公益財団法人日本デザイン振興会 公益財団法人日本デザイン振興会

テーマ企業インタビュー:アートビーム有限会社

2023年度東京ビジネスデザインアワード

「東京ビジネスデザインアワード」は、東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションです。

企業の持つ「技術」や「素材」をテーマとして発表、そのテーマに対する企画から販売までの事業全体のデザイン提案を募ります。2023年度は、テーマ11件の発表をおこない、10月30日(月)14:00までデザイン提案を募集中です。本年度テーマに選ばれた11社へのインタビューをおこない、技術についてや本アワードに期待することなどをお聞きしました。


テーマ:チタンやシリコンの電極を使い対象物に放電処理によるコーティングをする被膜形成技術

金属の精密加工技術に強みを持つアートビーム有限会社。1987年の創業以来、一貫して高い技術力をもとにした試作品や特注品の製造に特化してきたテックカンパニーだ。国内に数台しかないとされる放電加工による被膜形成装置を保有し、チタンやシリコンの粉末を焼き固めた電極を用いて、パルス放電により金属などの素材表面にチタンやシリコンの特殊被膜をコーティングする「ABコーティング」技術は同社ならではといえる。創業者で先代の代表取締役社長(現・相談役)である新井 卓氏と総務部の新井 寛昭氏に、ABコーティングの優位性と応用展開の可能性について聞いた。


お話:相談役 荒井 卓氏、総務部 荒井寛昭氏

■高い技術力をもとに「この世に一つだけ」の試作品や特注品の製造に特化

――御社は、おもに金属の精密加工技術に強みを持つメーカーであるとお聞きしました。しかも、その技術を駆使して「特色あるモノづくり」をしているとのことですね。おもにどのようなものを作っているのですか。

試作品や特注品の金属部品です。例えば、大手事務機器メーカーの製品開発部門などからの依頼で、新型複写機の開発段階での試作機に使われる部品などを作っています。大手事務機器メーカーからの依頼に応じて、複写機の内部に使われるメカニカルな機構部品を作ることもあれば、外側のボディの部分(筐体)も当社で作って組み立てまで手がける、つまり新型複写機の試作機を丸ごと当社で作り上げることもあります。

一般的に当社のような規模のメーカーといえば、大手企業の下請けで部品を製造したり、OEMで最終製品を量産したりしているでしょう。それに対して当社は1987年の創業以来、一貫して国の研究開発機関や大学、企業からの依頼を受けて試作品・特注品の製造を手がけてきました。試作品や特注品は形状が複雑であったり、寸法が細かく指定されていたり、さらには素材が特殊だったりと、作るのに高い技術力が求められます。製造ラインで安価に大量に作るモノづくりとは異なり、職人的な技術者が一つひとつ、手作りで仕上げるようなモノづくりを続けてきたのです。

――試作品や特注品に特化したモノづくり、確かに高い技術力が求められますね。

当社の技術的な強みは、創業当初に国内にはまだ広まっていなかった炭酸ガスレーザ加工機を導入し、以降、その技術をさらに高度化してきたことです。レーザ加工機はもともと冷凍マグロの尾の切断などに利用されていました。レンズでレーザを集光させ、尾を切るときに床のコンクリートまでを傷つけないように調整する仕組みでしたが、その精度をさらに高めて金属板の精密加工に使ってみようと取り入れたのが当社です。

また、東京大学生産技術研究所と松下電器(現・パナソニック)が共同開発した超微細放電加工機の技術を、さらに進化させて技術継承してきたのも当社です。その技術はさまざまな分野で利用され、例えば造幣局にも採用されました。旧500円硬貨には斜めにすると確認できる「500円」という「透かし」が入っていましたが、あれは当社の技術です。その他にも、ある機関を通じてアメリカ航空宇宙局(NASA)に納められた金属部品を当社が超微細放電加工機の技術で製造しました。このように35年以上にわたって蓄積してきた高い技術力と、それをもとにいわば「この世にひとつだけ」の試作品や特注品を生み出してきたことが当社の強みです。

さらに、もう一つ当社は自社研究開発施設を保有し、素材や加工技術の研究開発にも注力しているのが特長です。当社グループにはアートビーム有限会社とアートビーム株式会社がありますが、当社(アートビーム有限会社)では金属板金加工事業を中心に企業などのお客様が設計したトライアルデザイン以降の試作関連の工程、具体的には素材選定から量産化の検討を含む一連の工程を一括して受けています。一方、アートビーム株式会社では、素材の特性改良や加工技術の研究開発に取り組んでいます。

■チタンやシリコンを電極にパルス放電でコーティングする特殊な表面処理技術

――そうした強みをもとに、今回、東京ビジネスデザインアワードに参加されました。テーマである「チタンやシリコンの電極を使い対象物に放電処理によるコーティングをする被膜形成技術」について、どのような技術なのか教えてください。

これは微小なパルス放電の繰り返しで金属や導電性セラミックスなどの被膜を被処理材(基材)の表面に形成する新しい表面処理技術です。例えば、切削加工に使用する工具の刃先にチタンをコーティングして耐久性・耐摩耗性を高めたり、特殊な液体などを流すパイプの内面にシリコンをコーティングすることで耐食性や耐エロージョン性(耐浸食性)を向上させたりすることができます。

通常のコーティングとの違いは、被膜が形成される過程で被処理剤の表面に溶融した表面改質層ができることです。厚さにして5ミクロンから10ミクロン程度の表面改質層ですが、これが形成されることで被処理材とチタンやシリコンとの密着性が単なるコーティングと比べて非常に高くなります。だからパイプなど円筒内面などへの処理もできるのです。

もともとは三菱電機とIHIの研究開発により確立された被膜形成技術ですが、三菱電機の研究所と提携関係があった当社に専属委託されました。この被膜形成技術での表面処理加工ができる装置は国内に数台しかありません。それだけ特殊な加工技術といえます。

――なるほど。表面改質層ができるのが通常のコーティングとは違う特長のようですね。もう少し詳しく説明してください。

まずは、チタンやシリコンの粉末を焼き固めて電極を作ります。通常は1.2×1.2×5センチくらいの角柱で、ちょうどハンコ(角印)のようなかたちです。この電極は当社ではなく三菱電機が製造しています。この電極を加工油の中で被処理材に、あたかもハンコを押すようなイメージで近づけていき、電極と被処理材の間に放電を発生させると、溶けた電極が溶けた被処理材に移行して被膜を形成していくのです。

この時に被処理材の表面も局部的に高温になり溶けてチタンやシリコンと結合するようなイメージで表面改質層が作られます。被処理材は、局部的に高温になっても全体的には常温のまま処理が進行するので、熱により変形することはありません。非常にシビアな寸法精度が求められても、高い密着力があるコーティングができます。当社ではこの被膜形成技術をアートビームの頭文字をとって「ABコーティング」と呼んでいます。

――ABコーティングと同様の技術としては、塗装やメッキ、肉盛り溶接などが頭に浮かびます。それら既存の技術と比べての優位性を教えてください。

塗装やメッキだと強くこすると剥離してしまいますが、ABコーティングは密着力が高く、強くこすっても剥離しにくいのです。また、肉盛り溶接は密着力は強いのですが溶接時に高温となるので被処理材に変形が生じます。高い寸法精度が求められる部品などへのコーティングには不向きです。それぞれのコーティング技術に一長一短があるのですが、ABコーティングには特長となる点のほうが多いですね。被処理材との密着性が高い、被処理材への熱影響が少ない、コーティングをするときに被処理材を前処理する手間がない、非常に細かい範囲での部分コーティングが得意、パイプなどの内面にも高い密着力でコーティングできるといったことが特長です。

また、コーティングした後の表面の滑らかさもまったく違います。チタンをコーティングしたものは指で触ると多少のざらつきは感じますが、研磨してざらつきの感じを抑えることができます。シリコンのコーティングは、表面がツルツルして指で触っただけではコーティングされていることに気がつかないほどです。

――となると、ABコーティングには弱点はないのでしょうか。

じつは、大面積のコーティングが苦手です。放電加工のため電極の大きさに左右されるのです。先ほど示した「1.2×1.2×5センチ程度のハンコのような形状」を使う場合、1.2センチ×1.2センチのエリアよりも狭い範囲を加工するのであれば、一度の加工で被膜を形成できますが、広い範囲を加工するには電極を移動させながら被膜を形成していきます。ハンコをずらしながら押していくイメージです。だから、大面積のコーティングには時間がかかってしまいます。電極は三菱電機が作っていますが、現時点では「厚みが1.2センチ程度の5センチ四方の板」のような形状が最大サイズです。この側面の1.2センチ×5センチ程度のエリアが一度に加工できる範囲となります。

また、放電加工中は電極と被処理材との距離を常に一定に保つ必要があります。そのため、パイプの内面など湾曲した表面に加工する場合には、電極を曲面に沿って正確に距離を保ちながら動かさなくてはならず、どうしても時間がかかります。包丁のように手元が厚く、先端が薄い形状のモノに加工するときには、そのまま横にして置くと厚みのある手元側が高く、薄い先端の部分が低くなってしまいますよね。そこで、先端部分の下側に治具を当てて、先端と手元が水平になるようにするといった工夫が必要になります。このように、実際に加工する際に時間や手間がかかるのが弱点ではあります。

■刃物や打ち抜き加工機の刃先にチタンをコーティングすると切れ味が3倍も長持ち

――でも、そうした弱点があったとしても、ABコーティングを施すメリットがあるのですよね。チタンやシリコンをABコーティングすると、どのような特性が向上するのでしょうか。

例えば包丁などの刃物にチタンをコーティングすると、まずは切れ味が長持ちするようになります。ABコーティングしたうえで軽く研磨すればチタンもツルツルになります。切り味が良くなり刃こぼれがなくなるので、わかりやすく示すと「切れ味が3倍は長持ち」するようになります。

ポイントは刃の表面に5~10ミクロンの厚さでチタンと融合する表面改質層が形成されることです。これができるから密着性が高まり、長く使っても剥離しません。いくつか事例や実験データをご紹介しましょう。まず、自治体指定のゴミ収集袋を製造している事業者では、ビニール袋から取っ手部分を打ち抜き加工機で切り落としてゴミ袋に仕上げていたのですが、「ビニールを切断すると打ち抜き加工機の刃がすぐに傷んでしまう」と相談を受けました。それまでは、18万ショットで1度目の再研磨、36万ショットで2度目の再研磨、50万ショットで刃先が使用不能となり交換しなければならなかったのです。ところが、チタンをABコーティングした刃先は50万ショットでも、メンテナンス不要で切れ味を保ったのです。「これは有効だ」となりました。

刃物への応用では、他にも防弾チョッキの素材でもあるケブラー繊維を切断する特殊ハサミにコーティングをしたデータもあります。防弾チョッキの素材となる繊維だけあって、通常は1カ月程度で刃先を再研磨しないと切れなくなってしまいます。それに対してチタンをABコーティングした特殊ハサミは3カ月間、切れ味に変化なく「従来比3倍以上」と高い評価を得ています。

――打ち抜き加工機での刃先の再研磨や交換の回数を減らせるのは効率や生産性向上にも大きく貢献すると思います。

その通りです。その他にもチタンをABコーティングして表面の硬さを高めたデータもあります。六角レンチに表面処理を施した例では、表面の硬さが400HV(ビッカース硬さ)から1200HV(ビッカース硬さ)へと3倍も向上しました。これを応用すれば工具や金型の長寿命化を実現できます。

耐食性や耐エロージョン性(耐浸食性)という視点では、ステンレス(SUS630)にシリコンをABコーティングして300秒間のウォータージェット試験で耐エロージョン性を調査しました。ステンレスに何も表面処理加工しないモノと、耐エロージョン材として知られるコバルト合金のステライトとを比較したところ、表面処理をしないステンレスは深い損傷が見られ、ステライトは放射状の損傷がありました。一方、シリコンをABコーティングしたステンレスは損傷がなかったのです。このように、耐久性や耐摩耗性、耐食性、耐エロージョン性といった特性を大きく向上させることができるのがABコーティングの技術なのです。そうじて長寿命になるということは、交換や廃棄の無駄が減り、サステナブルな時代に求められている技術でもあります。

――チタンやシリコンだけでなく、他の素材をABコーティングすることはできるのですか。

先にお話ししましたが電極を製造している三菱電機が、他の素材の電極を作れるか、作ってくれるかどうかによります。例えば、コバルトの電極は作れるのですが、コバルトを銃弾にコーティングすると威力が飛躍的に増大するように、使われ方によっては問題が生じるものもあります。そういったことにも考慮する必要があるのです。

■ABコーティングという特殊な技術をデザイナーの新しいアイデアで花開かせたい

――東京ビジネスデザインアワードに応募されたことで、デザイナーの方々とのどういったコラボレーションに期待していますか。

当社は創業以来、加工技術一筋でやってきました。そういう意味では、当社のABコーティングといった技術をどのように応用展開できるのか、それを自社だけで考えられる、考えつくほどに視野は広くありません。そこで、まったく異なった視点から「ABコーティングの技術をこんな用途に使ったら面白い!」、「ABコーティングは、これに使える!」という新しいアイデアをぜひお聞かせいただきたいと思っています。

当社だけでは、ご説明したように刃物や工業用の特殊ハサミ、打ち抜き加工機の刃先など、アイデアの範囲が限られてしまうのです。全く新しい視点、これまでになかった発想からアイデアをいただければ、それをぜひとも二人三脚で実現していきたいと考えています。

当社はこれまで受注生産のみでやってきましたので、自社オリジナル製品を生み出すデザイン力や販売力がありません。デザイナーの方々とのコラボレーションで、このABコーティングの技術を用いた製品を世に出せれば、この技術をより多くの方々に知っていただけるだけでなく、私たちも企業として成長できると考えています。

――デザイナーの方々とのコラボレーションに期待するところは大きいようですね。

当社はモノづくりの会社なので、どうしても「職人気質」的なところがあります。ただし、「偏屈な職人」というのではありません。お客様からのハードルの高いご要望に対して「どうやったら納得してもらえるモノを作れるか」を従業員みんなで話し合い、工夫を積み重ねていくことで技術力を高めてきました。チャレンジ精神で前向きに難しいことに取り組む社風があると感じています。これまでも明らかに無理なご要望以外は「最初からノーとは言わない」をモットーに取り組んできました。

今回のテーマであるチタンやシリコンの被膜形成技術だけでなく、当社は100℃程度の温度でも溶ける「低温ハンダ」も開発し、それを応用した商品の開発を考えています。こうした当社が持つ技術のシーズ(種)をデザイナーの方々とのコラボレーションを通じて世に送りだし、全く新しいアイデアで花開かせたい。そんな気持ちを持っています。

インタビュー:株式会社タンクフル 下玉利尚明

写真:加藤孝司


アートビーム有限会社

チタンやシリコンの電極を使い対象物に放電処理によるコーティングをする被膜形成技術

企業HP:https://www.artbeam.co.jp

各テーマの詳細はこちら:https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/#design_theme


2023年度東京ビジネスデザインアワード

デザイン提案募集期間 10月30日(月)14:00まで

応募資格:国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど

応募費用:無料

詳細は公式ウェブサイトをご覧ください https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/

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