公益財団法人日本デザイン振興会 公益財団法人日本デザイン振興会

[Report] インダストリアルデザインのプロフェッショナリズム

第1回 時代と世代 ~ デザインの神髄はどこに宿る?

公益社団法人日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)では、2014年度より、インターナショナル・デザイン・リエゾンセンターにてビジョン委員会主催による「デザイン思考フォーラム」を6回にわたり連続で開催してきました。今回はJIDAフォーラム、シーズン2 として、インダストリアルデザイナーの「プロフェッショナリズム」をテーマに、「世代と時代〜デザインの神髄はどこに宿る」と題してその第1回を開催しました。開催趣旨は以下の通りです。

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インダストリアルデザイナーという職業が誕生して100年が経とうとしている。この間、デザインの定義は時代の変容とともに大きく変わり、デザイナーの役割も多様なものとなってきた。しかしデザイナーのその根底にあるもの「デザインの神髄」は、なんら変わるものではないのではないか。プロのデザイナーは、日々何を見つめ、何を考え、何と闘っているのか -----。このシリーズは、変わることのないデザイナーの「プロフェッショナリズム」を連続で考察する。

http://www.jida.or.jp/site/information/jidaforum2018

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第1回は「クルマづくり」のプロたち。60代、40代、20代を代表する3名の、忌憚のないトークから、経験値や、働く環境を超えた、熱い思いを確認することができました。カーデザインの産業史と企業内デザイナーの強い使命感。動物的直感をもってモビリティに情熱を燃やすフリーランサー。意志を持ちながらもこれからの人生、待ち受ける環境をしっかり想像しようとする青年。実践をもとにした3世代の報告と討論のかたち。これを次回以降も、フォーラムのスタイルとして展開したいと考えています。


第1回

【登壇者】

60代●御園秀一・みそのひでいち JIDA副理事長/元トヨタ自動車デザイナー


40代●根津孝太・ねづこうた znag design 代表/元トヨタ自動車デザイナー


20代●杉松献理・すぎまつけんすけ 日産自動車デザイナー


【進行役】

●蘆澤雄亮・あしざわゆうすけ 芝浦工業大学/元日本デザイン振興会



      


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〔進行後記:蘆澤雄亮〕

イベント直後の私は、輝く光と深淵の両方を同時に見たような感覚でした。「時代を越えても変わらない普遍的なデザイナーのプロフェッショナリズムとは何か?」を探るべく、世代を越えた方々にパネリストになっていただき開催したこのイベントですが、一方では変わらないものを確信し、他方では変わらないながらも神髄のあまりの奥深さに思わず戦慄してしまった次第です。後記として、イベントの内容を少しだけ振り返りながら、さらには、諸先輩方のお言葉を借りつつ、私が感じた光と深淵について少し書き記したいと思います。

まず、今回は60代、40代、20代の御三方それぞれに、自らの仕事を振り返っていただきつつ、デザイナーのプロフェッショナリズムに関する所見について語っていただきましたが、全員に共通していたことは「人間を見ている」ということでした。それは「ユーザーとしての人間」と「共に製品をつくる仲間としての人間」の両者を指しており、御三方全員がこのことについて述べていました。似たような言葉としては、かつて森典彦先生が1984年に以下のように述べています。 

 デザイン・マインドのある人はすべてデザイナーであるとも言え、人間の側から見て物をつくるイデオロギーを持つ人である。(Industrial Design 126, 1984, 日本インダストリアルデザイナー協会)

また、小池岩太郎先生も1970年に以下のように述べています。 

 デザインはいつも人間とともにある。人間を置き去りにしたデザインはあり得ない。(JIDPOニュース No.2, 1970, 日本産業デザイン振興会)

まさに今回、御三方に共通していた内容と同じ言葉だと思います。つまり、デザイナーは「人間を見つめるプロフェッショナル」であり、イズムとしてこれを考えた場合、人間を上手に見つめるための「自らの流儀」を見出すことにあるのではないかと思いました。

では、もう一方で私が戦慄してしまった「深淵」という問題に話を移してみたいと思います。今回、御三方それぞれに自らの仕事内容について詳細かつ具体的に、時にはメールの内容までつぶさにご紹介いただきながらお話いただきました。その中で「アイデアを生み出す・考える」という点については、御三方それぞれが持つ方法論は大きく違い、ここに共通点を見出すことは中々難しいと感じました。ところが成果物を眺めてみると、どこかに共通したものを感じたのです。恐らくそれはかねてより「美」という言葉で語られているものだと思うのですが、この「美」という問題は、実は極めて難しい話なのだということを今回感じました。

ここで、誤解のないよう「美」という観点について少しお話しておきます。一般的に「美」という言葉が指し示すイメージは「形が美しい」という意味だと思いますが、友情という言葉にも「美しい」という形容詞がつくように、「好ましい」や「快い」という意味合いも含まれます。私はこれまで、諸先輩方が「美」という言葉を使った時に前者のみを思い浮かべていましたが、後者を含めてこのことを考えると、言葉が指し示す範囲が全く変わってしまうことに気が付きました。例えば、川上元美先生の言葉をお借りすると、1998年に以下のように述べています。

 別に美しさを求めているわけではないけれども、目的に合わせてデザインしていく中で、きれいなものが生まれてきます。一種の構造美ともいえるでしょう。(Design News No.243, 1998, 日本産業デザイン振興会)

この時、実は前者の「美」と後者の「美」は全く違う意味なのです。そして、「美」という観点におけるデザイナーのプロフェッショナリズムは、川上先生の言葉では「一種の構造美」という箇所に凝縮されているのです。ところが、この「一種の構造美」というものが一体何なのか?という話を考えると、明快な答えが出ないのです。これが、私が今回戦慄した深淵です。

この問題に対してさらに踏み込むか否か?は実に迷うところではありますが、ひとまずの後記としてはこの辺りで一度、幕間とさせていただければと思います。


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JIDAフォーラム「インダストリアルデザインのプロフェッショナリズム」 

 第1回「世代と時代〜デザインの神髄はどこに宿る」 

日時:2018年2月16日(金) 18:30〜20:30

会場:インターナショナル・デザイン・リエゾンセンター

主催:(公社)日本インダストリアルデザイナー協会  ビジョン委員会

協力:(公財)日本デザイン振興会

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