テーマ企業インタビュー:新田スプリング株式会社
2024年度東京ビジネスデザインアワード
「東京ビジネスデザインアワード」は、東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションです。
企業の持つ「技術」や「素材」をテーマとして発表、そのテーマに対するビジネスモデルを含めた新たな製品・用途開発・ブランディング案をデザイナーからの「提案」として募集しています。
2024年度はテーマ9件の発表をおこない、10月30日(水)23:59までデザイン提案を募集中。本年度テーマに選ばれた9社へのインタビューをおこない、技術や素材について、本アワードに期待することなどをお聞きしました。
鋼帯材の可能性をデザインで拡張する
鋼帯材とは帯状の鋼材のことで、材料の厚さが薄い場合、金属でありなが曲げたり折ったりすることが容易にでき、しなやかな特性をもつ。今回マテリアルに想定されている析出硬化系ステンレス鋼「SUS631」はステンレスの美しい質感と耐食性という特性を持ちながら、熱処理をすることで金属間化合物を析出させ強度を高めることができる材料。新田スプリングは1964年に創業した金属加工メーカー。昨年代表取締役社長に就任した小林亜愓氏を筆頭に、若い職人からベテランまで皆がアイデアを出し合いながらものづくりをする職場は活気にあふれている。
お話:代表取締役社長 小林亜愓氏
しなやかな特性を持った鋼帯材
ーー今回テーマにしていただいたのは「鋼帯(こうたい)材」ということで、先ほど工場で拝見させていただきました。コイル状に巻かれたものを使用する際に必要な長さに切り出してから加工するのでしょうか。
はい。帯状につながった薄く幅の狭い鋼材です。元々薄い金属の大きな板をスリッターという機械で使いやすい幅にカットしたものを仕入れて材料として使っています。幅はいくらでも変えることができるのですが、弊社で扱っている材料は主に製造に携わっている集塵機のサイズに合わせて17mmから25mmのものになります。他に直径3mm~6mm程度の鋼線という材料も使っています。
ーー鋼帯材とは普段どのようなところに使われることの多い材料なのでしょうか。
一般的には仕入れた鋼帯材をプレスで打ち抜いて、バネ性のある部品、いわゆる板バネとして装置や可動部品の一部に利用されます。他には、段ボールを紐でくくるように、鉄板を固定するために鋼帯材が使われることもあります。日用品ですとメジャー、ゼンマイ、ノコギリなどにも使用されています。
鋼帯材にもいろいろな材質がありますが、弊社では主に硬いステンレス材やSK材を扱っています。材料の形状が元に戻る程度の力を繰り返した際の材料の壊れにくさを“疲労強度”といいますが、アルミのような柔らかい材料は、そのような繰り返しの力をある程度加えるとポキっと折れてしまいます。一方で、鉄鋼材料はアルミに比べて疲労強度が高く、弊社が扱う鉄鋼材料はその中でも疲労強度に優れたものです。また、鉄鋼材料はアルミに比べてバネのように元に戻る力が強いという特徴もあります。
今回のアワードで使う析出(せきしゅつ)硬化系ステンレス「SUS631」は、化学薬品に対して錆びにくい材質でありながら硬さもある材料です。また、熱処理によって硬度を高めることができる折出硬化型の材料でもあります。この材料は熱を加えることを前提につくられており、熱処理前はプレスなどの加工がしやすく、熱をかけると硬化し色は茶色くなります。また、ステンレスでありながら磁性もあるのでマグネットと組み合わせることも可能です。こうした特性も今回のアワードでは活かせるのではないかと思っています。
ーーSUS631は流通量が少ないとお聞きしました。それはなぜですか?
使用量が少ないため、製造しているメーカーも限られていると考えられます。また、この材料は特殊で、一般的な用途ではその性能が過剰になることが多いのではないかと推測されます。
ーーまさにプロダクトや一点もののアートなどに使う材料としては合いそうですね。熱のかけ具合で色のコントロールはできますか?
できないことはないと思いますが、色味を自在にコントロールするのは難しいです。また、製造後の色味を安定させることも重要で、使いこなにはいくつか課題を解決しなければいけません。
ーー着色にもご対応いただけますか?
協力会社を通じて対応可能です。実は私の前職は鉄鋼会社で、鉄鋼の表面処理に関する研究開発の部署にいました。主にめっき関係が中心でしたので、ステンレスの表面処理に関してはあまり経験がありませんが、錆びや塗装に関しては知識もあり、知り合いもいますので、いろいろトライできると思います。
いかに製品として成立させることができるか?
ーー亜愓さんが新田スプリングに入社されたのはいつになりますか?
2023年に入社しました。弊社は私の祖父が1964年にバネ屋として創業した会社で、父、母、私で4代目になります。元はバネ屋として創業をした会社ですが、1960年~70年代に公害問題が深刻化した際に、集塵装置の金属部品加工にシフトしていったそうです。現在では鋼帯や鋼線といったバネ材料を扱う金属加工メーカーとして、フィルターメーカーからの受注が最も多く、工場排気ガス対策のための集塵機の粉塵除去に関するバグフィルターに取り付ける金属部品を多くつくっています。どういったものかといいますと、フィルターはエアーを吸ったり吐いたりするのですが、その際にフィルターが窄んでしまうと空気を効率的に吸えなくなってしまいます。それでフィルターの形状を保持するための金具を等間隔に取り付けるのですが、その金具には鋼帯(こうたい)材などが使用されています。集塵機の種類によって、必要とされる金具の形状が変わるため、鋼帯材以外にも線材や布を組み込んだもので部品を製造し提供しています。
ーー亜愓さんが入社されてから実験的なプロダクトの製作がスタートしたそうですが、その理由を教えてください。
自社製品の用途が集塵機用の金具という分野に偏っており、この分野では新しいことをはじめることが難しいと感じ、危機感を覚えました。昨年入社してすぐは現場を知ることから始めました。お世話になっている鋼材メーカーの商社、お客さまにお話を伺ったところ、弊社がメインで取り扱っているのは非常にニッチな分野であり、単価を上げにくいということが分かりました。また、製造工程が複数の企業をまたぐため、意思決定権を持つ最終依頼元に、数多くある部品の一つである部品の仕様変更を提案するのは現実的ではなく、新しいことをしにくい分野であると感じました。そのときに思ったのが、これまで通りの仕事だけをしていては未来を描くことが難しいということでした。
ーーそこでの課題はどのようなことでしょうか?
課題は、自社の設備や材料の特徴を他の分野でどのようにに活かせるかが、明確でないことです。工業用製品に関しては、新しい分野への参入も視野に入れてはいますが、規格試験などのハードルがあることもあり、小規模な企業にとってははそれが参入障壁になる可能性があります。PRをしつつも、すぐに実現するのは難しそうな状況です。そういった背景もあり、鋼帯材の価値を高める一つの方法として、デザインと組み合わせてみたいと思い、今回アワードに応募しました。
ーーここ半年で鋼帯材を使った多くの試作品を手がけられています。すべて御社の企画になるのですか?
はい。そうです。工場の職人たちも提案してくれました。例えば、折出硬化系ステンレスを使ったマグネットたてやフラワーベース、フォトスタンド、クリップ、ホルダーなどのプロダクトや、しなやかな特性を活かしたオブジェのような試作を行っています。
ーー2024年夏のギフトショーで発表されたのもこれらの試作になりますか?
はい。ブース出展と合わせ同時開催のアワードにも参加できたので、それに向けて試作したものになります。普段から手加工のプロセスも多く、少量生産を得意としており、一点ものにも柔軟に対応できるという強みを活かして制作しました。
ーー実際に試作をされてみて手応えはいかがでしたか?
オーダーには結びつきませんでしたが、反応は良かったです。鋼帯材を色々といじってみて、目新しいものが作れそうだという手応えは感じました。一方で、インテリアプロダクトが好きで普段からよく見ているのですが、金属だけだと、しっかりとしたデザインでないと、単なる部品に見えてしまうという物足りなさも感じました。製品としての完成度をいかに高めるか、それが実際に試作してみて分かった課題です。だからこそ、デザイナーや他業種の方々と組んでみたいと思いました。
ーーこれまでデザイナーや他業種の方と組んでものづくりをした経験はございますか?
あくまで試作段階ですが、印刷プロデュース業もしているアート系の印刷会社と組んで、四角ではなく円形で薄い金属の淵を持った額を一緒に製作しました。これに関しては先日のギフトショーというゴールもあり、進行も含めてスムーズにやることができ良い経験になりました。
ーー硬い金属でありながら薄い帯材なので軽量ですし、金属の無垢感もあって無駄のないデザインがカッコと思いました。
ありがとうございます。
これからのものづくりで、まだ見ぬ価値を。
ーー先ほどもお話がありましたが、御社が新しいことにチャレンジしていくモチベーションはどのようなところにあるのでしょうか。
これは会社というよりも私個人のモチベーションになりますが、考えていたアイデアを形にできるということに、ワクワクを感じています。
会社を辞めて家業を継いだ理由も、何か新しいことにフットワーク軽く チャレンジしたいという気持ちがあったからです。 子供のころから身近にあったこの素材にも、もっと他に面白い使い道があるのではないかと感じていました。だからこそ、これまでにない新しい価値をつくり出し、それを社会に提案したいという想いがあります。
ーーどのような人に届けたいと思っていますか?
そこがまだ明確でないことも今の課題です。想いがたくさんありすぎて、つくっているもののターゲットが絞りきれていないというか、あれもこれもと拡散しすぎている気がしていて……。
ーー何をしている会社であるのかをユーザーに伝えるためにも、ある段階で御社がやりたいことをしっかりフォーカスすることもとても大切だと思います。
はい。ターゲットを絞ることもそうですし、ブランドづくりも視野に入れつつ、しっかりブランディングしていく必要があると思っています。大量生産には向かない工場ではありますので、小ロット高単価の分野を狙っていきたいと考えています。
ーー鋼帯材をメインに使ってプロダクトをつくっている金属メーカーはあまりないのでしょうか。
一般用途向けでは、私が知る限りはありません。基本弊社のフィルターの留め具のように普段目にしないようなところで使われるか、一般向けの場合でもペンのクリップ部分などのように部品として使われることがほとんどだと思います。
ーー実際にさわらせていただいた感想は、金属なのに優しいということです。金属の材料でバネの作用を活かした構造がもたらす独特の形状は、さわっていて気持ちが良く、素材単体でみても可能性を秘めた材料だと思いました。
そうなんです。金属なのに紙のようでもあり、バネのような感じがついつい触りたくなるユニークな材料ですよね。
ーーこれはとても薄いものですが厚みにも種類があるのでしょうか。
弊社で扱っているのは0.3~0.6mmがメインになります。お見せした試作はすべて0.3mmでつくっています。厚みのある鋼帯材はマネークリップのようなものに使われています。厚くなればねじり加工は難しくなるので、新規性を出すなら薄いものの方が差別化しやすいかと思います。試作した中で個人的に一番気に入って使っているのは、紙の牛乳パックをキッチンのシンクで生ゴミ入れとして再利用する際の吸盤付きのクリップです。先の展示会では、牛乳パックをそのような用途で再利用しているのはうちだけだということが判明しましたが(笑)。牛乳は規格が決まっているので汎用性があるプロダクトだと思うんですけどね。
ーー鋼帯材に穴あけや印字の加工も御社で可能ですか?
はい。金型を使えば穴を開けたり角を落としたりすることもできます。例えば、ステンレスで磁石が付く特性を活かし、美術館などで買える名画のマグネットを机の上などに立てる雑貨のようなものもつくりました。これを画鋲で壁にも設置できるようにするために、穴を開けたりしています。印字は協業先のプリント会社でレーザープリントをお願いすることができます。
ーー直線以外で折り加工で形状をつくったり、曲げたりといった造作も含めた加工はいかがですか?
比較的汎用性のある工具を使うことで、曲げて折り目をつけて六角形の構造体をつくったり、折ったものをカシメたりすることはできます。幅は25mmが弊社で現在扱っている最大幅ですが、組み合わせることで構造体のようなものをつくることが可能です。日用品にも使えるように触れたときに怪我をしないような端部のバリ取りもしています。
ーーTBDAに採択されて事務局や審査委員の方との交流が始まっていると思いますが、参考になることなどございましたか?
はい。面談を担当していただいた建築家の宮崎晃吉さんや審査員長の山田遊さんには既にいろいろお聞きしています。また、他の選出企業様とも交流させていただき、刺激を受けています。普段会社にいると金属という業界でしか付き合いがありません。分野を横断して交流が広がるのは次のレベルへの事業展開を考えるときにとても力になるのではと確信しています。
ーー今回どのような提案を期待しますか?
ギフトショー出展というきっかけもあり、試作をたくさんつくり、鋼帯材の加工の可能性を色々と探りました。デザイナーの皆さんにはそれをどう調理していただけるのかも興味があります。市場の感覚を持った方と出会い、進むべき方向性について指南をしていただけると嬉しいです。まずは金属が好きな方と実際に材料に触れていただきながら一緒に考えていけたらと思います。最終的には今回出会うデザイナーさんとブランドを立ち上げ、またそういった活動が現在の本業の拡大につながるころまでいくのが理想です。
ーーあらためてこの素材の面白さと可能性を教えてください。
折り紙とまでは言えませんが、鋼帯材の曲げたりひねったりすることができる点です。弊社の加工では板や帯、線の材料と、布などの異素材との組み合わせも可能です。加工のしやすさや手触りなど、何かを始める際に敷居が低く扱える材料だと思います。何かに使えそうな素材であることは間違いがありません。そんな可能性を感じさせてくれるところが鋼帯材の面白さではあるのですが、その何かが私にはまだ思いつきません。
少し悔しいですが、「それ、思いつきましたか!」というご提案をいただけることを楽しみにしています。
インタビュー・写真:加藤孝司
テーマ名:高耐久鋼の帯材への曲げ・ねじり加工
テーマ企業:新田スプリング株式会社(足立区)
企業HP:https://shindenspring.com
各テーマの詳細はこちら:https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/#design_theme
2024年度東京ビジネスデザインアワード
デザイン提案募集期間 10月30日(水)23:59まで
応募資格:国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど、テーマに対してビジネスモデルを含めた新たな製品・用途開発・ブランディング案などを提案できる方
応募費用:無料
詳細は公式ウェブサイトをご覧ください https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/