テーマ企業インタビュー:株式会社宝來社
2022年度東京ビジネスデザインアワード
「東京ビジネスデザインアワード」は、東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションです。
企業の持つ「技術」や「素材」をテーマとして発表、そのテーマに対する企画から販売までの事業全体のデザイン提案を募ります。2022年度は、テーマ10件の発表をおこない、10月30日(日)までデザイン提案を募集中です。本年度テーマに選ばれた9社へのインタビューをおこない、技術についてや本アワードに期待することなどをお聞きしました。
テーマ:さまざまな生地にシームレスに圧着可能な素材および加工技術
マーキング、プリント熱転写材料の製造メーカーとして1963年に創業した宝來社。当時は前回の東京オリンピックを目の前に控え、空前のスポーツブームの時代。その波に乗りスポーツの分野を中心に、新規のアイデアで熱転写の技術を更新してきた。1971年には当社のトレードマークである熱圧着の「ハリロンマーキングシステム」を開発。その精神は代々の経営者に受け継がれ、その後もシームレスな圧着技術や機能性を持った密着シールなど、新製品・新技術を開発。世界のプロスポーツ界にもそのシェアを広げている。その歴史と、熱転写で培ってきた技術であらたな分野での製品づくりにも取り組むその思いについて聞いた。
お話:代表取締役 東口繁二氏、取締役 東口幸平氏
■より良いものをという思いから新たな技術を開発
ーー1963年の東京で会社を設立されましたが、創業の経緯を教えてください。
もともと大阪に創業し、1964年の東京オリンピックを契機に1963年に東京でスポーツのユニホームなどにマーキングをする会社として創業しました。当時は高度経済成長時代、空前のスポーツブーム、なかでもチームスポーツ、プロ野球が人気の時代でした。大人から子どもまで草野球が盛んで休日はグラウンドの予約がとれないくらいの人気で、ユニホームへのチーム名や背番号などのマーキングの依頼が殺到していました。
ーー私も少年野球をやっていましたが、近所のスポーツ用品屋さんでユニホームに背番号と名前を入れてもらい嬉しかった記憶があります。
そうですよね。当時背番号はフェルトの裏に紙を貼ってそれを切り抜いてユニホームに縫い付けるという、完全な手作業の時代でした。当社でも素材としてフェルトに紙を貼ったものを販売していたのですが、当時はそれをスポーツ用品屋の女将さんが中心になってユニホームに縫い付けていました。ですが注文が多くて、仕事があるのは嬉しいけど夜なべをしても間に合わない、生産性が悪くて大変だという声がたくさんありました。それで先代がこれはなんとかしなければいけない、生産の現場からスポーツを支えようと圧着の研究を始めたそうです。
縫うのではなく貼り付ける方が簡単でスピーディーではないかということで、接着剤を試作したそうですが、洗濯をするとどうしても剥がれてしまいます。その時にホットメルトフィルムというものがドイツにあるということを聞きつけたそうです。それは熱で圧着すると溶けたナイロン系フィルムが生地に入り、冷めると生地に絡みついて剥がれない材料でした。高温の熱で圧着するので洗濯にも強く、ドライクリーニングにも出来る。それで野球ユニホームの生地とホットメルトを使った熱転写の技術で丈夫なマーキングを行うようになりました。
ーーそれが何年くらいになりますか?
1970年頃です。そのように熱を使った圧着をフィルムメーカーと共に開発したのですが、そこで大事になるのが熱で圧着するノウハウでした。
単にアイロンで熱を加えるだけではフィルムが生地にうまく浸透していきません。そこで重要だったのが温度と時間と圧力でした。それをしっかりコントロールできれば非常に強固なマーキングになる。さらにそのノウハウを全国のスポーツ用品屋さんに伝えるために、マークを切るための道具と高性能小型プレス機をセットで開発し、「HARIRON(ハリロン)」というブランドをつくり商標登録もしました。
ーーそれが御社の「ハリロン」誕生のきっかけだったんですね。
はい。熱圧着可能な生地を日本で初めて開発したのが弊社になります。全国主要都市でマーキング教室を行うなどをして熱圧着のマーキングが広まり、これで夜も眠れるとスポーツ用品店の女将さんたちに喜んでいただきました。
ーー御社の熱圧着技術は、状況をより良くしていきたいという思いから生まれた技術だったのですね。
初代の社長はお客様の声を聞き、そこにある問題を解決したいという思いで開発した技術でした。身近な方々の困ったという思いをなんとかしたい、ということが創業時からの理念です。
ーー熱圧着技術は時代とともにどのように進化してきたのでしょうか?
シンプルな一重の圧着から、刺繍を組み合わせたもの、二重にして文字に縁をつけたり、最近だとカラーのグラデーションも可能になりました。
スポーツユニホームの生地自体も、帆布のような厚手のコットンから、合成繊維、やわらかく動きやすいものから機能性が備わった素材へと、時代とともに変化してきました。それに合わせてマーク自体も固くてごわつかいないもの、やわらかくてしなやかさを持ったものへと進化していく必要がありました。
最初はナイロンのホットメルトでしたがそれだと乾くとどうしても固い仕上がりになってしまいます。それでメーカーと一緒にやわらかさを持ったウレタンのホットメルトを開発したり、機能の面でもムレ防止、透湿性能はあるけど雨は通さないものなど機能性を活かしたものの開発もおこなってきました。
ーー時代とともにマーキング自体の素材も進化していったんですね。
素材が変わるとそれまでの熱圧着の仕方のままだと、生地に不具合が生じたり、ホットメルトをはじいてしまい圧着してもとれやすかったり、圧着するための技術の更新も必要でした。そのために中間層を開発したり、昨今の機能性素材への対応にも注力をしてきました。
ATサテンやフラットクロス、ニットタイプなど先染め生地タイプ、高伸縮、極薄なラバータイプ、フルカラーでプリントができるインクジェットタイプ、昇華転写タイプなどの幅広いものと色のなかから選びカスタマイズしていただくことができます。活用事例も、各種プロ・アマスポーツ、アパレル、学校で使う名札、グッズにも活用していただいております。
■さまざまに進化してきた熱圧着技術
ーー御社ができることを教えてください。
生地の裏に特殊な接着剤をラミネートし、堅牢で高品質な熱圧着生地を生産しています。OEM製品の開発、それにともないオリジナルの熱圧着資材の開発、シートカットやデザインプリント、ウェアへの圧着など最終製品化のお手伝い、長年の経験を活かし、マークビジネス全般へのアドバイスも行っています。
ーーマーキングには熱転写とプリントがあると思いますが、熱転写の利点はどのようなところにありますか?
一般的なシルクスクリーンプリントですと版をつくる必要があります。一般的にシルクスクリーンプリントは大量に印刷するものに向いていますが少数ですと高額になってしまいます。私たちは野球やバレーなどのユニホームを長年つくってきましたが、複雑なものでも一着からつくることが可能で、小ロット多品種を得意としています。
それと素材にもよりますが、昇華インクという特別なインクを使った昇華プリントという技術を使えば、複雑な柄やグラデーションもつくることができます。
手書きやPCでデザインした複雑な柄でも一着から制作することができますし、刺繍などを組み合わせたオリジナリティの高いマークを制作することもできます。
ーー製品に熱圧着をするプロセスを教えてください。
まずホットメルトとそれを保護する保護紙のついたものを生地に貼り合わせて、熱圧着でユニホームなどに貼り合わせるものをつくります。
その際重要なのが、接着剤となるホットメルトを適切な固さまでゆるめることです。そうすることでマークとなる生地とそれを貼り合わせる生地のどちらにもラミネートした糊をうまく入り込ませることができ強固な接着となります。
もうひとつ重要なのが、ホットメルトを貼り合わせる際の布とフィルムにかけるテンションです。弊社工場の世界に一台しかない温度、圧力、時間、ヨレ防止などの機能をもった特注の高精度ラミネート機の設定とノウハウが必要になります。弊社はそれを世界中のどのメーカーよりも多くの研究と実績を持っているのでその部分は強みになっていると思います。
ーー今回のテーマともなっていますが、御社のマーキングはほぼ厚みのないシームレスなものですが、ホットメルト自体の厚みはどのくらいのものを使用するとシームレスな圧着が可能になるのでしょうか?
おっしゃる通りホットメルト自体に厚みがあり過ぎると、貼り付けた際にゴワゴワしてしまいます。ですので厚みは100ミクロン以下のものを使用していますが、表裏にそれぞれ浸透していく中間層を残して置かなければ、強固な貼り付けができないという難しさがあります。美しい仕上がりの熱圧着にはその精度が最も重要で、それがうまくいかないと製品にムラが出てしまいます。
ーーどのような状態で提供されることが多いですか?
ワッペンの状態や、製品をユニホームに貼り付けた状態や、ホットメルトを貼り付けた生地の状態でお客様に納品させていただくこともありさまざまです。製品はすべて北茨城の自社工場で作っていますので、今回のアワードで協業させていただくデザイナーさんには現地にお越しいただき一緒に制作していただくことも可能です。
ーー現在では圧着に関して、どのような声がありますか?
特殊なものですと例えば革、金属など、生地以外への貼り付けのご相談もあります。最近ですとフロアマットに付けたことがあります。それと弊社の技術はニッチなものですので海外からのお問い合わせをいただくこともあります。
今回のアワードでは圧着に対するニーズの裾野を広げることも目標です。弊社の技術ですと段差がほぼなくシームレスに貼り付けることができますので、この技術さえ知っていただければ、さまざまなジャンルのデザイナーさんからのご要望にお応えすることが出来ると思っています。
ーーちなみにサイズは大小どのくらいが可能で強度はいかがですか?
小さなものですと名刺サイズの文字自体を生地でカットするのは難しいかもしれませんが、その場合は昇華転写などで対応させていただきます。大きさに関しては特にサイズ制限はございません。強度に関しては、プリントと比べて劣化が少ないのでより長く形を保つことができると思います。
ーーシームレスな貼り付け技術から生まれたオリジナル靴下ブランド「wracure」について教えてください。
自社企画で圧着技術を応用した新しい施策として取り組んでいるもので、靴下のかかと部分に保湿シートを弊社の技術でシームレスに貼り合わせることで違和感なく、ラップ効果によってかかとを保湿することができる靴下です。
ーーオリジナルブランドを手がけてたことで見えてきた楽しさと課題など気付きはありますか?
もともとが下請けでしたのでパッケージも含めて新しいものをつくる経験はものすごく新鮮でした。一方、販売は現状オンラインのみで行っていますが、販路ががないなかで必要な人にどのようにすれば届けることができるのか、そこに難しさを感じています。
■スポーツで培ってきた技術を新分野に
ーー今回「東京ビジネスデザインアワード」への応募動機を教えてください。現在どのような問題意識、課題をお持ちですか?
長年スポーツ分野を中心にお仕事をさせていただいてきました。近年ではコロナの影響もありスポーツ業界自体が非常に落ち込んでいます。スポーツは若年層の人口と相関関係にあるのですが、人口減少もあり、産業としてのスポーツが下降しています。ファンスポーツは増えてきている一方、プロスポーツのマーケットが縮小気味で先行きに対する厳しさを認識していました。そんななか、スポーツ以外の領域に進出したいと考えており、新しいことにチャレンジするためにも応募を決めました。
ーーどのような分野に可能性を感じていますか?
スポーツ以外の分野においては過去にファッションの分野でイッセイミヤケさんのコレクションに使っていただいたことは新鮮な経験でした。
ーーファッションのコレクションにですか?
はい。そうです。それまで弊社が培ってきた技術は主にスポーツの分野で活用してきていただいておりました。ですが実は私たちが使いきれていないだけで、生活に入り込むところでの使い方があるのではないかと日々思っていました。ただ、日常の業務に追われていたこともそうですが、アイデアを考える間もないなかここまできていました。今回のアワードと出合うことができたことにめぐり合わせを感じましたし、タイミング的に今しかないと思って応募させていただきました。
ーーそういった意味では異ジャンルの専門家との協働もされてきておりますが、今回のアワードでデザインに期待するのはどのようなことですか?
私たちが想像しえなかったような弊社の技術の使い方をご提案いただけることに期待しています。それと「HARIRON」は世界のスポーツの分野ではよく知っていただいているブランドででありますが、日本ではスポーツ以外の分野ではほぼ知られていません。デザインの力で「HARIRON」の技術をさらに広く知っていただけるきっかけをつくることが出来ればと思っています。
ーーデザイナーやプランナーなどと、今回のアワードではどのような関わり方を想定されていますか?
弊社のビジネスをデザインしていただくことを想定していました。その上で弊社は材料屋でもありますので、「HARIRON」を使った新しいプロダクト展開もできたらと考えています。それと材料をつくって売る会社なので、仕事の依頼を待つ下請け気質がどうしてもありました。ものづくりの環境が時代とともに変化しているように、自分たちから仕事をつくり出すような動きに事業を転換していきたいという希望をもっています。その部分でも協業していただける方と出会いたいです。
ーーオンリーワンの製品と技術、素材の調達から製品の製造までワンストップでできることもそうですが、さらに付け加えるとしたら御社の強みはどのようなところですか?
以前からヨーロッパのサッカーのクラブチームなどのお仕事もさせていただいているのですが、素材に関して日本とは比較にならないほどエコを重視しており環境に厳しいんですね。ヨーロッパの厳しい環境基準にクリアするものづくりを徹底しているところも弊社の強みだと思います。
ーーあらためてものづくりをする上で大切にしていることを教えてください。
社是にもありますが、お客様に喜んでいただき信頼をしていただけるようにまじめにものづくりをすることです。
現在はスポーツ店様やマーク加工業者の方などBtoBが中心ですが、東京の東側にある会社として街に根付いていきたいですし、マーキングや転写に関して気になることや困ったことがあったら気軽に相談をしていただけるような会社になりたいと思っています。その上で私たちがプロとして皆様にお手伝いできることをご提案させていただけるような環境をつくっていけたらと思っています。
ーー最後にデザイナーへのメッセージをお願いします。
弊社は熱圧着に関して、時代の中で壁にぶつかり、そのたびに研究と開発で乗り越えてきた会社です。私たちもデザイナーさんの要望に応えられるように今回の協業の機会を楽しみにしています。「課題」を見つけて一緒にそれを乗り越えて新しいものを生み出していけるデザイナーさんとの出会いを期待しています。
株式会社宝來社(墨田区)
テーマ:さまざまな生地にシームレスに圧着可能な素材および加工技術
企業HP: http://hariron.co.jp/
各テーマの詳細はこちら:https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/#design_theme
インタビュー・写真:加藤孝司
2022年度東京ビジネスデザインアワード
デザイン提案募集期間 10月30日(日)まで
応募資格:国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど
応募費用:無料
詳細は公式ウェブサイトをご覧ください
https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/