テーマ企業インタビュー:株式会社新里製本所
2021年度東京ビジネスデザインアワード
「東京ビジネスデザインアワード」は、東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションです。
企業の持つ「技術」や「素材」をテーマとして発表、そのテーマに対する企画から販売までの事業全体のデザイン提案を募ります。2021年度は、テーマ12件の発表をおこない、11月3日(水・祝)までデザイン提案を募集中です。本年度テーマに選ばれた12社へのインタビューをおこない、技術についてや本アワードに期待することなどをお聞きしました。
お話:代表取締役社長 新里知之氏
■アパレル生地と上製本の組み合わせで唯一無二のものづくり
電子書籍が一般化したことで以前のように紙に触れ本を読む機会も少なくなった。だが物質としての本には何ものにも変え難い魅力が備わっているのも事実に違いがない。長年上製本を中心に質の高い製本を手がけてきた新里製本所が近年取り組むのが、アパレル向け生地と質の高い上製本とのマッチング。長年つちかってきたものづくりの技で本の未来を切り開いていく。
■装丁にこだわった上製本の魅力を広める
—創業の経緯を教えてください
1934年に祖父が創業しました。主としてハードカバーといわれる上製本に特化してこれまでやってきた会社です。ご存知のように出版不況の中、後継者不足の問題もあり都内でも廃業するところが多く同業者はかなり少なくなってきました。私が知る限り、国内で上製本ができる会社は数えることができる程度になってしまいました。製造設備投資効果に見合わないという問題もあり、新規参入はほぼゼロでよく冗談で“絶滅危惧種”と言っています。
—確かにこのあたりも大きな工場が閉じてマンションに変わったところも目立ちます。今回応募の動機にも縮退していく業界に対する危機意識もお持ちだったのでしょうか?
はい。そういうこともあり長年携わってきた上製本を世に広めたい、そして知ってもらいたいという思いがあって応募しました。上製本は今の若い人には卒業アルバムで触れるくらいで、正直な話、上製本って何?という感じかもしれませんし、触れ合う機会はほぼないと思います。
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—現在では世の中に数少ない上製本に特化したところが新里さんの強みになっていると思います。
そうだと思います。中身もそうですが装丁にこだわる方からのご依頼がほとんどで、それに応えるために高級感があって美しい上製本を長年つくってきたことは強みになっていると思います。ですが弊社が作る本の大半が書店に並ぶものではないためなおさら知られていないというのが現状です。だいたいの注文は一回きりのもので、作っているものは企業様などの記念誌や社史、俳句集や辞典、専門誌、小説、それとアイドルの販促ものです。
—今回のテーマであるアパレル向け生地を活用したオリジナル「製本加工技術」について教えてください。
今の若い人が上製本を知らない、身近に触れることがないということのひとつにこれまでの上製本のあり方にも問題があると思っています。といいますのもこれまでの上製本の表紙はグレーやベージュなどの落ち着いた色味の素材を使用することがほとんどでした。私もこの業界に30年以上おりますが、紺やグレーなどの濃い色や生成りなどの色の表紙に金の箔押しというのが一般的で、長年表紙がつまらない、地味だと思っていました。2年ほど前から一人で日暮里の繊維問屋街に出かけて生地をみるようになり、それでアパレル関係の人たちと出会うわけです。そうしたら当たり前なのですが、世の中には無限に生地があるんです。
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—確かに、特にアパレル生地だとシーズンごとに新しいデザインの生地が生まれていますね。
はい。要するに普段私たちが製本で使っている生地は、製本の生地を持っている業者さんが出版業界で使いやすい生地をピックアップした見本帳の中から選んでいるものです。ですのでそもそも狭い視野しかもっていません。でも世の中には無限の生地があることに気づいて、そういう生地を上製本に用いることで世界観が変わるのでは?と思ったのがアパレル向け生地を使用したオリジナル上製本を始めたきっかけでした。
でもそうなった時に生地を選ぶことひとつとっても必要なのはやっぱり「デザイン」の感覚というか、センスなんですね。いくらいろんな生地があったとしても、私どもではどれをどう使ったらいいのか分かりません。今回まずはその部分でデザイナーさんのお力をお貸しいただけないかと思いました。
いろいろやってはいるのですが、私一人でできることは現状やっていることで限界です。
—具体的にデザインにどんなことを期待したのでしょうか?
以前からデザインがもつ力ってすごいと思っていました。ぜひデザイナーのみなさんに本ってこんなにも魅力的なものなんだと思っていただけるようなものを編み出していただければと思ったんです。
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■所有することで喜びを感じるプロダクトを
—これまでもOEMなどでアパレル生地を使用した上製本をつくられてきましたが、どんな気付きがありましたか?
アパレル向けの生地屋さんや機屋さんとのお付きをさせていただいて、その生地をまとった本をつくってお見せすると一様にみなさん驚かれます。本の表紙になるのはお洋服にするのと違って布が一面になるので見え方や触り心地が全然変わるんですね。一度お付き合いのある生地屋さんの展示会で、そちらの生地を使って製作した上製本を置いていただいたことがありました。魅力が可視化されたのか、とてもびっくりされた。こんなにいい生地ならこれでハンドバッグをつくってみたいという声をいただきました。生地を違った見せ方にすることで、生地屋さんにとってもあたらしいプレゼンになるということはあらたな発見でした。上製本とアパレル生地、その組み合わせは無限大だと思います。
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—製本業界でアパレル生地を使って上製本をつくっている例は少ないのですか?
ないことはないと思うのですが、そこに敷居があるとすれば、本の表紙にするには生地の裏に紙を貼る必要があることです。私ども業界で普段お取引をさせていただいている生地というものには、裏に紙が貼ってある生地で納品されますから、すぐに製本に使うことができます。ですので今私がアパレル生地の上製本でやっていることは、アパレルメーカーさんから生地を調達して、その布の裏に手作業で紙を貼ってからスタートします。
—確かにアパレル生地には製本をするための裏紙が貼っていませんね。
そうです。ですのでサンプルの場合は自分で紙を貼って、それで本の表紙に仕立てています。でも、そこまで全部自分でつくれるのでサンプル製作は早いんです。だからアパレル生地を使ってなかったというのではなく、これまでその流れがなかったということです。
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—アパレル生地を使うことの利点はどんなところですか?
やはり無限の色です。個人的にこの業界に流通する既存の生地ではつまらないんですよね。それで最初に行ったのがアパレルの裏地屋さんで、商品をみせてもらって、色や素材のバリエーションの豊かさに驚きました。それでこれだ!と。以前だとお客様からのご依頼で少し変わった色だと探すのが大変でした。昔は色よりも生地目を選ばれる方が多かったんですが、今は色にこだわる方が増えました。
—お客様にも選択肢が広がり喜ばれる。アパレル生地と出合ったことで、新里さんのものづくりの視野も広がったんですね。
広がったどころではないですよ!今は逆に種類が多くてワクワクしすぎて選べないんです。同業の仲間からは、この業界で新里さんみたいに楽しそうにしている人は珍しいよと言われるのですが、実際楽しいんです!
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—アパレル生地を使うようになってから広がったお取引先にはどのようなものがありますか?
宝飾関係、アイドルの記念誌もそうですし、高級車のカタログ、ブライダル関係ではウエディングドレスの生地でウエルカムボードをつくったこともあります。ネクタイ屋さんとはネクタイ生地でノートを製作させていただきました。スーツを着る人が少なくなってネクタイが売れない、問題解決のお手伝いになればと思っています。それとこういうことをやっていることが徐々に広まってきたのか、日本中の生地屋さんが見本帳を送ってくださるようになりました。
—それはすごい波及効果ですね。
だからいっそう選べない状態です(笑)
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—逆に本に出来ない生地というのもあるのですか?
極端に毛羽立っていたり、糸がでているようなものは難しいかもしれませんね。
—でもそういう生地でこそつくりたいというデザイナーの方もいると思いますよ。
そのお気持ちはわかります(笑)。
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■心に響くものづくりをデザインとともに
—御社ならでは製品の特徴はどんなところですか?
上製本は表紙に厚紙を使うのですが、それが湿度の関係で反ってしまうことがあります。ですが弊社では反らないためのひと作業をしています。それと上製本なのにノートにした場合、ノドまで書きやすいようにページが180度開くところです。世の中に出回っているノートの接着には通常ボンドが使われているのですが、弊社では膠(にかわ)を使い、用途ごとに濃度を工夫して接着をしていますので、開いていただくとわかるのですが柔軟性があります。
—今回のアワードではどんなことを希望されますか?例えば、あたらしいノートのデザインというものだけでなく、無限にある生地の情報を交通整理したり、最適なものをセレクトするお手伝いというのもひとつにはあるかもしれませんが。
そうです。それもそうですし、思いつかないだけで私たちの技術でできることってたくさんあると思うんです。弊社では上製本ノートブランド「HONcept」というものを立ち上げているのですが、特にカラフルな生地を使ったものなどは、洋服では着られないけれどノートとしてなら持って楽しみたいということで購入してくださる方がいらっしゃいます。手にとったときに幸せになったり、気持ちが上がったり、誰かとつながったり。そういうイメージを持っています。かたちなのか色なのか、本にしてもノートにしても、ずっとそばに置いていたいと思っていただけるようなものをデザイナーさんとつくってみたいです。
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—持つことに喜びを感じるようなものづくりですね。
はい。これから先、本がなくなってしまうようなことはないと思うんです。だからこそ、新しい発想もそうですが、これからはこちら側が何かをしなければいけないと思っています。そのためにも依頼があってそれに応えるだけではなく、こちらからお客様に新しいもの提案できる体制をつくりたいという思いがあります。
—実際のものづくりに関しては、上製本の技術と生地の手配の豊富な知識でデザイナーとも協働していただける感じですか?
はい。でもデザイナーさんには私が考えているようなことの一段も二段も越えていくことに期待したいです。自分でも気になってデザインについて調べたりしているのですが、知れば知るほどデザイナーさんってすごいと思っています。上製本のオリジナルノートを手にした方から、手触りが気持ちよくってずっと触っていたいと言っていただいたことがあります。だから持ってもらう方の心に触れるデザインを目指したいです。
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—そんな新里さんが製品づくりで大切にしていることを教えてください
いろいろありますが、弊社では一点一点の検品を大切にしています。最近よく言っているのが製本会社から製作会社への転換ということです。本ではなく、「もの」としてひとつひとつ大切につくる。お金を出してつくってくださる方に完全なものを納める。そのためにも検品は徹底してやっています。
—それがものづくりでお客様に感動を与えることにもつながるのですね。
ご依頼いただいた皆さんの思いを考えながら本をつくることは弊社が最も大切にしていることです。OEMの製品ですと間に何社か入って作ることも多いので、どういう本をつくりたいのか実際のお客様の声をお聞きすることが難しい場合もあるのですが、そこからの脱却も目指しているところです。受注産業ですので自分たちから動けるようになってみたいです。それは弊社だけではなく業界全体の課題だと思っています。直接お話をして、お客様がつくりたいこと、やりたいことに近づけていきたいですね。
それと日本の生地の素晴らしさを知ってもらいたいという思いもあります。日本にはたくさんの機屋さんがあるのですが、その生地をより多くの方に知ってもらうことにも使命に感じています。
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—今回のアワードで製作するものに関して、どのようなビジネスモデルを想定されていますか?
洋服屋さん、文房具さん、雑貨屋さんなどで手にとってもらえるようなものをつくっていきたいという思いはあるのですが、ゴールをあらかじめ決めるよりも、進めながら考えていきたいです。
—デザイナーとはどのように協働していきたいですか?
こちらからこうしてくださいというよりも、これできないの?と言われた方が可能性が広がると思っています。突拍子もないないことでも、これまでそんな発想もないし、チャレンジしてきていないだけで自分たちができることかもしれない。こういう機会にせっかく選んでいただいたのでチャレンジする気持ちはあります。
試作は私がつくります。機械でできないところは手でつくることもできますし、機械と組み合わせてももちろん作ることができます。弊社では出来ませんが、箔押しやプリントなど、仲間にも協力をしてもらうこともできます。業界全体を引っ張り上げたいという大きな夢もあります。もちろん出来ないことは出来ないと正直に言いますし、とにかくいろいろ話をしてみたいです。
—どんなデザイナーと出会ってみたいですか?
持つ人、買う人、モノの先にあるものをイメージできる方です。みんなが喜んでくれるようなものをデザインしていただける方と出会うことが出来たら嬉しいです。
株式会社新里製本所(文京区) https://www.niizato.jp
テーマ:アパレル向け生地を活用したオリジナル「製本加工技術」
昭和9年に創業して以来、上製本を主軸として記念誌からブランドカタログ、写真集まで、時代に残る出版物の製本を手掛ける。上製本を手掛けることのできる製本所は希少になっているなか、「製本のまち」として知られる東京都文京区の白山にて、今も制作者の想いに寄り添い、一冊一冊にこだわりを持ち、高品質の本を提供し続けている。社員一人一人が自ら考え、行動できる人材ばかりで、関係者に常に感謝を忘れず、お互いに良い関係になれるよう社員全員で心がけている。今回のテーマである新事業に関する将来性も確信しており、自社の成長を通じて業界全体が拡大することを目標としている。
インタビュー・写真:加藤孝司
2021年度東京ビジネスデザインアワード
デザイン提案募集期間 11月3日(水・祝)まで
応募資格:国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど
応募費用:無料
詳細は公式ウェブサイトをご覧ください