でどのような特徴のある材料なのでしょうか。
日本皮膚免疫アレルギー学会が発表する「ジャパニーズスタンダードアレルゲン2015」のアレルゲン一覧で確認できる化学物質は一切使用していません。ですので食器にはもちろん、レジンアレルギーになってしまった方、お子さんにも安心してお使いいただくことができる材料であるということが大きな強みです。
従来の材料は硬化させる前の液体の状態で、刺激臭が強く非常に有害でした。エキマテはこの刺激臭を大幅に減らしています。
また、液体の状態でも食塩と同等で、万が一口に入れてしまっても健康に害のない安全性を担保しています。
先ほども洗浄に使う有機溶剤が危険と言いましたが、エキマテは通常の台所用洗剤と水で洗浄でき、廃液処理の負担も軽減しました。
水やお湯につけて有害物質が流出するかどうかの試験もクリアし、厚生労働省が定める食品衛生法基準のポジティブリストにも適合している3Dプリンター用レジンで唯一の材料になります。
私のこだわりで、安心・安全を追求した材料です。
ーーすごく良いものなのに、なぜこれまでこのような材料がなかったのでしょうか?
食器にレジンは使えないという固定概念が大きかったことが一つあるかと思います。弊社ではマウスピースを作っている会社さんと出会いまして、3Dプリンターでマウスピースを作れないかというご相談を受け開発をしたという経緯があります。
ーーなるほど。マウスピースは口の中で扱うものですよね。3Dプリンター自体はアクセサリー制作のツールとしても普及していると思うのですが、食品にも使える「エキマテ」はどのような素材で出来ているのでしょうか?
アクリル系の樹脂になります。
ーー一般の光造形の3Dプリンター用のレジンにはなぜ有害な物質が含まれるのでしょうか?
一般的には強度、製作スピードUP、加工のしやすさ、コスト抑制など、性能を上げるためです。「エキマテ」は構成成分の最適化、安全性の高い素材のみを使ってつくっています。
ーー造形が終わった後の大量の廃液の廃棄に苦労することなく、誰もが安心安全に3Dプリンターでのものづくり楽しんでほしいという思いから開発されたのですね。
その通りです。以前から自分自身、3Dプリンターでの造形は好きだけど扱いが面倒だと感じていました。より容易に扱える材料がないかと調べても、そのようなものは世の中にありませんでした。ならば自分たちで開発しようというところが出発点でした。
ーー日本の3Dプリンター事情にも課題をお持ちだったとか。
弊社では3Dプリンターの販売と立ち上げ支援も行なっており、日本の3Dプリンターの普及と技術は海外と比べて遅れをとっていることを肌で感じていました。中国では2017年頃から義務教育で3Dプリンターを導入していました。台湾でも70%ほどの学校で3Dプリンターが導入されています。
日本では学びの場だけではなく、働く環境でも普及が進んでいません。ですから、産業廃棄物が出ずに扱いが容易、オフィスでも3Dプリンターを使った試作がすぐに出来る状況を作りたいと思いました。
3Dプリンターでは音楽や絵画のように、思い立ったらすぐに形にすることができます。そうすれば企業での試作検討も速やかに行うことができ、結果納期短縮にも繋げることが出来ます。しかし、課題は先ほど申し上げた従来品からの懸念点もあり普及が思うようには進まない。中小企業さんのものづくりを拝見することも多いのですが、弊社の「エキマテ」はおろか、3Dプリンターもほとんど導入されていないのが現実といわざるを得ません。こんなにいい材料を開発しても知られていませんし、使おうという方も少ないと感じています。
ーー目の前でものが立ち現れる楽しさは3Dプリンターの造形ならではだと思います。その楽しさを安心安全とともにまずは伝えることが大切そうですね。
はい。広報の方も大きな課題があります。「エキマテ」はあくまで、ものを作るための道具ではあるのですが、ものづくり企業さん、デザイナーさんも一度使っていただきたいと思います。現物がすぐに確認でき、打ち合わせスピードが上がるというところには、二次元とは違うメリットを感じていただけるはずです。ですが、「使い方が分からない」、「他でまだ使っていないから」という理由だけで二の足を踏む方が多いのは残念です。
さまざまなメリットを活かした柔軟なものづくり
ーー通常のレジンと「エキマテ」は使用方法は同様ですか?
はい、そうです。3Dプリンターはプロユースのものから5万円ほどの汎用性の高いマシンまで使っていただくことが出来ます。材料自体は体積イコール作るものの大きさで、3Dデータさえあればその設計図通りにものを作ることが出来ます。最近では3D用のソフトを使わずにスマホの3Dスキャン機能を使いそのデータを元に造形することも出来ます。
ーーとても便利ですね。試作を見せていただきましたが白いものが多いのですが、着色は可能ですか?
はい。実際にブラック、グレーの製品もリリースしています。液体自体に食品対応の塗料を混ぜ込んで材料自体にオリジナルの色を作ることも出来ます。3Dプリンターで造形したものに後付けで食品対応の塗料を塗ることも可能ですし、レジンで作った器を木工の木地に見立てて「漆塗り」を施すことも可能です。実際に石川県で漆塗りの職人さんと協働したこともあります。素材自体の持ち味を活かしたり、高級感のあるものに仕上げたり、このあたりもデザイナーさんのお力添えをいただいて取り組みたいと思っています。
ーー3Dプリンターの造形で得意なものはどのようなものですか?
それほど大きくないもので、肉厚がないものが得意かもしれません。切削加工、マシニングセンターの場合、刃物が届く範囲の加工しかできません。ですが3Dプリンターの場合は加工が難しいような場所への造形が出来ます。ですので切削加工で作ることが出来ない造形や形状、中身が細かいメッシュ形状になっているようなものは3Dプリンター造形の強みであり特徴です。現状使われている用途も様々で実績もあります。歯科業界ですと歯科矯正用のもの、インプラント治療で使うサージカルガイド、歯の歯列模型など、汎用品で合わないものなどの製作に活用されています。デザイン分野ではプロトタイプ製作、試作段階での金型製作。食品にも使えるということでチョコレートやクッキーなどの試作・オリジナルの型、楽器のマウスピースなど、多品種小ロットに適しています。大阪・関西万博開催に先立ち2023年4月に執り行われた起工式において、公式キャラクター「ミャクミャク」をエキマテで制作しました。
量産の一歩手前でトライアンドエラーができて、世の中にないもの、アイデアを素早く具現化するツールとして、しかも安価に作れるというメリットがあり重宝されています。
ーー製作にかかる時間はどのくらいですか?
高さ1センチに40〜50分ほどです。
ーー大きさや厚みなど作ることが可能な具体的な数値を教えてください。
本テーマのレジンを用いた光造形では、一度の造形での可能サイズは W218×D122×H245mm となります。使う機械が小さくてもパーツごとに作ってあとで組み上げればさらに大きな造形にも対応可能です。また、最小の造形精度は0.5mm程度の細部まで再現可能で、繊細なディテール表現に対応します。それとサイズや用途に応じて、肉厚設計の目安が異なります。小型モデル(おおよそ50mm程度まで)であれば、最大10mm程度の肉厚でも問題なく造形が可能です。一方で、中型以上のモデル(100〜150mm程度)では、内部応力を抑えて安定した仕上がりとするために、肉厚は3mm程度を上限目安としてください。
さらに、大型の一体形状や高さのあるデザインは、分割設計や中空化、内部にリブを入れる構造とすることで、強度と仕上がりを両立できます。内部空間がある場合は直径3mm以上の排液孔を複数設けてください。また、長大な直線壁は段差やスリットを入れることで歪みを防ぎ、意匠的なアクセントにもつながります。
デザイン時は「細部は0.5mmまで表現可能」、「小型なら厚み最大10mm」、「大型は肉厚3mmを目安に分割」という3点を意識いただくことで、本テーマのレジンの高精細かつ安心・安全な特性を最大限活かすことが可能となります。
ーー逆に光造形が難しいもの、耐久性、黄変などの特徴や、現状の課題はどのようなことですか?
通常の使用には問題はありませんが、素材の特性上、ガラスや陶器と同じように落とした時に割れやすいです。アクリル系の樹脂は透明度が高く硬いのですが、逆に脆さもあります。経年劣化や透明素材の黄変、靱性、材料の粘り強さ、しなりに対する力がこれからの改善課題です。現在はこれまで危険であったレジンに安全性を持たせたというところからスタートです。これから改良できることはまだまだあると思っています。
ーー造形以外で御社がアワードで出会うデザイナーと一緒に向き合いたいのはどのようなことですか?
一番は光造形用レジンの今までにない使い方です。先ほども申しました通り、弊社の「エキマテ」はレジンは食品関係には使えないという先入観を覆すことで生まれました。まだ掘り起こされていない技術や使い方がまだたくさん眠っているはずです。
ーーどのようなデザイナーと出会ってみたいですか?
これまではデザインに縁がないところで仕事をしてきました。デザインは私たちのようなものにとってもこれからのビジネスを展開する上で重要になってくるという意識は常に持っていました。デザイナーと協働し、新しい使い方を発掘していきたいと考えています。従来「食器にレジンは使えない」という固定観念を覆したように、まだ眠っている可能性を引き出すことで、教育・医療・食品など多分野で応用を広げたいと思います。ぜひ今回の出会いでその一歩を踏み出せられれば嬉しいです。ものづくり側の私たちでは得られない発想を出していただける方とぜひお会いしたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。
インタビュー・写真:加藤孝司
2025年度東京ビジネスデザインアワード https://design-award.metro.tokyo.lg.jp/award.html
各テーマ8件の詳細はこちら https://design-award.metro.tokyo.lg.jp/designer/#design_theme
デザイン提案募集期間:10月29日(水)23:59まで
応募資格:国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど、テーマに対してビジネスモデルを含めた新たな製品・用途開発・ブランディング案などを提案できる方
応募費用:無料
詳細は公式ウェブサイトをご覧ください https://design-award.metro.tokyo.lg.jp/designer/






