テーマ企業インタビュー:株式会社マイステック
2022年度東京ビジネスデザインアワード
「東京ビジネスデザインアワード」は、東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションです。
企業の持つ「技術」や「素材」をテーマとして発表、そのテーマに対する企画から販売までの事業全体のデザイン提案を募ります。2022年度は、テーマ10件の発表をおこない、10月30日(日)までデザイン提案を募集中です。本年度テーマに選ばれた9社へのインタビューをおこない、技術についてや本アワードに期待することなどをお聞きしました。
テーマ:医療器械職人の手加工技術
ものづくりの世界は言うまでもないが奥が深い。医療の世界で医者が使う手術道具にメスやハサミなどがあるが、これらは医療用鋼製小物と呼ばれ、このものづくりの世界もまさに職人による手加工技術が支えていた時代があった。その職人によるものづくりの価値を改めて見直し、技術の伝承と職人の育成に努める小さな会社がある。株式会社マイステックの金井しのぶ氏が目指す職人とものづくりの素晴らしさについて話を聞いた。
お話:代表取締役 金井しのぶ氏
■医療用鋼製小物というものづくりの世界
――御社の創業の経緯を教えて下さい。
株式会社田中医科器械製作所という100年以上の歴史を持つ医療用鋼製小物をつくる町工場に30年ほど勤めたのち2018年に独立しました。
――なぜ独立だったのでしょうか?
前職では営業として多くのドクターに様々な手術器械を提供することで微力ながら医療に貢献できたと自負しています。営業部長兼経営企画室長を退任するにあたり、このまま会社に残るよりも、大きく成長した会社ではできにくくなった小さな仕事などを引き受けることで、長年お世話になった古巣はもとより業界に恩返しができないかと思ったのが独立のきっかけです。収益事業というよりは業界振興に一役買えたらという思いを持っていました。
――今回拝見して、お医者さんが使う手術道具が専門の職人さんの手でひとつひとつ、作られているものであることを知って驚きでした。
医療機器にはハイテクで大型の医療機器と、ドクターが手で持って使う手術器械があり、弊社では後者の手術器械、つまり、メスやハサミ、鉗子などをつくっています。嘗ての手術器械は職人が手加工でつくるものがほとんどでした。東京近郊にはたくさんの医療器械職人がいましたが、手術手技や製造技術の変化や法的要求事項の厳格化により、昔ながらのものづくりがしにくい環境になってきたことでその数は減少の一途をたどっています。
――金井さんは昔ながらの製造方法の良さをご存知だからこそ、その良さを残すために会社を立ち上げたのですね。
そうですね。私のキャリアは田中医科器械製作所に入社して以降、ずっと営業で、ものづくりのセンスは少しもないのですが、職人がそばにいてくれたおかげでドクターのお役に立つことができたと思っています。だから私は職人の技術に感謝しているんです。
――機械による量産化が中心のこの時代に、ひとりひとりのお医者さんと患者さんに寄り添ったものづくりですね。
ドクターの使う手術器械は多品種少量生産の世界です。手術の方法が変化し、昔ほどの需要はないにしてもゼロになってしまったらドクターが困るのではないかと思うのです。小さな規模でもいいので医療器械職人の手加工技術は残していこうと思っています。
■手と目が磨き上げる職人技
――医療用鋼製小物にはどのようなものがありますか?
ハサミ、鉗子、メス、ピンセット、開創器など、文字通り手術で使う金属で作られ小さな道具です。用途としてはドクターの手の代わりとなって患部を開いたり、切ったり、把持したり、縫ったりします。
――御社で手がけられた道具を拝見して、金属ならではの質感もそうですが、道具としての機能が目に見える形でつくられた美しさが印象的です。
ありがとうございます。手術器械はそれぞれの目的に対し究極に機能的である必要があるからかもしれません。それに手術器械に限らず道具としての機能的な美しさは日本の職人ならではですね。医療器械職人がつくる製品はドクターの手に馴染むよう角を落とし、手と目で確認しながら丁寧に磨きあげて仕上げます。それに使うたびに洗浄・滅菌をしますので、無駄な凹凸は錆の発生や不衛生に繋がります。
――同じ用途の器械でもサイズや種類が多くあるのはなぜですか?
患者さんの体格や治療する部位、ドクターの手を大きさや力の強さ、手術の方法などがさまざまだからです。一方でそれぞれの器械の生産本数は多いものでも年間数百本、少ないものでは1~2本というものもあります。この程度の量は機械による大量生産には向きませんので、こうした器械を供給しつづけるためには職人の手加工技術を残す方が実は効率的なのだと思います。
――医療用鋼製小物はどのような工程でつくられるものなのでしょうか?
ムトンと呼ばれる鍛造材料を医療器械職人がヤスリとハンマーを使って目的の形状を作ります。その後、焼き入れ(熱処理)や磨き(鍍金)などの工程を経て、職人が最終仕上げ(調整や刃付け)を行って完成します。
――大切な命を最も近いところで預かるのが手術器械だと思うのですが、そのものづくりのどんなところにやりがいがあり、また難しいことがあるとお考えですか?
やりがいについては言うまでもなくケガや病気で困っている方のお役に立てるということです。難しいのは、図面にはあらわせられない切れ味や調子を出す技術です。金属製の道具でありながら扱うのはやわらかな人間の体です。胃や腸などの臓器を掴む道具はやさしく把持し掴んだものを離さない、離すときにスッと離せるように作らねばなりません。その微妙なところを感覚で身につけて調整できるのが職人の技で、これは機械ではなかなかできないことだと思います。
――お話を伺って製造工程も少し拝見させていただき、まさに金属工芸のようなもので、指示書通りに仕上げるいわゆる工業製品とは少し異なる印象を持ちました。
客先から図面はありますか、と聞かれることがあります。ありませんと答えると怒られることがあります(笑)日本の外科治療の歴史はシーボルトが日本に西洋医学を持ち込んだことで本格的に始まりました。西洋医学で使われるメスやハサミ、鉗子などの手術器械は、幕末に職を失った刀鍛冶が製造したそうです。西洋のものまねから始まった技術ですが、日本式のものづくりの技を取り入れながら、日本独自の道具に進化してきた歴史があるんですね。
■“医療”をキーワードに、出会いの場を目指して
――それだけ素晴らしい日本製の手術器械ですが、日本の包丁が海外の料理人にも知られるように、日本の職人が作る医療用鋼製小物も海外での需要はあるのではないでしょうか?
日本の医療機器メーカーでも一部海外展開しているところもありますが、私どもでつくるような手加工の医療用鋼製小物は、需要があってもつくる人が少ないので海外に輸出するほどの生産量がないのが現状です。逆に日本製に比べて半額以下の安価な海外製品がどんどん日本に入って来ています。国内の病院で使われている鋼製小物の8割以上が海外製のものであるといわれています。おっしゃっていただいたことは、今回のビジネスデザインアワードへの応募動機のひとつでもあって、日本製の医療機器の高い技術を広く知っていただくことで、海外のドクターにも使っていただける機会を創出することも模索中です。
――なるほど。現在御社の製品はどのようなところに流通していますか?
病院や医師から直接ご依頼いただくこともありますし、医療機器メーカーからご依頼をいただくこともあります。一般的な商流とすれば、職人がつくり、医療機器メーカーが小売店へ販売、そして病院へという流れは昔から変わりません。弊社も医療機器メーカーとして自社製品を販売しています。職人とものづくりをしながら、同時に機械加工メーカーさんと協業しながら、量産型の製品開発も行っています。
――ハンドルの一部を色分けしたオリジナルの製品がありますが、これはどなたのアイデアですか?
これは弊社がある工場と一緒に開発した製品ですが、デザイナーと協働しました。先程も言いましたとおり一つの手術に同じ形状で複数の異なるサイズの器械が必要になることがあります。それをナースが目視で確認し、手術を執刀するドクターに手渡す作業が何度となく行われます。サイズごとに色分けすることでその作業が容易になりますし、ミスを未然に防ぐことにつながると思い開発しました。今回のアワードでもデザイナーさんやプランナーさんなどに私たちでは思い浮かばないようなアイデアをいただきながら、そうした工夫を取り入れることで現場の役に立つ道具を開発できればと思っています。
――改めて今回の応募動機を教えて下さい。
業界に長くいることは知識が増えたり、課題が見えてきたり、良いこともあるのですが、知らず知らずのうちにこれはこういうものだという固定概念にとらわれてしまうところがあります。今回デザイナーさんやプランナーさんに、手術器械と職人の手加工技術を見ていただいて、まずはいろんな疑問やご意見をいただき、それを今後のものづくりに反映したいと思いました。
――これらの技術を広めるために自社でこれまで取り組んできたことはございますか?
この技術の維持・継承について検討するための研究会を立ち上げたり、この技術の現状を知っていただくために業界誌に特集記事を掲載していただいたりしました。ですが、どうしても業界内にとどまってしまい、その先に伝えることができずにいるのが現状です。
――現在、御社の共同工場に職人さんは何名いますか?
現在2名で、11月にもう1名入居します。驚いたことにドクターやナースなどからも入居したいという声をいただいています。
――現状の課題を教えてください。
医療器械職人の手加工技術は、特殊な手術をするためにどうしても必要な一点ものの器械をつくるためや新しい手術手技のための試作機をつくるためには残さなければならないと考えています。大げさに言うと我々の健康や命のための安全保障政策だと思っています。ただ、この技術が残るため、職業として残すためには職人さんが稼げなければなりません。そのためには日本製の手術器械を買ってもらうこと、技術に見合う価格で買ってもらうことへの理解を広めたいと思っています。
消費者目線で思うことはいろいろあるのですが、私だけでは的確な方法がわかりません。そのためのプロモーションの仕方についても一緒に考えてくれる方と出会えたらと嬉しいです。
――どんなジャンルの人と出会ってみたいですか?
このノスタルジックなテーマをビジネスとして持続可能な事業にするための方法についてご助言いただける方でしょうか。私は“想い“は誰にも負けないくらいにあると自負しているのですが、経営面での戦略がしっかりしないままにいわば慈善事業的な活動になってしまっています。いま考えていることやこれまでやってきたことを整理していただける能力をもっている方と出会いたいです。
――まずは長年のネットワークや、金井さんが出来ること、やりたいことが整理する。その段階で新たなプロダクトの開発が必要になったらプロダクトデザイナー、ウェブサイトリニューアルが必要になったらグラフィックデザイナーをと、その時どきでリアルな場やウェブ上に落とし込んでいくチームづくりとビジネスデザインができるプランナーのような存在でしょうか?
そうですね。限定はしたくはありませんので、いろいろと柔軟に考えていただける方とお会いできればと思います。私は人から、脳みそがつま先についていると言われることがあるくらい、考える前に歩き始めてしまう性格です(笑)。弊社が入居している建物にはまだまだ使い切れていないスペースがたくさんあります。今は若手医療器械職人のための賃貸スペースとなっていますが、将来的には“日本の医療をつくる”色々な人たちのための出会いの場にしていきたいと思っています。それに一般の人にもものづくりの様子を見てもらえるように、人が集まることのできるカフェスペースなんかを作ってもいいかもしれません。これまで五月雨式に物事に取り組んできたところがあります。一緒に戦略を練って下さる方がいると嬉しいです。私は営業ですので外向きの売り込みは任せて下さい。
――金井さんの営業力は、モノや技術を伝える上でデザイナーにとっても心強い存在だと思います。御社はこの場所を拠点に職人さんと一緒にものづくりされながら、場を開こうとされているところがユニークだと思います。いろんな意味で「場」をひらくことで可能性が広がると思います。
まだまだ始まったばかりですが、医療器機職人の手加工の技術と医療をキーワードに幅広い方たちが集まることでここが新しい日本製の医療機器を生む場になったら素晴らしいです。ここでの取り組みが実際の医療の現場で役に立てればと思います。今は、ドクターとその治療を必要としている患者さんのための手術器械をつくるのが私たちの仕事です。また、こうした新しい活動に対しては色々な意見があることはわかっています。業界の中にもこの技術が消滅に危機にあり何とかしなければと考えている方はたくさんいらっしゃいます。ただ考えている内にベテラン職人さんは全滅してしまいます。とにかく何かやってみなきゃという思いで取り組んでいます。
株式会社マイステック(北区)
テーマ:医療器械職人の手加工技術
各テーマの詳細はこちら:https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/#design_theme
インタビュー・写真:加藤孝司
2022年度東京ビジネスデザインアワード
デザイン提案募集期間 10月30日(日)まで
応募資格:国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど
応募費用:無料
詳細は公式ウェブサイトをご覧ください