テーマ企業インタビュー:株式会社富士産業
2023年度東京ビジネスデザインアワード
「東京ビジネスデザインアワード」は、東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションです。
企業の持つ「技術」や「素材」をテーマとして発表、そのテーマに対する企画から販売までの事業全体のデザイン提案を募ります。2023年度は、テーマ11件の発表をおこない、10月30日(月)14:00までデザイン提案を募集中です。本年度テーマに選ばれた11社へのインタビューをおこない、技術についてや本アワードに期待することなどをお聞きしました。
テーマ:職人技で古美色を再現する「硫化燻し加工技術」
金属加工のスペシャリストとして50年以上の歴史を持つ富士産業。もともとは金属問屋として創業したが、徐々に切断した金属のバリ取りや穴開けなど二次加工にも着手。付加価値の高い仕事に取り組む体制を整えていく過程で、銅や真鍮の経年変化を自在にコントロールし「得も言われぬ渋み」をもたらす硫化燻しエイジング加工と、真鍮の溶接による組み立てという独自技術を確立した。今後はデザイナーとのコラボレーションで新たなプロダクトを生み出すなど、硫化燻しエイジング加工の可能性のさらなる拡大に取り組むという同社に、これまでの取り組みと独自に確立した硫化燻しエイジング加工の技術について聞いた。
お話:代表取締役社長 杉本秀樹氏
■創業50年以上の「金属加工のスペシャリスト」
――東京・葛飾で1969年に創業し、かれこれ50年以上も金属加工を手がけられてきたのですね。
もともとは、銅、真鍮をはじめアルミやステンレスなど非鉄金属全般を扱う金属問屋でした。私は1997年に19歳で富士産業に入社しましたが、当時は加工といってもシャーリングマシンで金属の板を切断(シャーリング)するのが中心で、切断した金属の板をお客様に納めていました。いわば切って納めるだけの「材料屋さん」だったのですが、それだけでは価格や納期だけでしか他社と差別化できません。何か付加価値が必要だと考えて、切った金属板やパイプの切断面を綺麗に整えるバリ取り加工などの二次加工を手がけるようになりました。
最初にサンダーという研磨工具を中古で購入し、金属の切断と同時にバリを取って綺麗に仕上げてから納品したら、それが好評で材料代だけでなくバリ取り代もいただけるようになりました。それで得たお金で次に中古のドリルを購入して「バリ取り+穴開け」の仕事を受注するなど、少しずつ付加価値の高い仕事へとシフトしていったのです。
――今では二次加工だけでなく、例えば真鍮のボールペンやベルトのバックルなど製品まで作っています。
はい。真鍮のキーホルダーのような小さいものから大型のテーブルまで、受注生産で手がけています。当社のホームぺージで、素材を知り尽くした「金属加工のスペシャリスト」と謳っているように、金属加工に強みがあるのが当社の特長です。
金属加工の技術は、私が駆け出しの頃に材料を納めていた金属加工屋さんから教わりました。20代前半だった私は当時、職人さんたちから可愛がってもらい、材料を納める仕事の合間にヘラ絞りや溶接など、さまざまな技術を教えてもらいましたね。
■真鍮の経年変化を自在に制御し「得も言われぬ渋み」を醸し出す
――今回のテーマである、真鍮の「硫化燻し(りゅうかいぶし)」によるエイジング加工も、御社の強みである金属加工の一環ということですね。どのような技術なのですか。
銅や真鍮で作られた装飾品や器、古いヨーロッパ調家具の取手(とって)、ドアノブなどを思い浮かべていただきたいのですが、経年変化によって渋みのある風合いや重厚感、高級感が醸し出されているものを目にしたことはありませんか。日本では神社仏閣の銅葺きの屋根に緑青(ろくしょう)が吹いているのを見たことがあるでしょう。
ああいった「得も言われぬ渋み」をもたらす経年変化を再現できるのが硫化燻しや古美色(ふるびしょく)と呼ばれるエイジング加工の技術です。真鍮にヴィンテージ調やアンティーク調など、さまざまな風合いを自在に表現できるようにしたのが当社の技術の特長のひとつです。
――そういえば、家具の量販店などでドアノブやクローゼットの取手、電気スタンドの金具、植木鉢カバーなどでも渋い色合いのものを見たことがあります。ああいったものですか。
残念ながら、それらはほとんどが鉄やプラスチックの製品に「硫化燻し風」の塗装やメッキを施したもので、当社の硫化燻しエイジング加工とは根本的に異なります。当社の技術は、本物の真鍮に「経年変化を促進させる」加工を施しています。本物の真鍮であることが、まずは全く異なる点です。
当社では、10年が経過した風合いに加工したものをローヤル、30年が経過した風合いをヴィンテージ、100年以上をアンティークと呼んでいますが、例えば、ヴィンテージ調に加工したものなら、その後も31年目、32年目というような感じに経年変化が継続して起こっていくのです。これは本物の真鍮を使っているからこそです。本物の真鍮の経年変化を自在に促進させることができ、しかもその後も経年変化が継続し、使い続けることで風合いや重厚感、高級感がさらに深まっていく、それが当社の硫化燻しエイジング加工なのです。
――ということは、アンティーク調の加工をお願いすると「100年以上が経過した」ような風合いの真鍮製品を手にすることができ、さらに使い続けると、言ってみれば110年後とか120年後の経年変化を楽しめるということですね。なんかロマンを感じますね。
それだけではありません。当社の硫化燻しエイジング加工の特長は、例えば「10年よりは長いが30年よりは短い感じ」、「50~60年くらいの渋み」など、風合いや色合い、経年変化の度合いを自在にコントロールできます。
さらに、真鍮の取手やバックルなど小型の製品だけではなく、大型の板なども扱えること、そして硫化燻しエイジング加工を施した真鍮の板などを溶接して組み立てることもできます。経年変化の「風合い・色合いを自在に操れる」、「大型のものを扱える」、「溶接できる」という3つのことを同時にできる技術を備えているのは世界的にも当社だけではないかと自負しています。
■独学で「失われつつある技術」だった硫化燻しを習得
――そもそも硫化燻しエイジング加工に取り組んだきっかけはどのようなことだったのですか。
さきほど、私が駆け出しの頃に金属加工屋の職人さんから技術を習得していったお話をしましたが、ちょうどその頃に当社のホームぺージのお問い合わせフォームに、東京・六本木にある格式高い天ぷら屋さんから「神社仏閣に使われている銅金具のような風合いの高級感のある天ぷらガードを作りたい」という相談をいただきました。当時は私自身の知識や技術力が不十分で、いろいろと調べたところ硫化燻しという技術を用いればできるとは思いつつも、そのやり方はよくわからず、もちろん経験もありませんでした。
硫化燻しの技術は新しいものではなく古くからあるもので、当時もその技術を持つ職人さんたちはいましたが、多くは高齢で技術継承が進んでなく、インターネットなどで調べても情報は限られていました。「失われつつある技術」だったのです。そこで、とにかく情報を得ようといろいろな図書館に通い詰め、漢字だけ書かれているような古い時代の金属加工の文献や専門書をあたり、銅の硫化燻しに使われる薬品などを徹底的に調べました。そして、それらの薬品を買い求めては実際に硫化燻し加工をやってみるという試行錯誤を1年間ほど繰り返しました。
――1年間も……。それだけ長い間、天ぷら屋さんが待ってくれたのは、御社にしかできない技術だったから、他に依頼できるところがなかったからですかね。
天ぷらガードは大きなものなので、溶接や組み立てまでができないとなりません。真鍮ではなく銅で作るのですが、それでも硫化燻し加工、溶接、組み立てとすべてできる可能性があるのは当社だけだったのではないでしょうか。
そして、1年間の試行錯誤の後、燻し加工をした天ぷらガードを作って納品したら、「想像通りの良い風合い、高級感もある!」ととても喜んでいただけたのです。これが、銅の硫化燻しエイジング加工を始めたきっかけで、それから硫化燻し加工の世界にどんどんハマっていきました(笑)。
その後、「銅の硫化燻し加工できます」とSNSなどで発信していたら、「真鍮の燻し加工はできますか」と新たな問い合わせがきたのです。それが、真鍮の硫化燻しエイジング加工に取り組んだきっかけでした。真鍮は銅と亜鉛の合金ですが、亜鉛が含まれていることで銅と比べると綺麗に風合いをだすことが格段に難しくなります。溶接による組み立ても、溶接部分が高温で泡立ってブツブツとなってしまうなど、綺麗に仕上げることが難しいのです。
――そこで、また粘り強く、試行錯誤を繰り返したのですか?
はい。硫化燻しとは簡単に言うと、銅や真鍮を硫黄成分と反応(化合)させる加工技術です。硫黄成分を含んだ薬品に銅や真鍮を浸けて、それを重曹などで洗って(中和させて)、また浸けてという工程を繰り返します。銅ではこうした工程を「染める」と呼ぶくらいにうまくいくのですが、真鍮ではとても「染める」ようにはいきません。
真鍮をそのまま薬品につけても、車のボディにワックスを塗って雨が降った後のようにはじかれてしまうのです。あれこれと試行錯誤しながら、ある下処理をすると、「べたっ」とした感じになり、薬品の反応の馴染みが良くなることを突き止めました。あまり詳しくはお話しできないのですが、「ひと皮剥く」ような下処理をすることで、真鍮でもうまく染めることができるようになったのです。下処理をして薬品に浸けて洗うという作業を繰り返すことで、真鍮でも経年変化の風合いや色合いを自在にコントロールできるようになりました。
■昔の硫化燻しの技術をさらに進化させて現代に蘇らせる
――風合いや色合いを自在にコントロールできることと合わせて、「大型のものを扱える」こと、「溶接できる」のが御社の強みとのことでした。
硫化燻しの加工法には乾式と湿式があります。乾式はグラファイトの粉を乗せて釜に入れて焼き付け、その粉をホウキで履き、風合いや色合いをコントロールしていくというやり方です。
個人的な好みもあるとは思いますが、乾式よりも湿式のほうがリアルな経年変化の風合いや色合いに近いもの、実際に10年、30年と経年変化をしたものに「より近い風合いや色合い」を出せると感じていて、当社の技術も「薬品に浸けて重曹で洗う」と説明した通り、湿式です。
ただし、湿式だと大型のものを扱うときに、それを浸けられるだけの大きさの薬品槽が必要になり、ムラなく浸けるのにもひと苦労です。そこで、大型のものは乾式で扱うのが常識だったのですが、当社では、これも詳しくはお話しできませんが「特殊な加工方法」を編み出して、3メートルほどの真鍮の板を湿式で硫化燻し加工することに成功しました。
また、真鍮の溶接では、溶接部がブツブツと泡立ってしまうのを防ぐために、アルゴン溶接の際の溶接の火花を出す電極の針の素材を変えたり、電極を動かすスピードを微妙に調整したり、これも試行錯誤を繰り返しました。
溶接屋さんからは「真鍮の溶接? 無理ムリ。綺麗になんてできっこないよ」と言われ続けていましたが、言われれば言われるほど「できないわけはない」「やってやる!」という気持ちが強くなりました(笑)。私は溶接のプロではないので逆に常識にとらわれずにあれこれと試せたのが良かったのだと思っています。真鍮の溶接技術を得たことで、3メートルほどの大きな真鍮の板などを溶接して、重厚感や高級感のある真鍮製テーブルも作りました。
今では、真鍮の硫化燻しエイジング加工の魅力に取りつかれ、その魅力を広めるためのプロダクトをいろいろと作り、SNSにもアップしています。それを見たさまざまな人たち、例えば企業の商品企画の担当者、プロダクトデザイナー、量販店のバイヤーの方々などから、「この真鍮製品をヴィンテージ調にして」、「もうちょっと濃い色合いのアンティークに」など、まるで年代物のワインを取引しているかのようなリクエストや注文が入るようになってきています。
――風合いや色合いを自在にコントールできる、大型のものも湿式で扱えるなど、昔の硫化燻しの技術では到底できなかったようなこともできるようになっています。昔からあった技術とのことですが、それがさらに進化して今に蘇っている、そんなように思えるのですが。
その通りです。昔からある硫化燻しの技術ですが、まずはそれを今に蘇らせるために古い文献をあたり研究と試行錯誤を繰り返しました。その過程で生み出されたのが当社独特の硫化燻しエイジング加工の技術です。
これは単純に過去の技術を再現しただけではなく、例えば風合いや色合いを自在にコントールできる、大型のものを湿式で扱えるなど、過去の技術をさらに進化させたものなのです。
■「時空を超えて生き続ける」硫化燻しエイジング加工とデジタルの融合を
――お話を伺っていると、図書館に通って古い文献をあたったり、1年間も試行錯誤を繰り返したりと、とても粘り強く困難に立ち向かっていく、その歩みを止めない姿が思い浮かびました。杉本さんは、そんなご自身の性格はどのように考えていますか?
ひと言で示すと「反対されればされるほど燃える」そんな性格だと思っています。「人がやらないこと」や、人から「できっこないよ」と言われたことがあると、真っ先に「やってみないとわからないだろう」という気持ちが頭をもたげてくるのです。
実際、当社に依頼されるお客様には、「他社で断られた」企画、アイデア、素材やモノを持ち込んで来られるお客様も多くいらっしゃいます。「他社で断られた」、「無理だと言われた」と聞くと燃えてきますね(笑)。ただ、当社は大手企業ではありませんので、あまり大風呂敷を広げず、今は真鍮の硫化燻しエイジング加工の製品に絞って、付加価値の高い加工サービスを提供していこうと考えています。
――どんなデザイナーとコラボレーションをしていきたいとお考えですか。
これまでいろいろとデザイナーと仕事をしてきた中で、売れる商品や世の中に評価される商品のデザインには、必ずと言っていいほど「熱量」を強く感じました。デザイナーの方々が熱量を持って取り組んでいることもあれば、プロダクトそのものが内側に熱量を秘めていることもありました。ですからデザイナーの方々とは、そんな熱量をぜひとも共有させていただきたいと考えています。
メールやオンラインだけであれこれとやり取りするのではなく、やはり必要に応じては直接にお会いさせていただき、話しをして「同じ温度感」でモノ作りをしていきたいと考えています。さまざまなアイデアに対して「これはいいね」、「あれはイマイチ」と言いながら、現場で一緒に取り組んでいける、そんなデザイナーの方々と出会いたいと期待しています。
――具体的には、どのようなプロダクトを生み出していきたいとお考えでしょうか。
真鍮に硫化燻しエイジング加工が施されたプロダクトは、これまでアナログな職人の手加工による品物が多かったように思います。そこで、例えば電子機器の筐体などアナログの技術で生み出される筐体と、その中に組み込まれるデジタルとが融合してひとつのプロダクトとなるようなイメージのものを作ってみたいと思っています。
アナログとデジタルの融合での新たな化学反応に期待しています。それ以外にもアイデアは膨らみ、例えばイメージ的にはインテリア雑貨などの市場に向けた、置き時計や掛け時計なども面白いと感じています。
――最後に、「東京ビジネスデザインアワード」に期待していることを教えてください。
当社のような金属加工屋にとって、現場で手を真っ黒にして仕事をしている人たちにスポットライトが当たる場が「東京ビジネスデザインアワード」ではないかと思っています。当社の、本物の真鍮に硫化燻しエイジング加工を施せる技術は、今、とても希少な技術です。若いデザイナーの中には、「硫化燻し加工は鉄やプラスチックに塗装したもの」だと思っている方々も多くいるでしょう。とても残念なことです。塗装しただけの硫化燻し風の製品は使い終わると廃棄物になってしまいますが、本物の真鍮に硫化燻しエイジング加工をしたものは、リサイクルできます。10年、30年、100年以上という経年変化を自在に与えられて、しかも、近い終わった後にはリサイクルもできる、時空を超えて生き続けるようなそんな技術があることをこの「東京ビジネスデザインアワード」を通じて知っていただき、そこに共感してくださるデザイナーの方々とぜひ出会いたいと希望しています。
インタビュー:株式会社タンクフル 下玉利尚明
写真:加藤孝司
株式会社 富士産業(葛飾区)
テーマ:職人技で古美色を再現する「硫化燻し加工技術」
企業HP:https://www.fujisanngyo.co.jp/
各テーマの詳細はこちら:https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/#design_theme
2023年度東京ビジネスデザインアワード
デザイン提案募集期間 10月30日(月)14:00まで
応募資格:国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど
応募費用:無料
詳細は公式ウェブサイトをご覧ください