2025TBDAテーマ企業インタビュー:株式会社スバルグラフィック
2025年度東京ビジネスデザインアワード
「東京ビジネスデザインアワード」は、東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションです。
企業の持つ「技術」や「素材」をテーマとして発表、そのテーマに対するビジネスモデルを含めた新たな製品・用途開発・ブランディング案をデザイナーからの「提案」として募集しています。
2025年度はテーマ8件の発表をおこない、10月29日(水)23:59までデザイン提案を募集中。本年度テーマに選ばれた8社へのインタビューをおこない、技術や素材について、本アワードに期待することなどをお聞きしました。
テーマ名:多様化・複雑化する紙の表現に対応するワンストップ印刷製造技術
テーマ企業:株式会社スバルグラフィック【中野区】
『チームワークで印刷のフィールドを豊かにする』
スバルグラフィックは1982年に創業した印刷、製本、加工を行う都内有数の設備で知られる印刷会社。商業印刷から書籍印刷、パッケージ制作から発送までワンストップ印刷製造技術を誇る。印刷業界はアナログからデジタルに移行して久しい。スバルグラフィックでは長年製版で培ってきたアナログな技術と知識が、デジタル化した現在において大いに生きているという。印刷に関するさまざまな課題と向き合い、その都度設備と技術をアップデートし、人に寄り添いながら乗り越えてきた。「印刷」のフィールドを拡張するアイデアが求められている。
お話:株式会社スバルグラフィック 代表取締役社長 松本氏、営業部長 鈴木氏、営業開発部 チーフリーダー 高浦氏、プリプレス部リーダー 岸田氏、営業開発部 土屋氏、本多氏
デジタル時代に製版技術の強みを活かす
ーーまずは創業の経緯から教えてください。
1982年に小平市に写真製版業として創業し、ここ中野区野方に移転して今年で40年になります。弊社が創業する以前、高度経済成長時代には印刷業の市場はどんどん拡大し仕事も多く、印刷の一つのプロセスである「製版業」もひとつの業態として成立していたそうです。
印刷が出来上がるまでを大まかにいえば、デザイン、製版、印刷、加工、配送納品というプロセスがあります。今でこそ入稿はデジタルですが、デジタル化する以前は製版の仕事は全てが手作業で、原稿の不備は職人で技術者である父がすべて手で手直しをしていたそうです。
現在に至るまで印刷業には2度の大きな波がありました。それにより印刷業界も様変わりしました。弊社は当初製版が主な仕事だったと言いましたが、製版専門でやっている中でお客様から印刷、加工納品までお願いしたいという要望をいただくようになったそうです。それで弊社でも製版の前(デザイン)と後ろ(印刷・加工)と、できることを広げていき、総合印刷会社としてのポジションを築いていきました。やがて印刷業界はデジタル化という大きな波があり、製版専門の印刷会社はほぼ衰退してしまいました。実は印刷業は分業化が進んでいて、弊社のような製版業が、のちに印刷・加工と伸ばしていった会社はゼロではありませんが意外と少ないんです。ですが、不思議なもので製版業から立ち上がったというところが、印刷のデジタル化においても弊社にとって大きな強みになりました。
ーーそれはどのようなことでしょうか?
ある時期からお客様から納品されるデータはデジタルデータにほぼ置き換わりました。それまではお客様からいただいた素材を印刷の工程に回すための作業(製版)は印刷側がやるものでしたが、デジタルになったことである程度のところまでを制作会社さんがやることになりました。そうなると、お客様から印刷のための完全データをいただいた上で作業をすることになるのですが、実はそのデジタルデータというものが複雑でして、先方からいただいたデータのまま実際に印刷をされるということは稀です。
ーー完全デジタル入稿が可能になって製版作業が不要になっても、デジタルデータの何らかの不備により、実際に印刷に回すためには修正作業が必要なことが多い、ということでしょうか?
そうです。よりよいアウトプットのためにはデータの確認がとても重要です。実際に印刷をしようとするとレイアウトや色が思った通りの精度にならないということがままあり、そうなるとデータをいじる必要があります。そうするとお客様と弊社との間でそのためのやり取りが必要になってきます。そのプロセスで、アナログで製版をやってきたことが弊社の強みとしてデジタル時代にも活かされています。弊社はもともと製版会社でしたので、確認、手直しは得意分野の仕事です。デジタル化をしてもそのためのスタッフが充実しており、知識も蓄積されています。その技を持っている信頼感が現在も、お客様からの発注のきっかけになっているのです。
ーー製版で培ってきたスキルがデジタル時代になった今、むしろ活きているのですね。
はい。完全データ納品の印刷会社さんですと、お客様のデータに不備があった場合、自社に知識と技術を持ったスタッフがいませんのでお客様の元に戻されてしまうことがあります。そうするとどう直すのかデザイナーさんが悩まれてしまい問題が生じるんですね。ですが弊社の場合、ひとつひとつオーダーメイドでお客様に確認の上、最適なデータに修正し、かつ「短納期」でその後の印刷、製本、配送までをすることができます。それが弊社の大きな強みになっています。
小ロット、スピーディーに対応
ーーそれは依頼する側にとっては大きな安心感がありますね。
大量に刷って単価も安くという印刷物のビジネスモデルを市場は必要としなくなってきました。デジタル時代になった今、当然ながら昔ながらの設備と知識だけではビジネスは成り立ちません。弊社では昔ながらの設備と技術でオフセット印刷のような従来の市場に向けたものと、設備も知識もアップデートしデジタルにも対応できるようにしてきて現在があります。
ーーおっしゃるように昔に比べると現在は、情報のヒエラルキーは個人個人に委ねられ、一つの情報を多くの人が同時に享受するだけの時代ではなくなりました。印刷業界だけでなく、現代では異なる感覚をもった一人一人の心に響くような細やかなものづくりが求められる時代になりました。そういった意味では以前のような大量生産ではなく、個別細分化した、こまわりの効いたものづくりが主流になりつつあります。御社では少量生産も可能ですか?
はい。例えば、印刷にこだわったポスターなど1部から作ることができます。オフセット印刷の場合、一部でも100部でもコストは変わらないという生産システムになっていますが、デジタルになり例え1部であってもその価格設定はそれ以前とは大きく変わりました。
ーー印刷物に対する受け手、作り手の感覚も変わってきていることを感じます。300ページで発行部数が数万部というものがあれば、20ページだけど趣味性の高い情報を手に入れることができニーズもある限定20部の印刷物があったり、同じ紙の印刷物であっても、制作費・販売価格の設定は大きく変わって当たり前という時代になっています。そのように印刷物を巡る状況も日々変化する中で、現在御社が抱える課題を教えてください。
印刷業界はこれまで受注産業で、より良いアウトプットのための修正以外はお客様に提案することには苦手意識があります。それと設備もハイスペックで突き詰めるといろいろなことができるのですが、ある種の宝の持ち腐れ状態で、弊社でも各地にある工場にハイスペックなマシンがあるのですがそれを活かしきれていません。社内で知恵を絞りあっているのですが、なかなか決め手になるアイデアが出てきません。それらをこれから先の未来の課題と感じ、外部のクリエイターの方にお知恵を借りられたらという思いがあり今回応募させていただきました。
ーーこれまでデザイナーとの協働の経験はお持ちですか?
弊社ではさまざまな業種のお客様に製作をご依頼いただいています。その中にインハウスデザイナーの方、フリーのデザイナーの方もおられますが、オリジナル商品を共同で開発するという取り組みはありません。デザイナーさんとお仕事を進める中で感心しているのは、先ほど使いこなしていないという加飾機の扱いにしても、デザイナーさんからご提案でハッとすることが多々ありました。クリエイターさんのアイデアはやはり勉強になると普段から思っています。
ーーそれでは御社の強みを教えてください。
テーマにもあげさせていただきましたが、24時間体制のワンストップな印刷製造技術というものがひとつにはありますが、小ロットで多様な加工のものをスピーディーに制作できることが強みになります。それと弊社船渡工場にはデジタル出力機、デジタル加飾機、デジタルカット機、PP貼り機、無線綴じ機、中綴じ機、これが全部一部屋に入っている「DPルーム」があります。そこにデザイナーさんにお越しいただき一緒にものを作り、各工程でチェックし微調整をしながらものを作っていける環境があることも弊社ならではの強みだと思います。
現状に甘んじることなくトライする
ーーデジタル印刷に特化したさまざまな設備もお持ちですが、今回のアワードでメインに使うことが想定されるのはどの機械になりますか?
デジタル加飾機でDDC8000というものになります。これはUVインクジェット技術で、デジタルデータから直接印刷を行います。特徴としてはデジタル箔印刷と光沢のある表現や盛りを施せるスポットニス加工を組み合わせたデジタル加飾をすることができることです。箔加工、箔+ニスの多重加飾などで手触りや質感のある印刷が可能です。その機械を使い、弊社の社員と熟練のオペレーターが協働で、盛りや箔を使った高級感のある特殊印刷のポスターなどを実験的に制作しています。依頼がなくてもできることを社内で見える化することで、こんなことが出来るんだと実際に採用されることもあります。
ーーそれはすごいですね。ラムネ瓶のポスターは透明感のあるグラデーションが美しく、個性的で綺麗な仕上がりですね。こちらはA3サイズのポスターサイズだと思いますが、一度で印刷できる大きさを教えてください。
最大でB2までの大きさの印刷が可能です。
ーー印刷の先の「製本」プロセスですが、例えば本のようなものですと、どのような大きさ小ささのものに加工することができますか?
小さなものですとハガキサイズくらいの大きさ、大きなものですとB4ほどの大きさです。厚さは電話帳のようなものまで制作することができます。ですが、弊社の機械を使ってどのようなものを作ることができるのかということが思いつかないというのが正直なところです。
ーー豆本のようなものも作れますか?
大きいサイズに嵌め込んで本を閉じてから裁断しますので、これまで作ったことはありませんができると思います。
ーー本や商業印刷のようなものではなく、印刷物を使った「立体物」のようなものに関してはどのようにお考えですか?
弊社の販促物として自社でケース付きのカレンダーを制作したことがありますが、立体ものですと思いつくのはそのくらいですかね…。ですが、印刷物を使った立体物のようなものなど、今回のアワードを機会にいろいろとトライしてみたいです。
ーー「やったこと、思いついたことがないだけで、自分達にどのようなことができるか」ということにも、今回トライしてみたいということですね。使える紙のバリエーションはいかがですか?
薄いものから厚いものまでさまざまな紙に印刷をすることができます。紙のセレクトに関しても打ち合わせをしながら選んでいただくことができます。
ーー提案によっては御社の体制だけではカバーできないようなことも想定されるかもしれません。外部協業のようなことにも柔軟にご対応いただくことは可能でしょうか。
もちろん可能です。普段からお客様のご要望も多岐に渡っており、ニーズに対応するために幅広い相談先のお付き合いもあります。今回のアワードにおいても弊社だけでは出来ないことも想定し柔軟に対応させていただきます。
ーー心強いですね。今回のアワードでのビジネス展開において、現状どのようなビジネスモデルを想定されていますか。
B to C展開をしてみたいです。社内では以前からオリジナル商品を作ってB to C展開をしてみたいねと話をしているのですが、そこに至るまでのプロセスをどう踏んだらいいか、これまではわかりませんでした。そういうお知恵もいただきたいと思っています。
ーー日々の仕事を通じてやりがいを感じるのはどのような時ですか?
お客様に良かったと喜んでいただけることはもちろんですが、弊社では鉄道の車内広告をたくさん手掛けさせていただいています。それを社内や駅構内で見かけるたびに弊社でこれを作ったんだと誇らしいような嬉しい気持ちになります。あとアイドルやアニメ、漫画関係のものもご依頼いただき作っていますが、手にしていただいた方からネットなどを通じて良い反応をいただけたときでしょうか。
ーー世の中に印刷が活躍し貢献できるシーンはまだまだたくさんあると思っています。今日お話を伺って御社は印刷でそれを手にした方の感動とともに、エンドユーザーの感性を豊かにするお仕事をされているのかなと思いました。応募を検討されているクリエイターへのメッセージをお願いします。
印刷業界の市場がシュリンクしていく中、弊社では印刷のステージアップを目指しそれを実現していくことで、これまで危機を乗り越えてきました。その考えに共感していただける前向きな心を持ったデザイナーさんと出会ってみたいです。弊社では現状に甘んじるのではなく、つねに品質アップを目指しています。他社ができないことをして、それが世の中に認められていけばこれ以上の喜びはありません。見るだけでなく触れても楽しい、そんな印刷の可能性を広げる取り組みをしてみたいと思っていますのでどうぞよろしくお願いいたします。
インタビュー・写真:加藤孝司
2025年度東京ビジネスデザインアワード https://design-award.metro.tokyo.lg.jp/award.html
各テーマ8件の詳細はこちら https://design-award.metro.tokyo.lg.jp/designer/#design_theme
デザイン提案募集期間:10月29日(水)23:59まで
応募資格:国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど、テーマに対してビジネスモデルを含めた新たな製品・用途開発・ブランディング案などを提案できる方
応募費用:無料
詳細は公式ウェブサイトをご覧ください https://design-award.metro.tokyo.lg.jp/designer/






