2025TBDAテーマ企業インタビュー:株式会社アサノ不燃
2025年度東京ビジネスデザインアワード
「東京ビジネスデザインアワード」は、東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションです。
企業の持つ「技術」や「素材」をテーマとして発表、そのテーマに対するビジネスモデルを含めた新たな製品・用途開発・ブランディング案をデザイナーからの「提案」として募集しています。
2025年度はテーマ8件の発表をおこない、10月29日(水)23:59までデザイン提案を募集中。本年度テーマに選ばれた8社へのインタビューをおこない、技術や素材について、本アワードに期待することなどをお聞きしました。
テーマ名:木や紙の風合いを保ちながら不燃化させる技術
テーマ企業:株式会社アサノ不燃【江東区】
企業HP:https://www.funen.jp
『新しい「不燃」の文化をデザインとつくる』
自然界にあるホウ酸塩などを用いてつくる「セルフネン液」を特殊な技術で木材に含浸させることで、「燃えない木材」を開発したアサノ不燃。そこには自身の経験を活かし、火災が発生しても燃え広がりにくい材料を作ることで、-憩いの場である家や人々が集う公共施設などでのひとときをより安心に過ごして欲しいという願いが込められている。そのマテリアルは木材から和紙、プラスチック、畳などに及び、さまざまな空間に活用が広がっている。よりよい空間づくりのためのさらなる活用方法とは?
お話:株式会社アサノ不燃 代表取締役 浅野成昭氏
目指すのは人々が安心してすごせる空間づくり
ーー御社の創業の経緯と、浅野さんが不燃木材を開発するまでの経緯とそれまでどのようなことをされてきたのかを教えてください。
私は福井県に生まれました。27歳で一級建築士の資格を取得しました。28歳で建築会社の設計部長になり一級建築士やインテリアプランナーとして建築業界で働いてきました。2001年にアサノ不燃の前身となるTKマテリアルズを設立したのですが、実はその5年前に不燃木材の研究を始めました。そのきっかけとなったのが、私が45歳の時に築100年以上の福井の母方実家が火災で全焼したことでした。焼け落ちた懐かしい家を前に、木の弱点を克服し、火災にならない、燃えない、腐らない木材を作りたいと思いました。
ーーそれは心が痛む本当に悲しい出来事でしたね。
火災はそれまで築いた財産や思い出を一瞬で奪ってゆきます。そんなことがあり長年携わってきた設計の仕事から少しのあいだ退き、どうしたら建築を火災から守ることができるのか、そんな研究を始めました。もともとがデザイナーですので、とことん追求しなければ気がすまない(笑)。火災災害では煙と発生する有毒ガスで命を失ってしまうということがわかりました。ガス、煙を抑えれば火災も防げるし命も助かる。5年間は頭を全部空っぽにしてこれだけを考え続けました。その中で、そもそも安心安全な空間が確保されていないということが分かったんです。これを機になんとか自分の仕事の集大成をつくりたいという思いもありました。
ーー今回のテーマにしていただいた「燃えない木材セルフネン」はどのように生まれたのでしょうか?
これを作るにあたり、化学物質は使いたくありませんでした。それで燃えない不燃木材開発の過程で安全なものはないかなと探しに探し、人体を構成する元素のひとつである無機物で鉱物として自然界に存在するホウ酸塩に出合いました。ホウ酸塩を構成する元素のひとつであるホウ素はあらゆる植物の成長に必要な要素です。人間にとっても栄養学的に重要と考えられていて、マウス実験でも安全性が確認されています。急激な高濃度の摂取は害になりますが、低濃度であれば安全性も高いと評価されています。
ーーそのホウ酸塩と不燃はどのように関わってくるのでしょうか?
ホウ酸塩は世界中で良く知られたものです。ホウ酸塩は知らなくても、私たちの身近に普通に使われていて、木材の保存材や植物の肥料、ハンドソープや化粧品、コンタクトレンズの保存液などの製品にも使われています。木材に含浸させることで防虫効果をもちシロアリを防ぐことも知られていました。そして私どもの研究によってホウ酸塩を木材にまんべんなく含浸させれば不燃化できることがわかりました。そこから大きな壁にぶち当たったんです。
ーーそれはどのようなことでしたか?
ホウ酸塩の元となるホウ素は鉱物で溶けない。安心安全なことは分かっているんだけど、大学の先生も溶けないことがネックになっているとおっしゃっていました。いくら研究をしても世界中の学者が溶けないと言っているのだから、鉱物の素人である私が溶かせるはずがないと批判もされました。ですが私は自分で全部やらなければ気がすまないたちでしょう?(笑)。溶かせば安心安全な空間が確保できることが分かっているのだからこれはもう執念でした。
ーーはい。
自分の全財産、実家の山から何から投げ出してやろうと決めました。5年間集中して研究開発に没頭しました。そうしたらそれが出来たんですよ。
ーーわー、すごい。
それで25年前にその第一号として作った商品が「燃えない木材セルフネン」です。
鉱物を液体化し不燃化の材料とする
ーーところでホウ酸塩はどのように溶かすのですか?
石、鉱物を液体にするのが私たちのノウハウです。これは独自のノウハウだから言えないけど、濃度が肝心なんです。それでホウ酸塩で液体を作っている会社は他に一社ありますが濃度は20%前後。ですが、弊社の不燃木材にするためにはホウ酸塩が35~6%の濃度の不燃処理液を作る必要があります。
ーー36%というのが不燃木材を作るために重要なのですね。
そうです。それ以下だと木を木材にするプロセスで乾燥させた時に木材の中に固形物として残りません。では、溶かしたホウ酸塩をどのように木材に含浸させるのか。木材はセルロースの塊でその割合は約50%。セルロースは水分の通り道となっているピットというものがあります。不燃化させるためにはそこに不燃液を染み込ませる必要があります。しかも木材ごとにセルロースが違う。ホウ酸塩溶かすことも含めこれが弊社の独自の製造技術です。ホウ酸塩を独自の液体にし、木材に染み込ませます。さらにしっかりと乾かして、確かな不燃性能を確保していることを確認して作った木材が「燃えない木材セルフネン」です。
ーーところでなぜ燃えないのですか?
今の説明でわからなかった?
ーーすみません…。
木材に含浸させたホウ酸塩は火災の熱によって溶けます。燃え広がる際に必要な酸素や熱を遮断して燃焼を抑制します。不燃効果により、たとえ火がついても赤くなり炭化するだけで燃えにくい、燃え広がりにくい木材になります。セルフネン木材をバーナーで火を当てると、表面は焦げますが、それ以上燃え広がるまでには相当な時間がかかります。
ーー燃えない仕組みはどのようなものなのでしょうか?
ホウ酸塩から作った液体を含浸させた不燃木材はバーナーで燃やそうとしても木材の表面が赤くなり炭化するだけでそれ以上燃え広がりません。その炭化層とホウ酸塩が染み込みんだ層がその下の内部を保護することで燃焼が抑制されます。
ーーなるほど。
火災時に問題となる有毒ガスや煙も発生せず、それだけでも大きな利点になります。もし、火災が発生しても建物に燃えにくい木材を使用していれば、たとえ火災になって燃え広がるのに時間がかかり、人々が逃げる時間が確保されるのです。
たくさんの人が集まる場所には不燃木材を使わないといけないという決まりがあります。現在、弊社の不燃木材は人が多く集まる学校や体育館、病院、博物館、ショッピングモール、ホテルなど大きな建物の天井や壁に使われています。
ーーホウ酸塩を染み込ませて不燃化した木材の効果はどの程度続くものなのでしょうか?
不燃成分が溶出しない限り性能は劣化しません。ホウ酸塩を染み込ませて不燃化した木材は防腐、防虫、防菌効果があることも知られています。また紫外線による劣化も少ない。含浸させた分木材自体の重量は増しますが強度も変わりません。「燃えない木材セルフネン」は木材として初めて国土交通大臣「不燃材料」認定を取得しました。
一方、森林の荒廃など日本の山は危機的な状況にあります。この技術が確立すれば木材に新たな価値を付与できる。しいては日本の豊かな森を宝の山にできると思いました。
ーー経年変化、経年劣化はどうですか?
ホウ酸塩処理をしても木の色を残しながら木材の特徴を残すことができます。この事務所の壁に25年前の不燃木材の板を外に向けて展示していますが、これはセルフネンの経年変化を調べるためです。
ーーそうなんですか。
はい。それで25年経っても紫外線劣化もあまりないし色褪せず、表面着色したもの色止めしたものもほとんど色が変わりません。このような木材は当時世界中どこにもありませんでした。
ーリサイクルはできますか?
ホウ酸塩を染み込ませた木材を廃棄する場合、不燃液であるホウ酸塩は無機、木材は有機ですので、分離をすることができ、リサイクル可能です。
ーー御社のセルフネン不燃木材SUSANOH(スサノヲ)について教えてください。
日本の森の国産間伐材を不燃化した木材として弊社で販売している商品です。弊社の不燃木材の材料には日本の山で採れたスギ、ヒノキ、マツなどの針葉樹を使用しています。火災の際に燃え広がらない安全性と、防腐・防虫・防カビ効果という機能性をもち、天然木と同様に風合いや香り、木目も楽しめ、温もりのある木の特性もそのままです。自然な木目を活かした材で、多彩な着色を施すことができます。さまざまなシーンにバリエーション豊かに使用することができるデザイン性も高い木材です。木材は多少固くなるので、施工には考慮が必要ですが、製品は天然でも非破壊検査により厳しい全品チェックも行い、基準を満たしたものだけを出荷しており品質管理も万全です。
鉱物を独自の技術で溶かした液体を木材に染み込ませる不燃化技術で近年は不燃和紙も制作し、さまざまなホテルや美術館などにも活用していただいております。私はもともとインテリアデザイナーでもありましたので、人々が心地よく過ごす空間を不燃化し、安全で安心な場所にしたいという思いを強く持っていました。市販の和紙を後加工で、和紙の見た目や質感を損なわず、和紙が持つ強さしなやかさ、美しさに燃えにくさをプラスした製品が「セルフネン不燃和紙」です。
夢がふくらむワクワクとしたものづくり
ーー不燃和紙はどのような場所で使われていますか?
壁紙として店舗やホテル、住宅、旅館の室内の壁面、襖や障子などの建具、照明やパーテーションなど、温もりのある室内を不燃化することに貢献することができる材料です。メリットしては手漉き和紙を不燃化することで法的規制のある場所にも和紙独特の風合いを楽しむことができ、優れた不燃性で高級感のある空間を演出できることです。
ーー不燃和紙はとても美しいですね。
ありがとうございます。全国の地域ごとにある個性豊かな和紙をお持ち込みいただき弊社で不燃化処理を承り、それをさまざまな空間で使っていただいています。最大2.5mm厚のものまで不燃処理をすることができます。また、木工時に廃棄される木粉をリサイクルし、不燃化した木粉とでんぷんのりだけで作る「セルフネン木ぬり壁」も開発しました。和紙、紙、プラスチックなど、不燃化するマテリアルは広がっています。
ーー木材だけでなく個性的な和紙などの不燃化を考案される思いはどのようなところにありますか?
建築基準法で商業施設や旅館、ホテルなど多くの人が集まる場所には不燃材料を使わなければならないと法律で決まっています。安全で安心な生活空間を実現するために、木材だけでなく和紙のようなものまで不燃材料とすることで、さまざまな意匠性の高い内装を作ることができます。
ーー浅野さんをより良い暮らしに貢献するものづくりに駆り立てるものはどのようなことですか?
最初の話に戻りますが、もしもの火災の際に、煙とガスを抑えれば絶対命は守れる。それは普遍の事実です。その事実を具体的に商品化したのが不燃木材の技術であり、セルフネンです。そして、いのちと財産を守り、火災にならない生活空間を実現したい思いがあるからです。
ーーこの技術は建築以外ですと他にどのようなところに使えそうですか?
自動車と飛行機、乗り物などです。そのためにも煙、ガスを抑えるという新しい法律を作らなければ、変えなければなりませんが。
ーー確かにそうですね。今回のアワードでは応募を検討されているデザイナーやプランナーの方々とどのようなことに取り組んでみたいですか?
私がこれまで作ってきたのは、不燃の技術で作れるもののほんの一部の商品にすぎません。まだまだこれから商品がいっぱい必要です。それを皆さん若い方にこういうものがあったらいいな、という夢が膨らむものをデザインできたらいいなと思っています。私は基本的な技術は作りました。あとは皆さんどうにかしてよ、という感じです(笑)。
ーー楽しそうです。
楽しそうでしょう?私はデザイナー、インテリアプランナーとして豊かな生活、より良い暮らし、安心安全を確保した豊かな空間づくりを目指して仕事をしてきました。新しい不燃の文化、世の中をより良くする仕事をぜひ一ご一緒しましょう。
インタビュー・写真:加藤孝司
2025年度東京ビジネスデザインアワード https://design-award.metro.tokyo.lg.jp/award.html
各テーマ8件の詳細はこちら https://design-award.metro.tokyo.lg.jp/designer/#design_theme
デザイン提案募集期間:10月29日(水)23:59まで
応募資格:国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど、テーマに対してビジネスモデルを含めた新たな製品・用途開発・ブランディング案などを提案できる方
応募費用:無料
詳細は公式ウェブサイトをご覧ください https://design-award.metro.tokyo.lg.jp/designer/






