東京ビジネスデザインアワード 提案最終審査会レポート
2024年2月8日(木)2023年度提案最終審査会
東京都の中小企業とデザイナーのマッチングを目指す、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティション「東京ビジネスデザインアワード(以下TBDA)」。2024年2月8日に、東京ミッドタウンで2023年度の提案最終審査が行われました。この記事では、審査会の様子をレポートします。
「ものづくりの未来を変える出会い」を創造する
2012年からはじまり、12回目の開催となった今年度。東京都内の中小企業活性化策として東京都が主催し、公益財団法人日本デザイン振興会が企画・運営を行っています。
製造加工技術や素材のノウハウがある中小企業と、課題解決力や提案力があるデザイナー。それらをマッチングさせ、「ものづくりの未来を変える出会い」を創造するのがTBDAです。
1年に1度開催され、実際に商品化されるアイテムも多数。コンペとしての実績と信頼を積み重ねてきました。アイデアの実現に向けては、知的財産やデザイン契約、広報戦略、販路開拓にいたるまで、コンペの期間を終えても各分野の専門家が伴走してくれることも大きな特徴のひとつ。商品化や実現化したあかつきには、Webや展示会での紹介、グッドデザイン賞の一次審査免除など、嬉しい特典も用意されています。
2023年4月からのテーマ募集を皮切りに、デザイン提案、一次審査、二次審査を経てテーマ賞を発表。今年度は11組がテーマ賞として選出され、2024年2月8日に最終審査の日を迎えることになりました。
最優秀賞は「時を自在にデザインする真鍮ブランドの提案」
最優秀賞を受賞したのは、アートディレクター / プランナーの榎本清孝さん、デザイナーの村上麻衣子さんと、株式会社富士産業によるチーム。真鍮をアンティークのような色艶にエイジングさせる「硫化燻し加工」という技術を使ったブランドの提案です。
提案者:榎本清孝(アートディレクター / プランナー)、村上麻衣子(デザイナー)【株式会社トムテ】
企業テーマ:職人技で古美色を再現する「硫化燻し加工技術」
企業名:株式会社富士産業(葛飾区)
提案内容:企業の高い技術力とデザインの力で、真鍮に新たな価値を与え事業拡大していくブランドプロジェクトの提案。
株式会社富士産業は、葛飾区にある金属加工会社。代表取締役社長である杉本秀樹さんは、26年前に後継募集の広告を見て「『社長』になりたい」と他業種から転職。3年前に社長を引き継いだというユニークな経歴の持ち主です。真鍮の魅力と可能性をもっと伝えたいという思いから、TBDAへの挑戦を決めました。
「12月にマッチングしてから、デザイナーのお二人とは毎週お会いするほど打ち合わせをしてきました。精度を上げるため、お互い妥協を許さない熱い思いがあったからこそ、こだわりのプロダクトになったと感じています」(杉本秀樹さん)
アートディレクター / プランナーの榎本清孝さんは、富士産業がこれまでに寺社仏閣の補修にも対応してきた高い技術力を活かしたいと感じていたそう。「エイジング加工の魅力を伝えきれていないことや、下請けから脱却できないことに悩んでいると伺って、『時を自在にデザインする真鍮ブランド』の提案に辿り着きました。マスキングをしながら硫化燻加工を施すことで、エイジングと非エイジングの箇所ができ、経年変化の違いが楽しめるというアイテム展開になっています」(榎本清孝さん)
硫化燻加工によって、真鍮素材を長年使い込んだような風合いに変化させられることから、時計や花器、さらにはセミオーダーの記念品などへの展開を検討。
「エイジングを『これまで培ってきた歴史』と捉え、0年を『未来へのスタートライン』としました。節目を大切にするコンセプトとして、たとえば企業や自治体の周年記念アイテムや、ブライダルギフト、さらには公共施設の壁面装飾など、幅広い提案を考えています」(榎本清孝さん)
このプロジェクトについて審査会では、デザイン性の高さと今後への期待感、そして企業とデザイナーの足並み揃った熱意が評価されていました。
優秀賞 一組目は「自然に優しいゴムと廃棄材を融合させたプロダクトブランドの構築」
優秀賞を受賞した一組目は、デザイナーの土井智喜さんと、株式会社江北ゴム製作所によるチーム。自然に優しいゴムと廃棄材を融合させたプロダクトブランドの構築を提案しました。
提案者:土井智喜(デザイナー)【soell株式会社】
企業テーマ:独自のゴム配合設計と幅広い加工技術
企業名:株式会社江北ゴム製作所(足立区)
提案内容:既に社内で開発していた素材に対し、より世界観を広げるにはどうするか、具体的にどういった用途が考えられるかを提案。天然ゴムと廃棄素材を組み合わせることは自然に優しいということだけでなく、ゴムをより親しみやすい存在にするための操作と再定義した。
株式会社江北ゴム製作所は、独自の素材配合技術が特徴の会社。抗菌・抗ウイルスゴムや、自然に優しい生分解性ゴムの開発を行っていて、自社で金型をつくることも可能です。社長の菅原健太さんは、技術力はあっても、それをどう活かしていけば良いのか分からなかったといいます。
「コロナ禍をきっかけに、従来のような受け身の体制では先細っていくと感じました。これからは自社の発信力を高めていかないといけない。ゴムとデザインの融合、素材としての無限の可能性を信じて、TBDAに参加しました」(株式会社江北ゴム製作所 菅原健太さん)
デザインを担当したのは、土井智喜さん。すでにあった自然由来の素材を使う技術を活かし、ゴム製の植木鉢カバーをプレゼンしました。使っているのはみかんの皮やコーヒーのカスなど、日常的に馴染みのある自然由来の廃棄素材です。
「自然由来の素材を使うと、通常のゴムにはない色や香りを持たせることが出来るんです。倒しても土がこぼれにくく、地面や床が傷まず、自然素材なので生分解性も高い。小さな子どもやペットがいる家庭でも、安心して植物を楽しんでもらえるのではないかと考えています」(土井智喜さん)
ほうじ茶を使った素材は香りが特に良く、審査委員からも好評。ゴム素材特有の匂いが無くなれば、活用される場所もどんどん増えていくのではと高い期待感が評価につながりました。
優秀賞 二組目は「ワイヤーカット放電加工を活かしたアクセサリーブランドの提案」
優秀賞を受賞した二組目は、デザイナーの千頭龍馬さんと梅村隼多さん、そして有限会社オクギ製作所によるチーム。「ワイヤーカット放電加工」を活かしたアクセサリーブランドの提案です。
提案者:千頭龍馬(デザイナー)、梅村隼多(デザイナー)
企業テーマ:ワイヤーカット放電加工による微細・精密金属加工技術
企業名:有限会社オクギ製作所(東久留米市)
提案内容:長年企業が顧客の依頼に応えていく中で培った高度なワイヤーカット放電加工技術と知見。それらを駆使した製品開発を行うことで、BtoC領域への進出だけではなく、自社の技術力をアピールするためのプロモーションツールへの活用、更なる技術開発のきっかけになることを目指したアクセサリーブランドの提案。
有限会社オクギ製作所は、極細のワイヤーを糸ノコのように使い切っていく「ワイヤーカット放電加工」という技術で、精密な金属部品の加工を行う会社。0.001mm単位で細かく調整ができ、金属であれば素材は問わず、どんなものでも加工出来るといいます。
「今は加工機を有人で動かしているため、平日の夜間や週末、閑散期には機械が止まっている状況です。そんなときに極力自社で完結できるプロダクトが欲しいと考えて、TBDAに応募。デザイナーさんたちからの積極的な提案もあり、現場のメンバーも『こんなものが出来るんだ』と大変刺激をもらいました。出会いに感謝しながら、引き続き開発をしていきたいです」(有限会社オクギ製作所 和氣直道さん)
ワイヤーカット放電加工という技術のアピールを第一に考えたと話すのは、デザイナーの千頭龍馬さん。
「高い寸法精度に着目して、従来の指輪の製造方法ではできなかった3種類の形状や使い方を考えました。アクセサリーに使う金属は、工場から出る端材から切り出すことができるので、資材の調達も融通が効きます」(千頭龍馬さん)
審査会では、異なるパーツがピタッと嵌まる指輪の、プロダクトとしてのクオリティの高さ、さらには「今回マッチングしなかったら絶対に生まれなかっただろうな」というTBDAならではの化学変化も評価されていました。
ビジネスデザインでは、ステークホルダー全員が共創する仲間だという認識をもって欲しい
講評では、審査委員長の山田遊さん(バイヤー 株式会社メソッド 代表取締役)は、
「本来、ビジネスデザイン、そしてデザイン経営とは、企業の経営者とデザイナーの双方が、お互いの立場や考えを理解して、ともに事業を起こすものです。ですから、ステークホルダー全員、BtoBやBtoCといった業態を問わず、顧客を含めたサービス、プロダクト全体をともにつくり、共創する仲間であるという認識が必要になってきます。この最終審査会は、ゴールではなくスタートです。審査委員はここから一年間ともに伴走するので、一緒にプロジェクトをつくり上げる仲間と考えて、なんでも相談してもらいたいです」とコメント。
ほかの審査委員も、
「デザインとは何かを改めて考えた際、私は『気付くこと、そしてそれを実行すること』だと思う。企業と協業をされたデザイナーの皆さんはそれぞれいろんなことに気付かれたと思う」(秋山かおりさん プロダクトデザイナー STUDIO BYCOLOR)、
「デザイナーさんと企業の方が和気あいあいとしていて『良い結合』が起きていたんだろうなと感じた」(谷口靖太郎さん デザインエンジニア/ディレクター Takram)、
「実現化していくためには、人間と人間のコミュニケーションを大切にしてもらいたい」(日髙一樹さん 特定訴訟代理人・弁理士/デザインストラテジスト 日高国際特許事務所 所⻑)、
「もしかしたら今回の出会いが一生の財産になる可能性も。普段接しない違う人の視点がイノベーションになる」(坊垣佳奈さん 株式会社マクアケ 共同創業者/取締役)、
「ただ受け身になるのではなく、デザイナーさんたちもリスクを取って事業に食い込んだ方が面白いと思う」(宮崎晃吉さん 建築家 株式会社HAGISO代表取締役)
と参加者にエールを送りました。
会場には「あなたにとってデザインとは?」ボードも
12年目を迎えた今回のTBDA。審査会という枠組みを超えて、その場に集まる方々が「デザインとは何か」を考える機会にして欲しいと、来場者全員に付箋が配られました。昨今「デザインとは何か」について、さまざまな場面で議論されていますが、それぞれの立場や環境によってきっと答えは変わってくるでしょう。会場に集まった一人ひとりが、自身の立場で感じたこと、思ったことを書いて、アンサーボードに貼り付けていく姿や、会話する姿が見られました。
最終審査を終え、実現化へ向けてのステージに入った2023年度のTBDA。山田審査委員長も話すように、これで終わりではなく、ここからがスタート。各プロジェクトのさらなる発展に、これからも目が離せません。
東京ビジネスデザインアワードwebサイト https://www.tokyo-design.ne.jp/award.html
公式facebook https://www.facebook.com/TokyoBusinessDesignAward
執筆:
今井夕華(いまい・ゆか)/ 編集者、バックヤードウォッチャー
1993年群馬県生まれ。多摩美術大学を卒業後、求人サイト「日本仕事百貨」を経てフリーランス編集者に。小さい頃から社会科見学が好きで、工場や企業、店舗の裏側など「バックヤード」を中心に取材している。