テーマ企業インタビュー:有限会社長沢ベルト工業
2024年度東京ビジネスデザインアワード
「東京ビジネスデザインアワード」は、東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションです。
企業の持つ「技術」や「素材」をテーマとして発表、そのテーマに対するビジネスモデルを含めた新たな製品・用途開発・ブランディング案をデザイナーからの「提案」として募集しています。
2024年度はテーマ9件の発表をおこない、10月30日(水)23:59までデザイン提案を募集中。本年度テーマに選ばれた9社へのインタビューをおこない、技術や素材について、本アワードに期待することなどをお聞きしました。
長年培ってきた技でつくる伸びる本革ベルト
スーツにもカジュアルにも使える手仕事による本革のベルトを一筋に長年つくり続けている長沢ベルト工業。その製作の現場は素材と道具に囲まれたアットホームな、家内制手工業に近いどこか懐かしい昔ながらの町工場である。素材は国内外の選りすぐりのレザーを用い、有名アパレルメーカーからの信頼も厚い。ベルト自体の需要が落ち込むなか開発したのが、継ぎ目のない本革を使いながらも伸びる本革ベルト。本物の質感と長く使える本革のベルトにこだわり技術を磨いてきた長沢ベルト工業代表の長澤氏と革職人の押尾氏にものづくりへの思いを聞いた。
お話:代表 長澤猛臣氏、チーフ職人 押尾泰廣氏
本革ベルト一筋にこだわる理由
ーー御社の歴史と創業の経緯、お仕事内容、長澤さんの経歴を教えてください。
長澤氏:1967年に服飾のベルト工場として父が創業した会社になります。父は若くしてベルト工場で技術を磨いた人で、自分の会社をつくってからは高度経済成長時代に本革の紳士ベルトを中心に手仕事にこだわり大量生産のベルトを長年手がけてきました。80年代前後のDCブランドブームの時代には下請けから提案型にシフトを試みるために営業部門を作り、問屋さんへの卸もやりつつアパレルブランドと直接取引をするようになりました。私は学校卒業後、アパレル会社に就職して生産管理の仕事を5年ほど、その後イタリアで革小物の職人として修行をして帰国してからは再びアパレルメーカーにつとめ、2008年に家業を継ぐために長沢ベルトに入社しました。
ーー華やかなファッションの業界からベルトの世界に入った当初はどのように思われましたか?
長澤氏:父のベルトづくりを身近に見て育ち、子供の頃からいつかは家業を継ぐもんだと思っていました。デニムブームの時代で国内外のデニムブランドが人気があってベルトの需要も結構ありました。ですのでアパレルを辞めてもこれまでの繋がりを活かしてなんとかやっていけると安易に思っていました。それからだんだんとベルトの需要が減り、今となってはベルトレスのパンツも増えました。それでもOEMでなんとか食い繋いできましたが、それもなくなってきて厳しくなってきたというのが近年の実情になります。
ーー厳しい時代にベルト業界に戻ってきたのですね。
長澤氏:そうです。縫製工場は海外に出ていきますし、ベルト工場なんて知名度もありませんしまわりがみんな辞めていくんですね。これはちょっとまずいなという雰囲気がありました。そんな中うちの父親のつくり方は、あくまで機械化せずに手作業でベルトをつくるやり方です。
ーーそれでも本革の紳士ベルト一筋をつらぬき通してきた理由は?
長澤氏:どんどんものが売れなくなっていく時代に、安価なもので大量生産しても海外に敵いませんし、みんなに知られていないことは逆に強みなるとある人に言われたこともあって、手仕事でつくるベルトにフォーカスしたら面白いものができるのではと思いました。
ーー手仕事というところに活路を見出そうとされたのでしょうか。
長澤氏:はい。それでもまわりは、ベルト以外の製品もつくったら?とか、ブランディングだ、コンサルだというわけです。でも正直長年本革のベルトを手作業でつくってきて、急にそれ以外のものをつくるのは簡単なことではありません。
ーー設備なども変える必要があるということですか?
長澤氏:そうです。いろいろと言われる中で、ある時ふと50年以上の歴史があるんだから、とことんベルトを貫く工場の方がかっこいいと気づいたんです。逆転の発想で気持ちが楽になり、自分自身がすごく楽しくなってきて。
ーーそれがいつのことですか?
長澤氏:2019年になってからです。コロナの少し前でしたが、当時は本当に経営がどん底で、それでさらに世界的なパンデミックが追い打ちをかけて…。そうして本革ベルトで伸びる製品ができないものかと考えたわけです。
ーーなぜ本革で伸びるベルトだったのでしょうか?
長澤氏:ベルトって穴でサイズ調節が簡単にできる反面、一度ピンを外して穴を付け替えないとサイズ調節ができないんですね。だから帯自体が伸びれば使いやすいという点がひとつ。伸びる本革のベルトはメッシュベルトタイプではあったのですがカジュアルなものでスーツなどには向きません。フォーマルにもカジュアルにも使える本革で伸びるベルトがつくれれば需要があると思ったんです。
ーーそれまで伸びる本革のベルトはなかったのでしょうか?
長澤氏:ギャザーを寄せてゴムに本革を包み込むようなベルトはありましたがそれだとスーツに合わせるには見た目が良くないし、金具のところにバネを入れて伸びるというベルトもあリました。最初は金具で伸びる機構を考えてそれでいこうと思ったのですが、金具屋さんが乗り気でないし(笑)、金型をつくるのに最低数十万はかかるしで、これはダメだと。それでウチの手仕事を活かして帯自体を伸ばそうとそれで開発したのがこのベルトになります。試作をして本革の伸縮ベルトができたのがその年のことです。でもつくってはみたものの見た目は普通の本革のベルトだし、ゴムよりも伸びない。中途半端な感じは否めませんでした。百貨店のバイヤーさんに見せても反応はなく、それでクラウドファンディングに挑戦したらキュレーターの方がものすごく面白がってくれて、150本ほどの支援をいただきました。そこから製品化したんです。
ーーおっしゃる通り見た目は普通に品の良い本革のベルトですが、どのくらい伸びるのですか?
長澤氏:テンションをかけるとじわーっと約5cm、ベルトの穴で二つ分ほど伸びる仕組みです。
ーー結構伸びますね。伸びる仕組みはどのようなものですか?革は普通の本革ベルトに使用するものとの違いはあるのでしょうか?
長澤氏:伸びる本革ベルトをつくろう!と思ってレザーでゴムの芯材をくるむ方法を思いつきました。それで帯屋さんの加工の見本帳でバレーシューズに使われていた袋織ゴムという、強度も復元性も伸び具合もすごくいい材料を見つけたのですが、もう工場が廃業してつくってないと言われてしまって…。それでもなんとか既存の工場に試作をお願いしたらできたんです。再現してできたゴムを伸びるベルトの芯材に使用しています。革も伸びるものと伸びないものがあったり、薄い柔らかい革もあるのですがそれだとどうしてもチープに見えてしまって。上質でソフトだけどコシのある、ベルト栄えする染料染めのオイルドレザーを選んで使用しています。
押尾氏:革の選定には時間をかけています。
真摯な思いでつくったものこそが人の心に伝わる
ーー本革ベルトで伸びるというギミックも面白いですし、思い立ったら何があっても実現させるという長澤さんの意思も素晴らしいです。今日も着用されていますが、どんなときに便利だと思いますか?
長澤氏:食後であったり、結構動くようなときにお腹まわりにフィットしていて楽だなあと感じます。食後とかにお腹が苦しいときってあるじゃないですか。そんなとき恥ずかしそうにベルトの穴ひとつ分くらいずらしたりするけど、このベルトだとそれをする必要がなく、しかも見た目は普通の本革のベルトです。2個分伸びればおなかも楽だしピンをずらす必要もなく結構快適なんです。
ーー伸縮する本革ベルトができましたが、見た目の部分でそれ以外と見分けがつかないというお話が先ほどありましたが、デザイン上でのこだわりはどんなところですか?
長澤氏:デザイン面ではやりすぎると品がないものになってしまいますし、あくまでスーツにも使える伸縮可能な本革ベルトを目指していました。僕らのポリシーはごちゃごちゃ付けずに縁の下の力持ちでそれ自体は至ってシンプルにという考え方でした。体の中心で支えていて、ちらっとみたときになんかオシャレだと言ってもらえて、出かけるときについつけたくなってしまうもの。しかも上質な革にこだわって、お客様にはやっぱり革っていいよねと思ってもらえるものをつくるのが大前提でした。
ーー伸縮ベルトは現在では御社の主力商品に育っているのですか?
長澤氏:そうなりつつあります。弊社の中心はOEMというかODM、デザインからお膳立てをしてアパレルメーカーさんのオリジナルベルトをつくるのがメインの仕事になっています。伸縮するベルトも含めて売上の4割くらいは自社のベルトになってきています。
ーー職人の押尾さんにもお話を伺いたいのですが、ものづくりの楽しさはどんなところにあると思われますか?
押尾氏:私は入社して14年目になります。最初は先代の技を見ながら自分の技術を磨くのに精一杯でした。弊社のものづくりについては先ほど代表から話がありましたが、長年手作業で大量生産のベルトをつくってきた会社です。同じ革の業界でも技術の革新は続いていて、例えば裁断するのも縫うのもコンピューターに数字を入力すればレーザーがカットしてくれたり縫ってくれる機械がある、ということは知識として耳に入ってきます。そんな時代に新しいものはあえて取り入れず、ただただ同じことを繰り返しているだけのつくり方に、最初は時代に取り残されているような気持ちがあって少し疑問に思っていた時期もありました。
押尾氏:何年も同じことの繰り返しの日々でしたが、ある時、ふと技術が身についていることに気づく瞬間がありました。革の良し悪しを自分の目でわかるようになっていたり、つくる上でも完成をイメージしながらひとつ一つの工程の微調整が自然に身についていることを実感したり。
確かに機械製造に比べると効率は良くないかもしれませんがこの仕事には手先の感覚がものをいうと気づきました。自社ベルトの販売会などでお客様からの声を聞く機会があります。そこで感じるのは、技術を身につけた上でものづくりをしていると、製品の良さだけでなく、職人として私がベルトに込めた思いも理解してくださる方がいるということです。心を込めて真剣にものをつくっていると、目に見えない思いも人に伝わっていくんだと気付かされ、職人でいることの喜びを感じました。
体を中心から支えるベルトという道具
ーー繰り返し毎日行っていることが独自の技となり作為のない素直なものづくりにつながっていく。それだけに御社の製品のシンプルさは作為がないともいえるわけで、それは民藝の考え方に通じ工芸であるとも思いました。伸びる本革ベルトも天然由来の素材で手仕事でつくるということでまさに新しい工芸だとも思うのですが、今回のアワードでこの技術をテーマに選んでいただいた理由を教えてください。
長澤氏:地味な仕事ですので社内の意欲活性化がひとつ。デザイナーさんには私たちの技術を見ていただき何ができるかを考えていただき、ものづくりのプロセスを一緒に築けていけたら可能性が広がるのではと期待しています。
ーー御社の技術は地元葛飾の優れた製品と技術を認定する「葛飾ブランド」に選ばれていたり、コロナ禍には区内の成人式で成人全員に御社の本革ベルトをプレゼントしたと聞きました。一見日々の経営とはつながりがなさそうなことにも積極的にチャレンジする思いを教えてください。
長澤氏:同じ区内にある富士産業さんから「葛飾ブランド」があるとお聞きした時は半信半疑でした。ですが葛飾ブランドに選んでいただいたおかげで、区の行政の方や、区内の異業種の同じ志を持った2代目、3代目の方たちと密にコミュニケーションがとれるようになりました。そんなタイミングで時代はコロナ禍になりました。そこで真っ先に思い浮かんだのが若い人たちのことでした。一番活発に動きたいときに行動が制限されて未来への希望も見えにくくなった。そんな時に地元の町工場がつくったベルトを贈り、就職活動の一張羅のスーツを体の芯から支えて応援したいと思いました。葛飾区内の仲間やクラウドファンディングで協力してもらったり、借入金を使い切って4800本近いベルトを成人たちに贈ることができました。頼まれてもいないのにQRコードでみられるエールの動画も作成しました(笑)。
押尾氏:経営的にはいよいよ危機的な状況での出来事で従業員全員が最後の仕事という思いで取り組みました。ですがそんな状況で成人全員に本革ベルトのプレゼントを小さな町工場がすることで、ものづくりにおける弊社の底力が発揮できました。それがきっかけで長沢ベルトを知っていただいたりお声がけをいただくこともあって今につながっているように思います。
長澤:中途半端が一番ダメで、結果的にやり切れたから良かった。親御さんや本人から救われましたというメッセージをいただきましたが、それが嬉しかったです。お金は最低限でいいんです。アンパンマンのような気分になりました(笑)
ーー凄すぎです。本革でのものづくりと聞くと、他のアパレル商材や雑貨などもいろいろな製品もイメージされますが、アワードでの提案もあくまでベルト限定ということでしょうか?
長澤氏:弊社で扱うものがベルトという平面のものですので、カバンやジャンパーなど立体を加工する設備が揃っていません。ゴムの芯材をつくって伸びるベルトを商品化しましたので、デザイナーさんにはまずはその技術を踏まえて発想していただければという希望はあります。うちの特徴として長いものをつくるのは得意ですので、伸びるという特徴を生かしていただければものはベルトでなくても構いません。
ーー伸びるベルトの技術を応用して御社でベルト以外での展開を考えたことはありますか?
長澤氏:全くの試作ですが、座面に伸びるベルトの帯をメッシュ状に編んだ椅子をつくりました。そうしたらハンモックもできちゃうんじゃないかと思っていたりしています。帯にカットする前の大きな状態での革も通常の弊社のラインとは異なりますが使用可能です。それと革のものづくりは廃材が多く出ます。現状当たり前に捨てていたり、ワークショップで活用したりする程度で活用方法を模索しています。伸びる+革の廃材の方向性でも何かご検討いただけるとサステナブルなもの作りにも貢献できるのかなと思っています。
ーー廃材の活用にも課題をお持ちなんですね。これまでのTBDAの商品化でも、取材段階では思いもしなかった、あの素材や技術がこんなにも豊かな製品や取り組みに繋がるんだと驚くことが多いので、よい出会いがあれば可能性が広がるのかなと思います。
長澤氏:廃材を活かして何かをしたいという思いはずっと持っています。うちの技術を存分に活かした何か新しいもの。カバンや財布などをつくって欲しいとはよく言われるのですが、カードケースやノートPCケースのような平たいものしかつくれません。ですがそれも想定内で、実は自分たちはできないと思い込んでいるだけで、できることもあるかもしれません。現在ある素材と技術でこんなこともできちゃうんだという、私たちの発想を飛び越えたことをご一緒したいですね。
ーー限界突破をするようなものですね(笑)
長澤氏:そうです。ですので弊社の技術を存分に使ったアート作品のようなものでも今回はいいと思っていて、そういうものができたらそこから派生して既製品もできるのではないかと思っているんです。アート作品を量産するとなるとまた別の話かもしれませんが、弊社の歴史となるものをつくりたいと思っています。
押尾氏:つくり手としては誰かに届いたときに温かみを感じていただけるようなものをつくりたいです。ですが今代表の言葉にあったように、職人としては経験したからこそ次につなげられることって絶対にあるはずで、これまでやったことのないことにも楽しみながらチャレンジしたいです。
長澤氏:デザイナーさんと出会いその方のお人柄や考え方に共感できたら、私たちの気持ちとしては、商売的に無理と拒否することはしたくありません。デザイナーさんの思いを阻害したくないですし、できるだけチャレンジして具現化してやろう!という気持ちでお待ちしていますのでどうぞよろしくお願いいたします。
インタビュー・写真:加藤孝司
テーマ名:ベルトに用いられる伸縮できる本革の加工技術
テーマ企業:有限会社長沢ベルト工業(葛飾区)
企業HP:
各テーマの詳細はこちら:https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/#design_theme
2024年度東京ビジネスデザインアワード
デザイン提案募集期間 10月30日(水)23:59まで
応募資格:国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど、テーマに対してビジネスモデルを含めた新たな製品・用途開発・ブランディング案を提案できる方
応募費用:無料
詳細は公式ウェブサイトをご覧ください https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/