東京ビジネスデザインアワード 2024年度提案最終審査会レポート
企業とデザイナーの出会いが、ものづくりの未来を変える
こんにちは。工場が大好きな編集者の今井夕華と申します。
今回は、2月4日に行われた2024年度東京ビジネスデザインアワード(以下、TBDA)の提案最終審査会のイベントレポートをお届けします!
企業とデザイナーの出会いが、ものづくりの未来を変える
寒さ厳しい2月の六本木。東京ミッドタウン ホールBにて、2024年度TBDA提案最終審査会が開催されました。
2012年からはじまり、13回目の開催となった今年度。都内中小企業の新規事業開拓支援策として東京都が主催し、グッドデザイン賞を主催する日本デザイン振興会が企画・運営を行っています。
製造加工技術や素材のノウハウがある都内中小企業と、課題解決力やプロジェクト提案力があるデザイナー。それらをマッチングさせ、ものづくりの未来を変える出会いを創造するのがTBDAです。
1年に1度開催され、実際に商品化されるアイテムも多数。コンペとしての実績と信頼を積み重ねてきました。アイデアの実現に向けては、知財保護やデザイン契約、広報戦略、販路開拓にいたるまで、コンペの期間を終えても各分野の専門家が伴走してくれることも大きな特徴のひとつ。商品化や実現化したあかつきには、Webや展示会での紹介、グッドデザイン賞の一次審査免除など、うれしい特典も用意されています。
2024年4月からの参加企業へのテーマ募集を皮切りに、デザイナーによるデザイン提案の一次審査、二次審査を経てテーマ賞を発表。今年度は9組がテーマ賞として選出され、2025年2月4日に最終審査の日を迎えることになりました。
和やかな雰囲気でスタート
今年の審査委員会は、去年からのメンバーにアートディレクターの八木彩さんを加えた7名です。ランチを食べながら、「風邪が流行っているなか、みんなでこうして顔を合わせられてよかったね」と事前打ち合わせをスタート。硬い感じかと思いきや、冗談も交えつつ、とても和やかな雰囲気です。
審査会の前には、試作展示のチェックがあります。
「おお〜、このプロジェクト、この形になったんだ!かっこいいね」「この短期間でここまで仕上げたとは」と、かなり良いリアクション!
一方、企業とデザイナーは、別室にて、くじ引きによりプレゼンテーション順が決定しました。
ホールへ移動して、13:30に最終審査会がスタート。参加企業の関係者やデザイナーを中心に、100名ほどが集まりました。
テーマ賞を受賞した9組が、質疑応答含めて15分ほどのプレゼンテーションを行います。
皆さん少し緊張しながらも、熱量を込めてこれまでの活動や成果物へのこだわりをアピール。審査委員はそれぞれ専門分野の視点から質問をします。
そこから1時間ほどの審査タイムです。
高いクオリティに、審査は難航
部屋に戻るなり「いや〜、どれも良かったな」「今年のクオリティは過去一番でしたね」と口々に話す審査委員会メンバー。こちらにも興奮が伝わってきます。
それぞれ手元で点数を付けていましたが、集計結果は僅差。
「これは選べないな…」「この企業とこのデザイナーさんが出会えたの、本当に良かったですよね」「こっちのプロジェクトは自走できそうだし、正直すごく売れると思う。でもこっちのプロジェクトの方が、支援のやり方次第では伸び代があるんじゃないかな」「ここに企業の技術がしっかり生かされてますよね」「このパーツの値段がネックでは」「今海外ではこういったことが受けているから、需要はあるだろうね」などなど、意見を交わします。
時間いっぱいまで熟考した末、特に優れた提案とされる最優秀賞と優秀賞に選ばれたのは、以下の3プロジェクトでした。
最優秀賞「リング製本とオンデマンド印刷技術を応用した未開拓領域への製品提案」
提案者:藤井誠(コンセプトプランナー/デザイナー)・山田奈津子(デザインアーキテクト/一級建築士)【ディノーム】
企業テーマ:リング製本とオンデマンド印刷のワンストップ提供体制
企業名:富士リプロ株式会社(千代田区)
提案内容:富士リプロの事業の一部であるリング製本とオンデマンド印刷の技術を応用してつくる新領域での製品の提案。
最優秀賞を受賞したのは、ディノーム(コンセプトプランナー/デザイナーの藤井誠さん・デザインアーキテクト/一級建築士の山田奈津子さん)と、富士リプロ株式会社によるチーム。リング製本の技術を使った、本棚用ののれんやポケット収納の提案です。棚にアタッチメントを付け、磁力を使ってリング部分を合体させるというもの。カチッとハマるフィット感がなんとも心地よく、審査委員にも大変好評でした。
「もともとインテリア関係のデザインをしていたので、リング製本の技術をインテリアに活かしたいと発想しました。『隠し推し活』グッズとして用いたり、家族の写真や小物収納、レコード収納にも活用できると考えています」(コンセプトプランナー/デザイナー 藤井誠さん)
「印刷業界全体が縮小している状況を受けて、なんとかしたいとTBDAに参加。何名かのデザイナーさんから提案があったなか、ビビッと来たのがディノームさんの提案でした。実際に新しい商品を開発するということで、ワクワクドキドキしながら進めていきました」(富士リプロ株式会社 代表取締役社長 今村秀伸さん)
優秀賞「切削加工技術を軸とした事業再創造」
提案者:清水覚(ビジネスデザイナー)・井上弘介(デザイナー/中小企業診断士)
企業テーマ:金属切削による高精度な軸物加工
企業名:株式会社開工精機製作所(板橋区)
提案内容:金属切削技術を活かした組み替え可能な筆記具「SHAFT CRAFTS」。自動車用部品製造で培った高精度嵌合と金属削り出しならではの意匠性を強みとし、新たなビジネスモデルとしてBtoC市場での販売とBtoB向け加工サンプル提供を同時展開。全国の金属切削を行う町工場と連携し、共創プラットフォームを形成。
優秀賞を受賞した一組目は、ビジネスデザイナーの清水覚さん・デザイナー/中小企業診断士の井上弘介さんと、株式会社開工精機製作所によるチーム。高精度な金属切削加工技術を活かした、金属製の筆記用具を提案しました。
「開工精機製作所さんは、普段は自動車部品をつくっている会社なのですが、精度が高くないと、自動車メーカーの仕事ってできないんですよね。今回はその素晴らしい技術力を活かしたいと考えました」(ビジネスデザイナー 清水覚さん)
「我々が『何も取り柄がない』『普通』だと思っていたものを、今回強みとして提案してもらいました。藁にもすがる気持ちでしたが、参加して良かったです」(株式会社開工精機製作所 代表取締役社長 伏見伸一朗さん)
TBDA常連の清水さんは、自らのデザイン業務と並行して、提案の具体化に取り組んでいたそう。「子どもが寝静まったあと作業を進めました。期間中は、仕事と生活のバランスが難しかったですが…デザイナーとしての技術力や表現の幅を広げることもでき、良い刺激になりました」(ビジネスデザイナー 清水覚さん)
優秀賞「『伸びる本革ベルト』の技術を活用した家具ブランドの提案」
提案者:佐藤宏樹(プロダクトデザイナー)【KOKI SATO STUDIO】
企業テーマ:ベルトに用いられる伸縮できる本革の加工技術
企業名:有限会社長沢ベルト工業(葛飾区)
提案内容:独自技術の伸びる本革ベルトを活用し、その世界観を広げるためのスツールの提案。長年ベルトを作り続けてきた中で培われた技術力とブランドを広げるためのコンセプトプロダクトとして、伸縮するレザーという特徴的な素材を活かしたテンセグリティ構造を取り入れてデザインした。
優秀賞二組目は、プロダクトデザイナーの佐藤宏樹さんと、有限会社長沢ベルト工業によるチーム。本革なのに伸縮するというベルトの加工技術を活かした、スツールの提案をしました。
「ベルトの良さに感動して、普段からずっと使っています。提案をすると、次の週にはもうクオリティの高い試作品をつくってくれて。スピード感のあるやりとりができました」(プロダクトデザイナー 佐藤宏樹さん)
「早くつくりたくてしょうがなかったんですよね!佐藤さんが何度も何度も足を運んでくれて、職人や工場の雰囲気を好きだといってくれたことが、とてもうれしかったです」(有限会社長沢ベルト工業 チーフ職人 押尾泰廣さん)
『モノ』に対する精度の差が決め手に
講評では、それぞれ審査委員からコメントがありました。
「今年のアワードは過去一番にレベルが高く、非常に僅差でした。最優秀賞、優秀賞の方はもちろん、テーマ賞の方々もこの結果に自信を持っていただきたいです。一方で、僅差を分けたのは『モノ』に対するデザインの精度のわずかな差かもしれません。この10数年間で『モノ』から『コト』へデザインの概念は広がってきましたが、『コト』のレベルが上がったために、『モノ』のディテールの差が出たのだと思います。ビジネスとしての展開につながるよう、ここからまたデザイナーと企業二人三脚で進めていってください。実現化するよう願っています」(山田遊さん 審査委員長 バイヤー 株式会社メソッド 代表取締役)
「涙が出そうになるほど感動しました。今回の取り組みで、デザイナーと企業それぞれが、お互いの良さを理解して発信できる、良いパートナーになったと思います。物語はまだ始まったばかり。引き続き頑張ってもらいたいです」(秋山かおりさん プロダクトデザイナー STUDIO BYCOLOR)
「優秀なデザイナーと協業できれば、中小企業は大きな設備投資や人員構築をしなくても、爆発的に伸びる事業を生み出せる可能性があります。デザインの力を今回間近で見たと思うので、ぜひ今後活用してもらいたいです」(谷口靖太郎さん デザインエンジニア/ディレクター Takram)
「過去には、ここから大化けしたプロジェクトもたくさんあります。今後も審査委員は各分野でサポートに入りますので、世界でビジネスができるよう、わからないことがあれば気軽に連絡をしてもらいたいです」(日髙一樹さん 特定訴訟代理人・弁理士/デザインストラテジスト 日高国際特許事務所 所⻑)
「デザイナーと企業の信頼関係が見えて、そこが素晴らしかったです。会社に通って何度も打ち合わせをして、試作を繰り返して、というお話もありましたが、その熱量やチーム力、そして今後の継続力がすごく大事だと思います」(坊垣佳奈さん 株式会社マクアケ 共同創業者/顧問)
「私も普段、中小企業の経営者として仕事をしていますが、親戚のような距離感で、ときどき外部のデザイナーと一緒に仕事をすると、スタッフにとっても良い刺激になります。今回の取り組みも、会社が『良いチーム』になっていくための一つの契機として、すごく意味があったのではないでしょうか」(宮崎晃吉さん 建築家 株式会社HAGISO 代表取締役)
「素晴らしい文化や技術はあるのに、伝えるのが上手くない、という日本企業はとても多いと感じます。デザインの力を上手く使えば、そういった資産をきちんと見せることができる。自社で抱え込むのではなく、いろんな企業が元気になるように、デザインの力を役立ててもらえたらうれしいです」(八木彩さん アートディレクター/クリエイティブディレクター/アレンス株式会社 代表取締役)
審査会終了後の懇親会では、無事に発表を終えた安堵感もありながら、審査委員に直接アドバイスをもらう参加者たちの熱心な姿が。
三祐医科工業株式会社 小林祐太さんは「自分たちだけでは思い付かない視点の提案をデザイナーからしてもらえたのが良かった。これから本格的な販売に向けて動いていきたい」とコメント。一緒にチームで動いていたデザイナーの保田亮さんも「東京都中小企業振興公社のデザイン経営スクールでの学びを実践に活かしたいと思って、TBDAに挑戦した。想像以上に高い技術力を持った企業と出会えた」と話してくれました。
2024年度のTBDAでは、参加した各企業の高い意欲と技術に応えるかたちで、デザイナーも積極的に各社の特性を引き出し、ときには想像を超えるような発想のジャンプに挑んだようです。結果として、各チームとも具体性がありながら、当事者も思わずワクワクするような、質の高い提案が揃ったことが特徴でした。
これは、企業とデザイナーとで目指す方向をしっかりと見据えて、チームワークが緊密に行われてきたからこそ、といえるでしょう。それこそが、デザインを通じた新規事業開拓に求められる大切なことではないでしょうか。
過去一番のクオリティといわれた今年度。最終審査はこれでひと段落ですが、実現化へ向けてはここからがスタートです。どう発展していくのか、さらに来年以降のアワードはどう進化していくのか。今後の動向が楽しみです!
東京ビジネスデザインアワード公式Webサイト
https://design-award.metro.tokyo.lg.jp/award.html
執筆:今井夕華(いまい・ゆか)/ 編集者、バックヤードウォッチャー
1993年群馬県生まれ。多摩美術大学を卒業後、求人サイト「日本仕事百貨」を経てフリーランス編集者に。小さい頃から社会科見学が好きで、工場や企業、店舗の裏側など「バックヤード」を中心に取材している。