テーマ企業インタビュー:有限会社アールコーポレーション
2024年度東京ビジネスデザインアワード
「東京ビジネスデザインアワード」は、東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションです。
企業の持つ「技術」や「素材」をテーマとして発表、そのテーマに対するビジネスモデルを含めた新たな製品・用途開発・ブランディング案をデザイナーからの「提案」として募集しています。
2024年度はテーマ9件の発表をおこない、10月30日(水)23:59までデザイン提案を募集中。本年度テーマに選ばれた9社へのインタビューをおこない、技術や素材について、本アワードに期待することなどをお聞きしました。
紙でもプラスチックでもない環境にも貢献する新素材
北区に拠点をおく印刷会社アールコーポレーション。近年新たに取り組むのが、石灰石を主原料につくる、紙、プラスチックに次ぐ第三の材料になる可能性を秘めた紙のようにもプラスチックのようにも使うことができるオリジナル商材HAQUR(ハクア)である。優れた耐久性をもち、環境負荷が少なく、自然に優しいこの材料の活用法の発見は、社会をより良い方向に導くことに直結している。
お話:CEO 舘正子氏、制作部 本田正幸氏、営業部長 田中知樹氏
水に強く破れにくい質感をもった紙のような素材
ーー御社はCEOの館さんが2004年創業されましたが、その経緯、事業内容の変遷から教えてください。
舘氏:1988年に中国から日本に来て日本の大学に入学し、卒業後に印刷機材や建材などを扱う商社に就職しました。7年その会社に勤めそこでの経験を活かし起業しました。当時は円高でしたので日本企業の依頼で中国で印刷の仕事をしていました。すでにペーパーレスが言われていた時代で、印刷は価格競争になっていました。そんな時お世話になっている印刷会社さんからデザインの力をつけたいというオファーがありました。私は子供を抱えて中古のPower Mac3台を持って中国にわたり、現地で20名ほどのデザイナーの育成を始めました。
ーーそれが何年前のことですか?
舘氏:約20年前になります。当時はまだ日本と中国の間に経済的な格差が大きくありましたので中国の給料が安かったんですね。Gmailもまだない時代で、中国から大きなデータを送るのにものすごく時間がかかったり苦労もありました。
ーー印刷からデザインだったのですね。
舘氏:そうです。長年商社で建材を扱う仕事に携わってきました。その時お世話になった方がお客様をたくさんご紹介くださり、不動産間取りチラシなどのお仕事をいただきなんとかやってこられました。中国でデザインし、日本の懇意にしていた印刷会社さんと二人三脚で印刷、印刷は熱いうちにという感じで折り込みまで24時間フル稼働で短納期の印刷の仕事をしていました。それがすべてのはじまりでした。
ですがある日、印刷会社さんの経営が悪化しそれを機に自分で印刷会社をすることになりました。
ーーデザインの会社から次は印刷会社を!
舘氏:そうです。紙もインクも資材は全て自分で輸入できますから、印刷にまつわる最初から最後まで自分でやることができました。そして最初は板橋、そして現在の場所に事務所を構えることができました。それが2011年のことになります。
ーーデザインの仕事の中心は今も中国でしょうか。
舘氏:はい、そうです。ですが不動産チラシの仕事はすごく減りました。それもあり新しいことへのチャレンジを模索していた2019年に中国の工場で、のちにHAQURとなるストーンペーパーと出合いました。
ーーどのようなところに惹かれたのでしょうか?
舘氏:初めてストーンペーパーを触った時に、長年印刷に携わり紙にも触れてきましたが、ストーンペーパーの紙でもプラスチックでもない、ものみたいな優しさがすごくいいなあと思ったんです。主原料が石灰石でサステナブルでもあり環境に対しても優位性があるところや製品にしたときに防水性能があり、破れにくく耐久性があるところにも惹かれました。
それですぐに社員を連れて中国の工場に視察に行き、原材料をコンテナで日本に仕入れたらすぐに世界的なパンデミックがおこりました。
ーーそのタイミングでしたか。今回テーマにしていただいた「紙のように使える高耐水性エコ素材 HAQUR」について教えてください。これはストーンペーパーをもとに開発をした御社のオリジナル製品という理解でよろしいでしょうか?
田中氏:はい。ストーンペーパーに類するもので、従来のものとは原材料の比率が異なるものになります。ストーンペーパーは台湾の会社が石灰成分をもとにつくったもので、私ども以前にも日本でも使われているものです。海外では木やプラの使用を減らせるということで、環境問題に対して優位性があることである程度の需要があります。一方日本では印刷屋さんに聞くと「昔流行ったよね」と大体の方がご存じなのですが、そこまで普及せず伸び悩んでいる素材です。
ーー原材料の配合にも特徴があるのでしょうか?
舘氏:はい。中国でこのストーンペーパーの存在を知り、私どもでは原材料のプラの配合量を減らし、石灰成分80%、ポリエチレン20%を基準につくりました。おそらく世の中で一番高い石灰石の配合だと思います。つくるものによって配合を変えることができて、名刺のような少し厚い紙には石灰石は70%でそれ以下は他社製品と差別化ができなくなりますし、環境への影響もありつくっていません。シートだけでなく、シートにするのと同じ原料を使い立体物をつくることもできる粒状のペレットにも加工ができます。ペレットの場合は石灰石の割合は形を維持することができるギリギリの60%です。オリジナルブランドHAQURとして石灰の成分を通常のストーンペーパーに比べて増やすことで環境負荷をさらに減らした製品づくりを目指しています。
配合を変えることで生まれる素材の個性
ーーHAQUR自体も御社のレシピをもとに中国で生産されているのでしょうか?配合を変えることで製品にした時にはどのような違いが生じるのでしょうか?
田中氏:中国で製造しています。配合を変えることでのHAQURならではの特性が生まれます。プラ成分が多くなると跳ね返りが強くなるのですが、石灰成分を多くすることで通常のストーンペーパーに比べて折り目をつけることができ、しかも糊付けすることもできます。これは既存のストーンペーパーをご存知の方には驚かれます。
ーーどの程度の防水性能がある素材なのでしょうか。
舘氏:紙と比べて防水性が非常に高いです。お風呂のような場所での使用や、ポスターにして湿気の高い場所に貼ることもできます。印刷後の耐久性も高くて、2019年から水中テストを継続中ですが、5年経っても発色はほぼ変わりません。
ーー極めて高い耐水性に驚きます。これはすごいです。
舘氏:はい。製品にしたときの特徴もですが、石灰由来の炭酸カルシウムの割合を増やしなるべくプラスチック成分の少ない製品をつくることで環境負荷軽減に貢献できる製品づくりを目指しています。
本田氏:HAQURは世界規模での埋蔵量が豊富な石灰石を精製してつくる炭酸カルシウムを原料にしています。紙とHAQURの環境負荷を比較すると、紙をつくるためには木材からつくられる大量のチップが必要ですが、HAQURはパルプを一切使用しません。ですので木々を伐採する必要がなく、地球温暖化の要因のひとつとされる森林減少問題の軽減にもつながります。
それと紙をつくるときには大量の水を消費し、漂白過程では薬剤も必要で、汚染された水を処理するためのさまざまな環境負荷が生じます。HAQURとなる原料は石灰石を細かく粉砕し化合物と混ぜて液状の材料をつくります。その過程でほとんど水を使用せずつくることができるので水質汚染もなく、製造工程におけるSDG’sとしての優位性もあります。
舘氏:ですので、シートの場合ですと紙と比べて製造工程での環境負荷が少なく、プラと比べて省プラスチックで立体物をつくることもできます。使い終わったHAQURは可燃ゴミとして処分できます。リサイクルには良いこともあるのですがその過程ではエネルギー消費も高く、HAQURはここでも環境負荷を軽減することが可能です。燃やした際に残る石灰粉はCO2を吸着するという実証実験もあります。
それらを踏まえ、白亜紀と炭酸カルシウムを意味する白亜、水資源を保護し水に強い素材=アクア、そこに社名のRを加えてHAQURと名付けました。
舘氏:HAQURに取り組み始めたパンデミックのあいだはいろいろなことが予定通り進みませんでしたが、原材料の成分の配合の見直しや試作を繰り返し製品をつくり今に至ります。
ーーどのようなものをつくっていたのでしょうか。
舘氏:製品としては耐久性があり質感も良いという特徴を活かした包装紙がメインで、防水性能があるストーンペーパーの特性を活かしたノートや、コンパクトに折り畳めるマスクケース、封筒、ポケット付きフォルダ、冊子、カタログ、手提げ袋、名刺もつくりました。ストーンペーパーがもつ防水性能を活かしたノート「おふろノート」は2020年の日本文具大賞の機能部門・優秀賞をいただきました。
本田氏:ペレット状に加工したHAQURはプラスチック由来の樹脂と同じように、射出成形や真空成形、3Dプリンターのフィラメントとしての活用ができ、まだ量産化はできませんがトレイやケースのようなプラスチックの代替品の製造も可能です。HAQURに切り替えればプラスチックの成分の割合を減らすことができます。海洋生物の生態系への悪影響を及ぼす海洋プラスチック問題に対しても寄与することができる材料です。この試みは環境省のプラスチックスマートの取り組み事例として紹介されています。
舘氏:ただ弊社はプラスチック業界ではありませんので、どうやって参入していけばいいのかがわかりません。ものづくりにおいても印刷屋の考え方から抜け出せないので、思いつくのは包装紙、ノートのような目新しさのないものばかりです。せっかく世の中にとって良いものになるはずの素材を扱っているのにどうすればいいのかわからないと悩んでいる時に、弊社の本田からTBDAの話を聞きました。新しい道が開けるのではないかとものすごく期待しています。
ーーそのようなプラスチックの代替製品の試作や、おふろノートも包装紙のような一般に販売している製品は、現在は社内のデザイナーさんが考えているのでしょうか?
舘氏:はい。今は99%社内でデザインをしています。
本田氏: HAQURは原材料の配合次第でペーパーだけではなく立体作品もつくることができます。私はこの中で一番最近入社したのですが、入社した時点で、田中を筆頭に社内でほとんどのものがすでに試作されているのには驚きました。ですが客観的にみて、ヒット商品に繋げる何かが足りないと思っていました。TBDAを知ったのはそんなタイミングでした。千葉印刷さんの「さかなかるた」がきっかけでしたが、アイデア自体が新鮮で、カルタ自体はどの印刷会社でもできるけどメタリックの印刷で魚らしさを表現してと、微妙なパーツを積み上げる人が弊社には必要だと思いました。
印刷という専門分野に特化していることももちろん貴重ですが、さらに広い視点で世の中を見て、今はできないけれどもう少し頑張ればできることを、やろう!と背中を押してくれる存在というか。それをTBDAで実現することができたらと思いました。
印刷に新しい風をもたらす
ーー課題はどのようなところにありますか?
本田氏:シートにしたときに紙よりも印刷のロスがあると認識しています。検品含め弊社で請け負うことができれば安心して出荷ができますが、他社で印刷してロスが出た際には粘り強く対応させていただければと思っています。それと厚くなるとカールしてしまうこともあり、それを活かしたデザインができればと思っています。
脱プラ、減プラに有効な素材ではあるのですが、通常の紙やプラスチックと比べてコスト高になり、製品にするとどうしても価格が上がってしまいます。HAQURを使えば値段を上げることができるという、具体的な付加価値が見出せない限り、製品コストをそこまでかけられないという企業も多く、そこも普及のネックになっています。これまで弊社では、HAQURがもつ防水性と紙にしたときの裏うつりのなさ、紙の上をゆく上質な質感を打ち出した製品開発をおこなってきました。それと原材料のペレットの特性を活かして、立体物にも可能性を見出し、先ほど申しましたように、コストを抑えた真空成形で食品トレイ、3Dプリンターで花器のようなものなど、さまざまな試作をおこなってきました。ですが先ほど申し上げました通り、企画力不足で製品として決定打に欠けるものしかつくれずにいる現状が歯痒いところです。
ーーペレットを使った成形品の耐熱性を教えてください。
舘氏:耐熱は上は120℃〜130℃まで、下は冷蔵庫や冷凍庫での利用も可能です。アメリカの食品医療薬品局認証のFDA、中国の低炭素製品マークや省エネ認証、環境ラベル認証等を取得しています。
ーーシートになったときの厚みを教えてください。
舘氏:一番薄いもので40ミクロン、一番厚いもので450ミクロンになります。
ーーサイズ感としてインクジェット用バナー紙のご用意はございますか?というのもHAQURの防水性能、白さ、伸び、破れにくさを持ってしたら屋外ポスターに最強だと思いました。
舘氏:水性塗工がこの春完成して最近アップデートをしてロールのインクジェット用バナー紙「HAQUR +」(ハクアプラス)を開発したばかりです。同等品と比べても半額ほどで販売できるものをつくることができました。弊社でもロールで印刷できる機械を導入したばかりです。
ーーそれはすごいですね。今回のアワードではどのようなデザイナー、プランナーなどとの出会いを期待しますか?
田中氏:私たちが考えつかなかった提案やアイデアをいただけたらすごく嬉しいです。
舘氏:印刷会社はどこも今、一生懸命頑張っています。印刷に新しい風をもたらしてくれるような、ひらめきと新鮮な発想を持った方との出会いを期待します。或いは、ペーパーレス化による不況な印刷業から “業種転換” のきっかけになれたらうれしいです。
本田氏:実用性があり、素材ならではの特性を生かした上で、しかもヒットするようなものづくりをするのが理想ではあるのですが、クスッと笑ってしまうような少し可笑しなものがひとつあってもいいなあと思っています。そのようなものがHAQURの知名度を上げ、ブレイクスルーのきっかけになるのではと思っています。私たちはこれまでもそうだったように、あったらいいなと思ったらHAQURと印刷物に関しては実際に手を動かしてつくってしまえる会社です。それは私たちの強みでもあるのですが、つくって終わりでその先に行くビジョンが不足しています。それを持っているような方からアイデアをいただけたら嬉しいです。
舘氏:私たちの会社の企業理念は「付加価値をつくる会社」です。価格以上、そのものがもつ可能性以上のものをデザイナーさんと一緒につくっていけたら嬉しいです。
インタビュー・写真:加藤孝司
テーマ名:紙のように使える高耐水性エコ素材
テーマ企業:有限会社アールコーポレーション(北区)
各テーマの詳細はこちら:https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/#design_theme
2024年度東京ビジネスデザインアワード
デザイン提案募集期間 10月30日(水)23:59まで
応募資格:国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど、テーマに対してビジネスモデルを含めた新たな製品・用途開発・ブランディング案などを提案できる方
応募費用:無料
詳細は公式ウェブサイトをご覧ください https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/