テーマ企業インタビュー:株式会社葵製作所
2021年度東京ビジネスデザインアワード
お話:代表取締役 長谷川薫氏 営業部 和田祥宣氏 営業部 山形奈津子氏
■暮らしを豊かにうるおすメタル製品づくり
高度な機械化が確立した工業技術。その中で小回りが効く人の手作業による細やかな技術は失われつつあるが、ものづくりの舞台でいまも大切な役割を担っているもののひとつだ。高度なメタル加工技術を誇る株式会社葵製作所には、職人の手によるそんな手仕事がいまも生きている。手のひらサイズの小さなものから自動車ほどの大きなものまで、創業時から着実に積み重ねてきた金属加工の技術について話を聞いた。
■手加工を残した高度なメタル加工技術
—長谷川さんで二代目とお聞きしました。御社の創業の経緯を教えてください。
1971年に八王子で私の父が創業しました。2014年から私が代表取締役に就任しました。技術をもとに始めた会社で現在ではマシンによる加工が主流にはなっていますが、当時から現在の弊社の強みでもある手加工での溶接を得意としてきました。
—これまでどのようなものをつくってきましたか?
一般の消費者の方の目に触れるものというよりは、創業時から産業用、工業用製品における大型筐体を加工してきました。創業時は高度経済成長真っ只中で、デスク型放送設備機器の仕事が多かったと聞いております。金鋏を使うような手加工に加え次第に機械も取り入れつつ溶接加工を大切に残したまま現在にいたります。大型筐体加工をやめて精密板金加工のみという板金加工屋さんが多いなかで弊社ではあえてそれを残すというかたちをとっています。
—そういった意味では今回のアワードでも初めてのことにチャレンジすることになると思いますが、応募理由を教えてください。
昨年の秋頃にコロナ禍の影響により受注が激減しました。それで空いた時間を使って技術実習のようなことを始めました。その一環として自分たちが使いたい身の回りのものをつくりました。そうしてみると意外といいものができて、あらためて金属の良さを再認識することができました。
それとは逆に私たちは技術屋ですのでどうしても加工方法が先に立ってしまうということや、デザインのことも市場に対する発想自体のことも大変未熟であることが自明になりました。ものを一からつくる際のコンセプトの必要性や、世に出していくことの課題が大きく浮き彫りになり、そんな中で東京ビジネスアワードを知り応募をさせていただきました。
—どんなところに興味をもたれましたか?
デザイナーさんと協働しながら自社の技術で一から製品を開発できることが大きな魅力です。東京都からのご指導もいただけると思い、販路の部分での勉強にもなると思いました。
これまではお客様からのご依頼に対して機能を十分に満たすことを一番にものづくりをしてきましたが、一般ユーザーさん向けの製品となると手にしたときの感触や満足感なども加味されてきます。自分もいち消費者として感じたのですが、お店に並んでいるものと弊社がつくったオリジナル品とでは、仕上がりのクオリティが異なることに気づきました。
—金属のどんなところがあらためて良いと思われたのでしょうか?
お店で売られているものには金属製品もありますが、ある時期から圧倒的に樹脂加工品が多く並ぶようになりました。樹脂製品はその素材の特性上、使い方によっては使っていくうちに変形したり割れたりすることが金属より多くあると思うのですが、使用頻度に対する耐久力は金属の方が強いと思っています。それと製品になったときの重厚感は金属製品ならではの魅力だと思っていまして、そのメリットを活かしたものづくりをしたいと思いました。
■コンセプトをもったものづくりを目指す
—金属製品は固い印象のものになってしまいがちですが、デザインによっては強さ、しなやかさといった金属ならではの機能性、そして無垢の魅力をもった高級感とともに金属独自のやわらかさも表現できる素材だと思います。
今回の応募テーマにも込めたのですが、私たちのメタル加工技術でつくったものを、生活の身近なところに取り入れてみたいと思ってもらえる人を一人でも増やすことができたらと思っています。
—今回のアワードで製作したものでどのような分野への進出を目指されていますか?
昨年金属のドリンクホルダートレイをつくったのですが、来客された方には代官山のカフェや雑貨屋さんに並んでいる商品みたいと言われたことがあります。私自身も雑貨屋さんに行くのが好きなので弊社でつくった製品をお店でみられたらすごく嬉しいです。これまではあくまでB to BでやってきましたのでB to Cはまったくの未経験で分からないことばかりですが、そういうこともやってみたいです。金属加工品は素材もそうですがコンセプトのあるデザインでしっかりとしたものをつくれば、これまで頻繁に買い換えていたようなものでも直しながら愛着をもって一生使えるようなものがつくれます。つくる側にとっても生産のサイクルをゆるやかなものに変えていくライフ・イノベーションに繋がればと思っています。
—よりよいものをさらに丁寧につくるということで、つくり手、使い手双方にとってのサスティナブルなあり方にも繋がっていきそうですね。
そう思います。
—最も見てもらいたい技術を教えてください。
弊社では汎用性の高い機械を使っていますので他社と比べて特出した技術があるわけではありません。ですが、創業以来ノウハウをつちかってきた溶接に関しては一人ひとりの職人の技術によって仕上がりが変わってきます。その手加工の技術をぜひみていただきたいです。
—先ほど工場でアールのある金属の手加工による微細な曲げの調整や溶接を拝見しましたが、手加工であれだけ微細な曲げの精度を出せるんだと驚きました。
溶接は熱を加えるのでどうしても歪みが生じて溶接した箇所が凹んだようになってしまいます。ですが、弊社の職人はあらかじめ計算をして溶接することで歪みを極力出さないように溶接する技術を持っています。
—今日見せていただいたコロナ禍で生まれたオリジナルのペン立てなどの製品は、全行程社内でできるのでしょうか?
電着塗装の表面処理以外はすべて弊社でできます。
—今回のアワードでも日頃お付き合いのある協力会社と連携したものづくりは可能ですか?
はい。大丈夫です。
—大きなものですとどのくらいまで加工が可能ですか?
実際に事務所で使っている縦横2メートルくらいの棚も弊社でつくったものですし、今日も工場のほうに製作途中のものがありますが、2500mm×1200mm×2000mmくらい、乗用車程度の大きさまで弊社の工場で加工できます。
—扱っている主な素材について教えてください
鉄、ステンレス、アルミ、銅、真鍮が主なものになります。これらは添加剤の保有量や表面処理のされかたによって見た目も性質も大きく変わってきます。そう考えるとこれら5種類の派生材料だけでも約20種類ほどになります。あとは協力会社さんにはなるのですが樹脂加工品も普段から取り扱っています。
—素材に関して逆に扱えないものを教えてください。
素材に関して取り扱いがないのは、金、プラチナなど貴金属、ニッケルをもとにした合金などです。それと弊社では板金が主で、切削加工をするようなブロック材に特化したものは手に入りにくい素材になります。
—金属で重厚なものと同時に軽やかなものもつくれるというのは御社の強みになるような気がしました。曲げはどうですか?
ある程度の条件は必要になります。通常オス・メスの金型でつくるので、形状、板厚によっては金型にあたって曲げられないものもございます。その条件に入るものは曲げることができます。あとは先ほどのお話にもありましたが、職人による手加工の曲げによる技術も持っています。
—つくる段階になってどんな方法で実現可能かはアドバイスいただけるということですね。
はい。
—金属の厚みはいかがですか?
0.5mmの薄いものから、曲げ加工ができるものですと6mmくらいまでになります。平板ですと鉄板で22mmのものも使います。
■つくり手の思いや技術が目に見えるデザインを
—ものづくりへの思いを聞かせてください。
弊社では経営理念として「想いを共につくり、絆を育む」と掲げています。ご依頼いただいたものをただつくるのではなく、思いに寄り添いながら、プロセスやアフターフォローまでを大切にしています。加えて仕事をする上での信頼関係、絆を深めるということを目指しています。その思いは仕入れ業者さんや働く仲間にとっても同様です。先代から続く技術を繋いでいくのもひとつの絆つくりだと思いながら日々お仕事をさせていただいております。
—工場と事務所を拝見して若い方からベテランの方まで生き生きと働かれていましたが、どんな人が働いている会社ですか?
平均年齢でいいますと35歳くらいで、もともとものづくりが好きな人が多い職場です。加工を楽しみながら仕事をしています。
—今回のアワードでのものづくりに関してビジネスモデルはどのように想定されていますか?コロナ禍になってわかったことのひとつが、本当にいいものを人々が求めていて実際にそのようなものが売れるということでした。御社がもつ技術にデザインで付加価値を生み出していくことはもちろん、あらためて金属という素材には可能性があるのはどんなところでしょうか?
SDGsやESG投資などもありますが、ものを大切にするという時代性と、金属製品がもつ長く愛用できる耐久性やリサイクル可能といったところでも優位性があると考えています。そのような意味でも金属でのものづくりは時代の流れに向いていて、あらためて金属製品の良さを伝えていくことでもビジネスに向かえないかと思っています。
今回、われわれとしても初めての取り組みになりますので、金属製品を世に広めていくという思いで、新規営業を含めて積極的に新しいところに飛び込む心構えでおります。
—さかのぼれば金属は太古から人々の身近に憧れとともにあって、産業革命以降ものづくりや暮らしを飛躍的に変えてきた夢のある素材ですよね。そういった意味では金属が持つストーリーをものづくりに重ねていくようなことがあっても面白いかなと思います。あらためて今回デザインにどのようなことを期待されますか?
今年創業50周年を迎えるにあたり社史をつくったのですが、その制作にデザイナーさんに参加していただきました。そうしたら単に歴史をまとめるだけではなく、私たちがこれまでどんな想いで仕事をしてきて、これからの50年をどうしていけばいいのか、その「想い」の部分を言葉やデザインで具現化していただいて、ものすごく感動したんですね。デザインに関してそんなかけがえのない体験をさせていただきました。ですので今回のアワードでも自分たちの想いを超越したところでのものづくり、それこそイノベーションに向かえるものになったらと楽しみにしています。
—もののカタチだけではなく、思いや理想を目に見えるように具現化することもデザインのできることだと思います。
社史をデザイナーさんと一緒につくっていて思ったのは、技術もそうですがお互いのことを知ることもよいものづくりには大切だということでした。近年金属加工の技術も材料の質も年々向上してきています。私どもではそんな金属が好きという思いで日々働いていますので、金属に興味をお持ちで、知りたいというデザイナーさんと共に楽しみながらやっていくことができたらと思っています。
株式会社葵製作所(八王子市) https://www.aoi-ss.co.jp
テーマ:大小多彩に加工できる高度な「メタル加工技術」
ステンレス、鉄、アルミ、銅などの金属を加工する総合板金加工企業。創業50年の実績と確かな技術力を着実に受け継ぎ、手のひらサイズの精密板金加工だけでなく、大型筐体溶接加工全般まで幅広く対応。2018年に経営理念「想いを共につくり、絆を育む」を制定し、顧客の想いを形にし、信頼関係、絆を育むだけでなく、その技術を後世に伝え、残し続けることで組織の一体感を大切に事業承継を行っている。社員の平均年齢は35歳で、若い世代が多く、ベテランが持つ技術を若手に承継する他、若手社員の発案で業界内でいち早くDXに挑戦するなど、風通しの良い社風。社会の一員として当社が必要とされ続けるためにも、一歩を踏み出していける企業であることを目指している。
インタビュー・写真:加藤孝司
2021年度東京ビジネスデザインアワード
デザイン提案募集期間 11月3日(水・祝)まで
応募資格:国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど
応募費用:無料
詳細は公式ウェブサイトをご覧ください
https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/