「デザイン経営」宣言カンファレンス〜15年ぶりのデザイン政策提言についての公開ディスカッション 開催レポート
第1回を6月13日に、そして第2回を7月13日に開催した「『デザイン経営』宣言カンファレンス」。両日とも「産業競争力とデザインを考える研究会」委員の有志が登壇し(第1回と第2回とは少し異なる)、同じ構成で開催しましたが、ここでは第2回の内容をレポートします。
開催日:2018年7月13日(金)18:00-20:00
会場:インターナショナル・デザイン・リエゾンセンター
主催:産業競争力とデザインを考える研究会の有志
共催:公益財団法人日本デザイン振興会
はじめに
経済産業省と特許庁は、2017年7月にデザイナーやデザイン担当役員、経営コンサルタント、学者などが委員を務める「産業競争力とデザインを考える研究会」を立ち上げ、計11回議論を進めてきました。そしてその結果を、去る5月23日に報告書『「デザイン経営」宣言』として公表しました。経済産業省によるデザインを主題とした大きな政策提言は、2003年の「戦略的デザイン活用研究会報告書『競争力強化に向けた40の提言』」以来、15年ぶりとなるものです。
この報告書は、デザインを活用した経営手法「デザイン経営」の手法や効果、並びに「デザイン経営」を推進するための政策提言について整理したもので、日経新聞やTV「ワールドビジネスサテライト」などで報道され話題になりました。
しかし同報告書は、完成版ではなくあくまで序章であり、多くのデザイナーや経営者などとともに問題意識を共有し、討議を始める契機づくりを目的にしたものです。開かれた場をもち、賛同する人も異論を持つ人も一緒に多くの議論を繰り返し、次の章を描く必要があるとして、研究会委員と日本デザイン振興会が連携し今回のカンファレンスが企画されました。
前半は、研究会を通じて浮かび上がった問題意識や報告書の趣旨、そこに込めた思いを、各委員の言葉で解説し、後半は参加者との対話を行い、次のステップを構想しました。
第2回登壇者紹介
産業競争力とデザインを考える研究会 委員の有志の6人
梅澤高明 A.T.カーニー 日本法人会長(ファシリテーター)
喜多俊之 株式会社喜多俊之デザイン研究所 所長
永井一史 株式会社HAKUHODO DESIGN 代表取締役社長 クリエイティブディレクター
長谷川豊 ソニー株式会社 クリエイティブセンター センター長
林 千晶 株式会社ロフトワーク 代表取締役
鷲田祐一 一橋大学大学院 商学研究科 教授
報告書
なぜ今、「デザイン経営」なのか
鷲田さん:
今回、「産業競争力とデザインを考える研究会」の座長を務めさせていただきましたが、研究会設立に当たり問題意識を持っていました。本研究会の前身である「第4次産業革命クリエイティブ研究会」において話題に上がった「高度クリエイティブ人材」が、実際にどのくらい日本にいるかを経済産業省と調査しました。
調査を進めていく中でわかったのは、デザインが産業としてうまく成り立っていないため、「高度クリエイティブ人材」が適切な給与をもらっていないこと、イノベーションに携わるデザイナーが提案するアイディアは、コストが高いため却下されやすい傾向にあることなどが判明しました。
また同時期に特許庁でも「意匠法」について再考する動きがあったため、デザイナーの役割自体を見直す「産業競争力とデザインを考える研究会」を設立しました。
梅澤さん:
「デザイン経営」宣言の「 」には、深い意味があります。単なるデザインの強化、デザイナーの活用ではなく、あくまで今回の提言は、経営者に向けてのものであり、経営においてデザインは、最大のドライバーの一つであるということを提言することが目的でした。
「デザイン経営」宣言の効果とは?
まず、デザイン経営の効果として以下の2つが挙げられます。
①ブランド構築に質するデザイン
②イノベーションに資するデザイン
①と②は、どちらか片方ではデザイン経営の効果ではありません。「or」でなく「and」の思考であるから企業への効果を生み出すのです。
永井さん:
研究会自体、さまざまな思想を持った多様性のある人たちが集まっていたので、意見をすり合わせることに苦労しました。ようやく最後のほうになって、ブランドとイノベーションのベン図が出てきて、参加メンバーの意見を整理することができました。
モノ、コト、プロセスなどデザインの対象も多様性に溢れています。モノの審美性も重要ですが、ビジョンなどのコトやプロセスなども、デザインの大きな役割であると感じています。
林さん:
皆さんに見てほしいスライドがあります。内閣府から出ている2018年5月に内閣府 知的財産戦略推進事務局が発表した「知財のビジネス価値評価検討タスクフォース報告書『経営をデザインする』」の1ページです。
もともと無形資産はデザインの起点になるものですが、有形資産と合わさって企業の資産となるということが、この資料で述べられています。無形資産が与えるインパクトが、どんどん大きくなっているのが世界の動向です。有形無形を分ける必要はなく、デザインの対象は有形無形両方なのです。それが結果としてブランド構築につながり、企業競争力向上につながっていきす。
デザイナーとは、「企業が提供したい価値に人が触れた瞬間を想像してデザインする人」のことだと思います。最後にどうやって届けるかが異なるだけで、その人が何に困っていて、何に価値があるのかを見つけるのもデザイナーの仕事なのです。
なので、今、ビジネスの最上流にデザイナーおく必要があるというのは、デザイナーは常に人の隣にいるから、ユーザー視点でものごとを考えられるからなのです。
日本の大手企業は技術に強みを持っていることもあって、技術ドリブンでしか物事を考えてきませんでした。それは決して間違っていません。しかし今後は、技術ドリブンに加えて顧客ドリブンの両方をやるのが、これからのスタンダードになると思います。
長谷川さん:
「デザインすること」自体の行為こそが、無形資産だと思います。結果として視覚化するから有形資産にもなりますが、答えに導くのが大事です。事業を進めていく行為をしていくこと、過程が無形資産として武器になるのではないでしょうか。ソニーの場合は二つの円の大きさは「=」だと思っています。
喜多さん:
イタリアの場合は「ディセーニョ」と呼ばれ、昔からデザインはとてもマルチなものとして捉えられていました。だからこそイタリアは、世界に出ていくためにイノベーションとしてのブランドを作り、デザイン大国になったのだと思います。
日本は高度経済成長の時に、売上をもとにモノを作っていき、それをデザインと呼んでしまったのが世界と日本との言葉のギャップが生まれた要因の一つではないかと思います。
そのため「デザイン」がわからない経営者が多いのではないでしょうか。まずは私たちが働きかけて、外観のデザインだけが「デザイン」なのではないことを理解してもらうことが必要です。
今や中国はデザインありきの国に成長しています。それは「設計」と書いて「デザイン」と読ませていることにあるでしょう。そのため中国では「設計」の意味自体が正しく認識され広がっており、急激にデザイン国家を目指して発展しています。
私が広東省のデザイン顧問を務めたときは、デザインの導入期でしたが、当時の若い経営者たちには、重要なのはデザインとテクノロジーだということを刷り込まれていたように思います。
梅澤さん:
先日、日中韓のデザインフォーラムを開催し、ハイアール、LGのデザインセンター長たちがパネリストとして参加していました。デザイン経営では、すでに中国の方が日本より先に行っていると実感しました。細かな作り込みではまだ日本がわずかに上かもしれませんが、負けているところもすでにある、と感じましたね。
「デザイン経営」宣言の発表後
ー報告書の公開後、研究会の皆さんの周りではどのような反響がありましたか?
永井さん:
周りからは「つまりどういうこと?中身をちゃんと知りたい」という声を多く聞いたので、まずは宣言の内容を理解してもらうことが重要だと感じました。
経営側というよりも、デザイン関連の人たちからの方が反響がありました。それは、今回の宣言が、デザイナーたちが経営に対して、デザインの有効性が語れる材料になったからなのではないかと思います。
梅澤さん:
「ブランド構築に資するデザイン」と「イノベーションに資するデザイン」の円の大きさは、企業によって、それぞれ大きさを変えても良いものだと僕は考えています。
例えば、マツダの場合はブランドの円の方が大きい戦略。トヨタの場合はイノベーションの円の方が大きい戦略などというように、それぞれ得意な領域を大きくすれば良いのです。同じ業界でも企業によって戦略は変わって良いのです。
林さん:
基本的にはポジティブな反応を多くいただいています。でも、正直なところ、この宣言でどれくらい変われるのか?という危機感を持っている人も多いように感じています。
スタートアップ、中小企業の経営者は、すでに取り組んでいるところも多いので、成功事例をいち早くその企業たちと作っていくのもありなのではないかと思いました。
今回の宣言は「大手企業の経営者向けでしょう?」と思った方もいたのではないかと思います。シリコンバレーなどでも、UXは経営者の仕事であることはもう普通のことなのですが、日本の大手企業の経営者で「デザイン経営」を実践している人に、私はまだ会ったことはありません。
鷲田さん:
日本は、イノベーションを「技術革新」と訳してしまったこともあり、もともとの意味に戻る必要があります。大企業ほどその誤訳のまま使われているので、「うちはR&Dに予算を割いてます」という企業ほど、本質的なイノベーション投資ではないことがあります。
日本国内の20兆円ほどの研究開発費のうち、5兆円が国、15兆円が東証一部大企業(2万社/200万社)です。つまり国内の1%の企業から、90%以上の研究開発が行なわれているのが日本の現状になります。もちろんコスト目線で、大手企業の経営者がデザインを見切ってしまうという経営者視点の話も理解はできますが、その姿勢を変えていくのも私たちの役目なのかと思っています。
デザイン経営の有効性をどう捉えるか?
デザイン経営の実践としての必要要件は、以下の2つが挙げられています。
①経営チームにデザイン責任者がいること
②事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること
ーこれらに関して、皆さんはどうお考えですか?
永井さん:
①は正直、企業によっては重そうですよね。社内だけは難しいこともあると思いますので、デザイン会社に依頼するのもありだと思っています。MUJIのように経営の近くにアドバイザリーボードのような形でデザイナーを招くのもあるのではないでしょうか。
長谷川さん:
企業の中での形がどうあれ、デザインに対して提言する責任者がいることが大事だと思います。「らしさ」を継承する、破綻しないように仕組み化していくのがブランドであり、ブランドの意味を本質的に理解していることが重要です。
社内にある価値観を知っているデザイナーでないといいデザインはできません。その価値観を解釈してアウトプットするという意味で、インハウスデザイナーは重要なのではないでしょうか。Dyson みたいなデザインエンジニアという形ではありませんが、それぞれの企業に合ったデザイナーの形があるはずです。
喜多さん:
デザインの力を若い経営者に理解してもらうために、日本独特の成功事例を示す必要があると思います。イタリアの場合は、アートディレクターは経営者で、外部のビジュアルデザイナー、社内のデザインエンジニアは役割を分担しています。アジアの企業がそれらを学んでいる中で、経営者がどこまでイニシアチブをとるかが重要です。
林さん:
数年やって終了ではなく経営意思として継続していくことが重要だと思います。経営にとってデザインというのは極めて重要で、会社にビルドインしないといけないのです。例えば、私たちがMUJIがかっこいいと感じ続けられるのは、デザイナーが経営にインプットし続けているから、継続性があるからなのです。ちょっといいデザイナーに短期間で依頼するのは、本質ではありません。
梅澤さん:
経営者がチーフデザインオフィサー、チーフブランドオフィサーであって、それを形にできるデザイナーに頼んでいるケースが多いと思います。でもそれができるのは創業者がいる会社です。
また、日本の大企業は、デザインとエンジニアリングが分かれている傾向が強いと感じます。もっとアジャイルな開発プロセスにデザイナーは最初から参加しなくては、デザインが上流から参加することになりませんし、それが普通にならないと。
鷲田さん:
思考停止している企業が多い中で、iPhoneは突然売れ始めました。そうなるとメディアはこぞって、「Apple製品がなぜ売れたのか?」という少々ズレた話をしてきます。「かっこいいから買った」というシンプルな理由が通じず、何かしら理屈をつけなくては説明できなくなっているのです。
林さん:
私は過去に企業でデザイナーとして働いていた際に、数字のロジックをつけたデザインが大失敗したことがあります。最初から「社会をどう変えたいのか、この世界を作りたいからこの商品を作るべきだ」と伝えるべきだったのですが、それができませんでした。その時にデザインは理論で証明できるものではないと実感しました。
デザインをしている中でユーザーの声を聞くべきであって、最後に「どのデザインがいい?」というような形でユーザーの声を聞くのは間違っています。体験する価値全体の中で言語化できないものを形にすることが、デザイナーの仕事だと思います。
梅澤さん:
最近ベストセラーになった『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』(山口周著)では、アートは真善美のモノサシである、自分で定義できるのが企業の理念そのものだとし、経営を突き詰めると美意識に通じるとしています。それがブランディングに繋がるのでしょう。
林さん:
ソニーこそ「ソニーらしさとはなんなのか?」をずっと問われている会社ではないかないかと思うのですが、「ソニーらしさを定義し、デザイナーに浸透することでデザイナーを縛ることはありましたか?」。言葉ではなくてプロセスでソニーらしさが出ているということでも良いのですが、当たり前のようにやっていることが、「らしさ」の再現性につながると思ったのですが。
長谷川さん:
「ソニーらしさ」は明言化していません。なぜなら、ソニーらしさを醸成して、形を作ることを繰り返してきたのがソニーであり、これまでの蓄積で認識を合わせ、暗黙知を醸成してきたのだと思います。デザイナーもエンジニアもその姿勢は昔も今も変わっていません。
ブランドを言葉にしても、それがデザインする時に作用しませんし、作用しにくいのだと思います。デザインの中のフィロソフィーはあるではないかと。
エンジニアとデザイナーが一緒に並走したり、いいアイディアが思いついたから誰かに見せてみよう、ということが普通に企業内で行なわれています。プロセスというよりも企業文化で染み付いているのかもしれません。
永井さん:
僕が過去に一緒に仕事をしてきたAppleやTiffanyもブランドブックはなく、言語化されていませんでした。規定はされていないが、「らしさ」が脈々と受け継がれていて、ブランドって結局人に紐付いているのだと思いました。言語化しないブランディングもあるのだと。
喜多さん:
僕がアクオスをデザインしていた頃、経営者と経営方針が変わり、これまでと同じこだわりを保てなくなると思い、ブランドから離れたことがあります。
梅澤さん:
皆さんの話をまとめると、デザイン文化は人に紐づいているということですね。経営者が変わると継続が難しいという話はよく聞く話ですが、単純に経営者を変えるわけにもいかないので難しい問題ですね。
鷲田さん:
日本は今、AIやIoTが足りないという話が主流ですが、それはSEさんをさらに大量に育成することになります。ただこれまでも産業として成立しなかったSEがすでに100万人いて、情報のデザインができるのは4万人しかいません。これからは情報をデザインできる人が必要なんです。
オーディエンスとのディスカッション
参加者は、休憩中に配布された付箋にそれぞれの気づきを貼り、次のディスカッションに向けて準備をしました。青はKeep、 赤はProblem、緑はTryです。それらを研究会メンバーがまとめ、その内容を全員と共有しました。
青:Keep
*orではなくandの発想がとてもいいと思った
*こういう議論が起こることが重要だと思う
*「デザイン経営」宣言として発信すること自体がいい
*「デザイン経営」というワーディング、概念が発明されてよかった
赤:Problem
*この場に経営者がきていないこと
・経営者にどうアプローチするかを考えていく必要がある
・経営者を巻き込んでいく活動をしていく必要がある
・経済の中心は大企業であるので「デザイン経営」宣言を届ける必要がある
*スタートアップの経営者にスターになってもらい、事例を作っていきたい
*結局人に紐づいてしまい組織の強みになっていないのでは?
*事例の精度が低いのでいい事例の情報を収集していく必要がある
*メーカーとITで、どう「デザイン経営」宣言を作っていくかを考える必要がある
*業界ごと、規模ごとに丁寧に整理していく必要がある
緑:Try
*それぞれの活動の範囲の中で実装されるのかを考えていく
*「デザイン経営」宣言を実践できる人材育成
・ビジネスのストラテジーをデザインに落とし込める人材育成
・課題発見からデザインに落とし込める人たちの人材育成
・デザインとビジネスに強みを持つ人材育成
参加者とのディスカッションでは、ケンブリッジイノベーションセンターのティムさんから海外からの視点で日本をこう語りました。
ティムさん:
日本はディティールを深く考えるデザインができますが、海外はできません。海外から見たら、今でも日本のデザインはよくできていると思います。ですので、日本は「デザイン経営企業がない」というネガティブな発信ではなく、良い事例を発信していく必要があると思います。
皆さんはご存知でしょうか? 日本人は世界の人口1.5%ですが、日本の大手企業は世界の11%です。日本の車、プロダクトはクオリティが高い。つまり、日本は人数よりもいいプロダクトを生み出しています。だから日本の皆さんは自信を持って、前に進んでいただけたら嬉しいです。
最後に、第1回に登壇した委員の1人である田中一雄さん(株式会社GKデザイン機構 代表取締役社長)より、このムーブメントを経済界全体にさらに推し進めていきます、という力強い発言で、閉会となりました。
サポーターの皆さん
グラフィックレコーディングは、ビジュアルファシリテーションチーム[BRUSH]の三澤直加さん、和波里翠さんが手がけてくださいました。
レポートは、Goodpatch Inc.の高野葉子さんがまとめてくださいました。
掲載写真は、ロフトワークさんが撮影したものを許諾を受けて使用しています。
第1回登壇者
梅澤高明 A.T.カーニー 日本法人会長
小林 誠 デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 シニアヴァイスプレジデント
田川欣哉 株式会社Takram 代表取締役、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート 客員教授
田中一雄 株式会社GKデザイン機構 代表取締役社長、公益社団法人日本インダストリアルデザイナー協会 理事長
林 千晶 株式会社ロフトワーク 代表取締役(ファシリテーター)
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