公益財団法人日本デザイン振興会 公益財団法人日本デザイン振興会

テーマ企業インタビュー:Cross-Boundary Project

2023年度東京ビジネスデザインアワード

「東京ビジネスデザインアワード」は、東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションです。

企業の持つ「技術」や「素材」をテーマとして発表、そのテーマに対する企画から販売までの事業全体のデザイン提案を募ります。2023年度は、テーマ11件の発表をおこない、10月30日(月)14:00までデザイン提案を募集中です。本年度テーマに選ばれた11社へのインタビューをおこない、技術についてや本アワードに期待することなどをお聞きしました。


テーマ:社会人を対象としたキャリア支援ノウハウの活用

長年にわたる企業向け研修事業の実績を活かし、独立後も人材開発と組織開発コンサルタントとして、より幅広く働く人の課題解決を支援する岩﨑氏。そんな岩﨑氏が現在取り組んでいるのが「地域での越境学習」を提供するインフラづくりだ。企業から地域社会、そして人のより豊かな生き方へ。本プロジェクトで目指すものを聞いた。


お話:岩﨑玲子氏

「地域貢献というひとつのキャリア選択」を後押しするインフラづくり


居場所とは「対話」がある場所

ーー岩﨑さんが立ち上げた社会人を対象としたキャリア支援プロジェクト「Cross-BoundaryProject」での応募ということですが、まずはこれまでの経歴と現在取り組まれていることから教えてください。

大学を出てから凸版印刷株式会社に入社しマーケティング部門で働いていましたが、研修参加を契機に2002年に社内ベンチャーで企業向け研修会社を起業しました。どうしたら組織のなかで人々が関心と配慮を持ってスパイラルアップするコミュニケーションができるのか。それをビジネス化できないかと考えたことから始まっています。

ーーご自身の問題意識をテーマにした社内起業がきっかけだったのですね。当時どのような問題意識をお待ちだったのでしょうか。

早く会社に貢献したいと思っていましたが、「背中を見て育て」「任せた」という育成方法になじめず、コミュニケーションが苦手だったこともあり、若いころは悩んでばかりいました。上司や先輩にも迷惑をかけたと思います(笑)。そこである研修に参加した際、社内コミュニケーションの改善事業を提案したところ、仲間の応援もあり企画を認めていただき事業化することになりました。米国企業と提携し、当時日本にはまだなかったコーチングを日本に持ってくるところから始めました。そうして凸版印刷に所属しながら、子会社の代表として20年ほどやってきました。

ーーその後、2022年に独立されました。そのきっかけを教えてください。

長年コミュニケーションに関わる教育の仕事をしてきましたが、これからは1社で一生を送る時代ではなくなりますし、大手企業では取り組みにくい課題に挑戦したい気持ちもありました。その一つが人々の将来不安に対応する仕組みの構築です。研修で出会うミドルやシニアのキャリア、中でも退職を意識し始めた頃の不安を聴きながら、力のある社員が退職前から地域に一歩踏み出す手伝いができれば、本人にも企業にも地域にもいいことがあるかもしれないと感じていました。

ーー具体的にはそれはどのようなことでしょうか?

定年を前に今後について考えているが具体的なイメージを持つことができないといった悩みです。「高年齢者雇用安定法」が20214月に施行されたこともあり、これまでより長く会社にいられるようになっています。このまま雇用継続で本当にいいのか?とは思うけど、かといって会社を離れるのは不安、といったように企業で勤めながらも将来への漠然とした不安を持っている方がいると感じました。

しかし、会社が提供するキャリア研修は一時的で深い内省は難しく、しっかりした学習や意識転換をするには限界があります。そこで、将来に対して不安を抱いている方が、自分のキャリアを一歩深く見つめ直すプロセスを創りたいと思いました。自己実現や社会貢献を含めて将来の生き方の見通しが立てば、現在働いている会社でも生き生きと働けますし、将来への不安も解消されるかもしれない。そのためにも私の経験が役立てられるのではないかと考えました。その時大事になってくるのが「対話」です。

ーー対話ですか?

そうです。例えば、仕事がうまくいかない時は会社が悪い、上司が悪いと他責に陥る方が楽で、自分の問題に気づくことって意外と難しいのではないでしょうか。私は若い時はよくそうした偏った思い込みにはまり、ますます状況を悪くしていました。それに気づかせてくれたのが私の場合は友人との対話でした。その時、友人から頭ごなしに批判されたら気付けなかったと思うのですが、そうではなく友人が黙って話を聞いてくれたおかげで、行き詰まり、頑なになっていた心を軟化することができました。 

ーー自らの経験が活かされているのですね。

このときの経験が対話を重視したサービスメソッドにつながっています。企業においても地域社会においても、円滑なコミュニケーションをするためには人と人との信頼関係が重要です。地域コミュニティに限ってお話をしますと、希薄になっていくご近所の関係性、世代間の分断など、日々の暮らしに不安を抱えている市民が多いのに、それをサポートする福祉領域での人材不足が深刻です。働く人も職場を離れれば地域住民のひとりです。都心に勤めていた人も退職後は地域に戻ります。ですのでCross-BoundaryProjectでは、ミドル・シニア世代が会社で働きながら地域に入っていける仕組みをつくり、地域貢献できる人材を育てていくことで、双方の不安を減らしていくお手伝いがしたいと考えています。

ーーそこで大事になってくるのはどのようなことだとお考えですか?

メインテーマは「認知」です。

ーー認知、ですか?

自分がものをどのようにみて捉えるか、それを知ることです。それができれば多くのことが変わってきます。例えば会社で上司に何かを言われた時に、理解してくれていないと悲観的にとらえるか、気にかけてくれていると前向きにとらえるかで次の対応は変わってきますよね。でも自分の認知がどのようになっているかを自ら認知する「メタ認知」は力がいることです。日頃からそうできるように訓練していた方が、その後の人生が楽になるし、知っていたほうがいいと思います。誰かが誰かの話を受け止めたり、興味をもって質問したりすると自分の認知の問題に気づいてくれる。うまくいかない自分を受け止めてくれる対話がある場所は「そこにいてもいいのだ」と感じられる居場所であり、そこでは認知の転換が起こりやすくなり、自分の問題に気づけば、周囲もその人を受け入れやすくなり居場所ができるのだと思います。

岩崎氏が独自で開発した自己を知るための「無形資産」診断シートと研修資料


「第3の場所」を持つことの必要と有効性

ーー独立されて1年間、このプロジェクトについてこれまでどのようなことをされてきましたか?

一人で企業や地方自治体に働きかけをしてきました。これまで関係があった自治体にこの企画が採用されたりと、検討中の手応えはあるのですが、一人だと限界があることを痛感しています。それで今回東京ビジネスデザインアワードに応募させていただいたという経緯があります。

ーーそうでしたか。今回のテーマである「社会人を対象としたキャリア支援ノウハウの活用」について教えてください。

テーマの背景にあるのは、働き方が多様化した時代におけるミドルとシニアの課題です。一社一生という時代ではなくなってきていますが、定年を過ぎても会社を離れることができず、悩む人もいます。ミドル、シニア世代にとって決して暗い未来ではないのだけれど、それを迎える準備が整っていないとその節目は少ししんどいかもしれません。

ーーそうであればその節目にどのように対応すれば良いとお考えですか?

会社の仕事をさらに頑張る人がいてもいいですし、若い頃におき忘れてきてしまったことに再び取り組んでもいい。誰もが身近にもっている「地域社会」に入っていくなど、定年を意識する前から新たな居場所を探究し始めるとよいのではないでしょうか。新たな領域で副業やボランティアとして関われそうなことを見つけ、そこに一歩入っておくと退職後の居場所へのスムーズな移行ができると思います。新たな居場所に行けば、楽しい経験ができるだけでなく、学ぶこともできます。

ーー実際の声として、皆さんどのようなことに悩んでいらっしゃる印象をお持ちですか?

会社や仕事以外の場所に自分で踏み出せる人は、ご自身ですでにやっていると思います。でも在職中は多忙ですし、退職後は年齢の不安を感じたりして、中々一歩踏み出せない方もいらっしゃると思います。また「やりたいこと」がわからないという方も案外多い印象です。

そうした方々に向けて、まずは自分のキャリアを考えるワークショップを提供します。3時間のワークショップを3回くらい実施し、参加者である地域の仲間と自分の過去を振り返ります。強みや関心を明らかにするプロセスは発見も多く、終了後にモチベーションが上がる人も多いです。その上で、新たな領域に一歩踏み出してみたい人に越境学習への参加を呼びかけます。

越境学習では不慣れな場所で働いてみる経験を通じて、コミュニケーション力や「今さら新たな領域は無理」といった『認知』を変える力を鍛えることができます。そのためには、新たな領域でボランティアや副業を経験し、そこでの出来事を振り返って内省して学びを収穫しなければ学習になりません。これが案外難しいため、ワークショップ仲間との振り返りの場を設けたり、キャリアコンサルタントが個別に対話したりして、その方の認知に働きかけ学習を促進していくことが有効だと考えています。自分のこれからの生き方や居場所を見つけるインフラとしての越境学習提供が本テーマが目指すものです。

「Cross-BoundaryProject」冊子より

Cross-BoundaryProject」冊子より

ーーそのプログラムの対象者にはどのような人を想定されていますか?

自営業、会社員、非正規雇用で働く人、あるいは働いていない人などなどさまざまな市民です。18歳以上なら参加できますが、個人的には中高年に参加いただきたいと思っています。現在の仕事やポジションにいながら、私たちが考案し自治体が主催するプログラムに参加し、やりたいことや生きがいを探る。そこで自分の強みとなるものを理解し、その過程で見つけたことを副業やボランティアとして活動することを後押ししたり、自分で見つけた「第3の居場所」で貢献できるような人材を育成します。

ーー将来の自分の居場所を探しながら今を生きていける環境もつことで、将来への漠然とした不安を少し減らす体験をお手伝いするんですね。 

そのプロセスが退職後の居場所である地域社会への移行をスムーズにすることに繋がります。そのプログラムづくりを一緒になってつくっていける方と本アワードでは出会いたいと思っています。

ーー現在の居場所に不満があるから別の居場所を探すというよりも、未来の居場所を前向きに考えることが、現在の居場所での営みをより豊かにすることに繋がっているということでしょうか。

そうです。そこで大事なのは、自分に自分で制限をつけずにとりあえず動いてみることです。新たな場所に行ったら色々なことを学ぶことができますし、試行錯誤しているうちに仲間ができます。しかし、人によっては一歩踏み出すことが難しいようです。自分もそうでしたが、新しいことをするのは腰が重い(笑)。また、「こうあるべき」という思い込みに縛られて周囲と対立し、孤立してしまうこともあるでしょう。そこで有効な学習方法が自分にとって居心地がいい場所<ホーム>と、見知らない人たちがいる慣れない場所<アウェイ>を行き来する「越境学習」です。

ーー領域を横断する、ということですか?そこにはどんな効果がありますか?

越境学習をすると会社ではどんなに高い役職についている人でも若い人に叱られることもありますし、これまで身につけてきたことが全く役に立たない場面に出会うこともあり、落ち込むこともしばしばです。ですが会社とは別の繋がりができたり、自分のエゴや無知、強みや不得手なことなどいろんなことに気づき、物の見方の転換やコミュニケーションの工夫を始めることもあるでしょう。これは先ほど紹介した「認知」の力やコミュニケーション力にあたりますが、人生100年時代という言葉を紹介した『ライフシフト』の著者リンダ・グラットンはこうした力を「無形資産」と呼んでいます。これからの時代はお金、家、車などの有形資産だけでなく、無形資産が大事だと提言しています。私は誰もが無形資産を自己診断できる「無形資産チェックリスト」も開発しました。

これからの暮らしに必要な無形資産を今の居場所の境界を越えて越境学習で鍛えることから、本取り組みを「Cross-BoundaryProject」(境界を越えるプロジェクト)と名付けたのです。一方でそれは一個人の生き方だけでなく、自治体や福祉団体にもメリットがある。うまくいけば、現職の企業にも良い結果が生まれるかもしれません。そのことを社会に向けてしっかり訴求していくのも今回のアワードでの取り組みの目標です。

デザイン思考で状況に変化をもたらす

ーープロジェクトの趣旨はわかりました。それでは本アワードに応募を検討しているデザイナーやプランナーはどのようにかかわることを想定されていますか?それとビジネスモデルはどのようにお考えでしょうか?

私はデザインを、アメリカの認知科学者のドナルド・A・ノーマン氏の著書『エモーショナル・デザイン:微笑を誘うモノたちのために』に書かれている「本能的デザイン」「行動的デザイン」「内省的デザイン」の3層で捉えています。その3つの機能を提供してもらいたいと思っています。

例えば、研修プログラムを開発して、それを自分で図に描いたりしているのですが、デザインの素人の私がつくるとイケていないものしかつくれません(笑)。それを自然と手が動くようなアフォーダンスを取り入れ、人がやりたくなる、触りたくなるキャリア開発の素敵なブックやセミナーにしていきたい。それと関係性をつくることもデザインの領域だと思いますが、人が一歩踏み出すことを促すデザインを一緒に考えたい。ビジネスモデル的にはデザイナーさんと私の関係は発注者、受注者ではなく、一緒に考え、お仕事として受注して得た利益を折半するという形にしたいと思っています。

「自然と手が動く、やりたくなるようなデザインをしていただきたいんです」(岩﨑さん)

ーーどんなデザイナーやプランナーと出会ってみたいですか?

社会の問題解決に興味があって、それに関わることに充実感を感じる方と出会ってみたいです。具体的にはツールやワークショップなど、自治体や市民たちが自分たちで運営・内製できるサービスプロセスの開発を一緒に取り組みたいと考えています。

それとこれは最も悩んでいるのですが、全ての自治体にリーチするプロモーション案と利益が出るビジネスモデルを一緒に考えていただける方。分野でいえばソーシャルデザインでしょうか。プロセスデザインとビジネス設計の知見を持ち、グラフィカルなことも見てもらえるソーシャルデザインを得意とされている方にお会いしたいです。

ーー越境先は福祉が有効だとお考えですか?

地域の課題は福祉に関わらず、農業、学校、環境など様々です。ただ福祉は国の課題でもあり、障害や介護だけではありません。福祉とは「幸せ」を表すことばで、望んだとおりの生活を送ることだととらえています。人権、平等、孤立、疎外感なども福祉の領域で、誰もが関係する自治会、コミュニティ開発のようなイメージで取り組めるやりがいのある領域だと思っています。 

ーーお話を伺って、物や形をつくることではなく、今ある状況を一緒に変えていくことが求められているように感じました。デザイナーとの協働からどのようなイノベーションが起こることを期待されますか?

今回、東京ビジネスデザインアワードに参加させていただくにあたり、審査委員の方からはデザインは社会の問題を解決することもできるということでテーマ企業に選んでいただいたとお聞きしました。お互いのプロフェッショナリティを尊重できるチームをつくっていきたいと思っています。私自身この世界で20年もやっていますので思い込みにはまっているところも少なくありません。私にはない感覚や知見を持ち込んでいただき、その思い込みを壊していただける、キャリア開発の分野に新しいものもたらしていただけることを期待しています。

インタビュー・写真:加藤孝司


Cross-Boundary Project

社会人を対象としたキャリア支援ノウハウの活用

各テーマの詳細はこちら:https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/#design_theme


2023年度東京ビジネスデザインアワード

デザイン提案募集期間 10月30日(月)14:00まで

応募資格:国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど

応募費用:無料

詳細は公式ウェブサイトをご覧ください https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/

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