テーマ企業インタビュー:株式会社アスペクト
2023年度東京ビジネスデザインアワード
「東京ビジネスデザインアワード」は、東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションです。
企業の持つ「技術」や「素材」をテーマとして発表、そのテーマに対する企画から販売までの事業全体のデザイン提案を募ります。2023年度は、テーマ11件の発表をおこない、10月30日(月)14:00までデザイン提案を募集中です。本年度テーマに選ばれた11社へのインタビューをおこない、技術についてや本アワードに期待することなどをお聞きしました。
テーマ:試作から最終製品までを1台で任せられるハイエンド3Dプリンター
アスペクトは、国内唯一、世界でも3社しかないという樹脂粉末を材料としたハイエンド3Dプリンターのメーカーだ。樹脂粉末をレーザー光で溶かして立体成型するパウダーベッドフュージョン(PBF)という独特の手法のハイエンド3Dプリンターで、それを使って微細で複雑な形状の試作品や最終製品も手掛けている。「3DCADの設計データにさえ落とし込めれば、人が想像できる形状のモノなら、全て作り上げることができると考えている」という同社に、ハイエンド3Dプリンターの特長や魅力、そして可能性について聞いた。
お話:取締役 早野洸揮氏
国内唯一、世界でも3社しかないハイエンド3Dプリンターの製造会社
――御社は、国内唯一の樹脂粉末を材料としたハイエンド3Dプリンターのメーカーと聞いています。世界でも数社しかないようですね。
はい。3Dプリンターのメーカーは国内にいくつもありますが、パウダーベッドフュージョンの装置を開発しているのは当社だけです。3Dプリンターとはどんなものか、みなさんだいたいイメージはつくと思うのですが、まずは作りたいモノを3DCADで設計して、その3DCADの設計データを「薄くスライスした」何枚もの2次元データにして、それを1枚ずつプリントして積み重ねていくことで、複雑な立体形状を作り上げる装置です。
「薄い層を積み上げる」というのが基本的な原理で、これは全ての3Dプリンターに共通することです。ただし、薄い層を作るのには、いくつかの方法があります。液体樹脂に2次元データの通りに紫外線レーザー光を当てて硬化させ、それを積み上げていく「光造形法」や、粉末材料を2次元データの通りに接着材を噴射して固めていく「インクジェット法」など、正しく分類されているのは7種類もあります。このことは、あまり知られていないかもしれませんね。
それぞれ、光造形法の3Dプリンター、インクジェット方式の3Dプリンターなどと呼ばれますが、その中でも当社は「パウダーベッドフュージョン(PBF:粉末床溶融結合)」という方法のハイエンド3Dプリンターの国内唯一のメーカーです。PBFの3Dプリンターのメーカーは、当社以外にはドイツとアメリカに1社ずつ、「世界でも3社しかない」と言われています。
――国内唯一、世界でも3社とは、それだけでもかなりのオリジナリティというか、技術力があるのだろうなと容易に想像がつきます。
技術力は、まさに当社の強みですね。具体的に説明すると、まずは、「ハイエンド3Dプリンターを作れる」という技術力です。PBFのハイエンド3Dプリンターは作るのに必要な技術の要素が多すぎて、他社では手がけられないと考えています。当社は1996年の設立ですが、当初はハイエンド3Dプリンターのメーカー・DTM社の日本向け販売代理店でした。販売するだけではなく、ハイエンド3Dプリンターの調整やメンテナンスなども手掛ける中で、PBFに関する技術を蓄積していきました。そして、2001年に代理店契約が終了したのを契機に、独自の研究開発に取り組み、3年以上の研究開発期間をかけて、2006年に第一号機を発売しました。こうした経緯があって、当社は、他社にはできないハイエンド3Dプリンターの製造技術を持つことができたのです。
もうひとつは、そのハイエンド3Dプリンターを使ってさまざまな試作品や高機能部品、微細で複雑な形状の部品などを製造できるという技術力です。つまり、当社はハイエンド3Dプリンターのメーカーであると同時に、それを使った試作品や最終製品のメーカーでもあるのです。高い技術力で装置も、装置を使った試作品や最終製品まで作れるのが当社の独自性だと自負しています。
■3DCADの設計データを作れれば、「人が想像できる形状のものなら、全て作り出せる」
――なるほど。今回の東京ビジネスデザインアワードにエントリーされたテーマも「試作から最終製品までを1台で任せられるハイエンド3Dプリンター」となっています。ようするに、国内で唯一「ハイエンド3Dプリンターを作っている」だけではなく、それを使って「微細で複雑な形状の試作品も最終製品も作れる」、そこをアピールしたいのですね。
特に先ほどご説明したように、当社のハイエンド3DプリンターはPBF(粉末床溶融結合)という、樹脂の粉末を溶かして作り上げていくという独特の方法の3Dプリンターです。他の方法ではできないような複雑な形状のものも作れます。PBFの特長を示すと、まずは扱える材料の種類が金属、樹脂、セラミックと多いことです。このうち当社では、樹脂だけを扱っています。樹脂だけと言っても使用可能な材料が17種類もあって、そのうち世界で当社しか扱えない材料が9種あり、国内で当社だけが使用できる材料が4種類あります。
扱える材料が多いということは、試作品や最終製品づくりで極めて大きな意味を持ちます。樹脂には、航空機や車、機械の部品にもなるエンジニアリングプラスチックをはじめ、200℃以上の高温にも耐えられるスーパーエンジニアリングプラスチックなど、耐熱性や耐摩耗性、耐久性、耐靭性といった機能を持ったプラスチックがいくつもあります。そういった特殊な機能を備えた材料を使って、試作品や最終製品を造ることができるのです。
――高機能な試作品や部品を作れるのですね。微細で複雑な形状のものとは、例えばどんなものでしょうか。
4センチ角の立方体をイメージしてください。その立方体の各面は4センチ角の正方形の板ですよね。その板が非常に細かい網の目になっているもの、つまり超微細なメッシュ状の立方体などを作れます。
しかもそれだけではありません。その立方体の中に小さな球体が入っていて、立方体を振ると鈴のように音がする、そのようなものを作れます。ただ作るだけなら、メッシュ状の正方形を作って張り合わせて箱を作り、最後に小さな球体を中にいれて閉じればできるでしょう。しかし、6枚の板を作って張り合わせる方法だと当然、接合面ができてしまうし、接合時にごくわずかでもズレが生じる、あるいは接合時に熱を加えたら熱で微妙に変形してしまうかもしれません。
ところがPBFの技術のすごさは、この形状を薄い層を積み上げていく方法で一体的に作れてしまうのです。どこにも接合面はなく、3DCADの設計データの通りに、ズレや変形のない、まさに「寸分たがわぬ」形状を作りだせるのです。
しかも、扱える樹脂の種類が豊富と説明しましたが、固まっても柔らかいままの樹脂を使えば、一見すると非常に微細で複雑な形状のモノなのに、「指で触れたら柔らかい」というようなユニークなモノも作れます。
微細で複雑な形状のモノという意味では、身近な例としてウィスキーなどの瓶の中に模型の船やヨットが入っている「ボトルシップ」を見たことがあるでしょう。あれは瓶の入口から長いピンセットで部品を一つひとつ入れて、接着してシップに組み上げていますが、ああいった微細で複雑な形状のものを一体型で、接着、接合することなく作り上げることができます。
――なるほど。とてもメリットの多い成型法ですね。
はい。3DCADの設計データを作ることさえできれば、「人が想像できる形状のものなら、全て作り出せる」と考えて取り組んでいます。
――すごい……。そこまでできますか。
ただしメリットばかりではなく、弱点もあります。先ほど、他の3Dプリンターではできない微細な形状のモノを作れると説明しましたが、じつは微細な加工という視点では、切削加工など他の加工法のほうが、残念ながら高精度です。PBFの加工精度は現状0.1ミリです。切削加工なら加工精度は0.1ミリ以下でしょう。
また、作れるモノの大きさに制約があることも弱点といえばそうかもしれません。PBFでの製造工程を簡単に説明すると、粉末床溶融結合と表現されるように、箱の中に樹脂の粉末を充填して3DCADの設計データの通りにレーザー光を照射して、溶かして固めて1枚の層を作り、その上にまた同じようにして樹脂を高めて層を作ることを繰り返し、それらを1枚ごとに積み上げて形を作っていきます。なので、作れるモノの大きさが、樹脂を充填する箱の大きさによって制約されてしまうのです。現状では、50センチ四方の箱の中に入るモノまでならできます。対角線を考えると長さでは約70センチまでが最大です。
加工精度が0.1ミリ、作れるモノの大きさが最大50センチ四方ではあるのですが、裏を返せば、0.1ミリの加工精度で微細で複雑な形状のモノを作れるということもできます。先ほどのメッシュの立方体の中に球体が入っているモノなら、「0.1ミリの非常に細かい網の目」の立方体を作れます。これを切削加工で作るとしたら、かなりの時間と労力がかかるでしょう。しかも、先ほど説明したように接合が必要になります。
また、作れるモノの大きさは最大50センチ四方ですが、箱の中に入る大きさのモノであれば、複数個を一度に作ることができます。4センチ角の立方体なら、計算上は1300個程度を一度に作れます。切削加工など他の方法と比べて生産性が高いことも大きなメリットです。
■トライ&エラーを繰り返しながら想いを形にしていくモノづくりに威力を発揮
――生産性が高いといった説明がありましたが、1個のモノを作るのにどれくらい時間がかかるかといったことも気になります。
実際の作業手順とあわせて説明しましょう。まずは、対象物の3DCADの設計データを作ることから始まります。例えば昼間の作業で3DCADで設計データを作り、それをハイエンド3Dプリンターに読み込ませ、退社するタイミングでボタンを押しておけば、次の朝、出社時にはモノができている、そんなイメージです。
3DCADの設計データを作って、読み込ませてしまえば、「あとはスタートボタンを押すだけ」と、とても簡単にモノが作れます。作るモノの大きさにもよりますが、だいたい1個を作るのに4時間程度かかります。
「えっ、4時間もかかるの!」と驚かれることもありますが、先ほどのメッシュの立方体のようなものを切削加工など他の方法で作るときの時間を考えてみてください。とても4時間ではできないし、射出成型など金型が必要な方法で作るとしたら金型を用意するだけでも1カ月程度かかってしまうでしょう。しかも、金型を用意するとしたら、「たった1個の試作品」を作るのではとても効率が悪く、コストもかかってしまいます。作った金型を保管しておくための場所も必要です。
それに対してハイエンド3Dプリンターは「試作品を1個だけ作って欲しい」といったリクエストにも柔軟に応えられます。むしろ得意とするところです。モノづくりのときには、「思いついたアイデアを形にしてみたい」、「試作品を作っていろいろと試してみたい」といったことも多いでしょう。そんな、トライ&エラーを繰り返しながら想いを形にしていく、モノを作りあげていくという取り組みに最適なのが当社のハイエンド3Dプリンターだと思います。そういったところも大きな強みでしょう。あとは、製造時の温度コントロールの精度がとても高いので、3DCADデータで示された寸法通りに精度高く作りあげることができるのも強みです。
――独自性の高い技術だけにいろいろとメリットがあるのですね。整理すると、まず、扱える材料の種類が豊富でしたよね……。
扱える材料は全部で17種類、世界的に当社でしか扱えない材料が9種類、国内で当社だけというのが4種類あります。扱える樹脂粉末の種類が多いということは、さまざまな機能を持ったモノ、例えば当社ならスーパーエンジニアプラスチックの粉末を使って200℃以上の高温に耐えられる航空宇宙部品の造形品なども造れます。
次に微細で複雑な形状のモノを一体型で作り上げられること、大きさが50センチ四方という制約はあるものの、一度に複数個を作れるので生産性が高いことです。1個を作るのにかかる時間は約4時間と説明しましたが、1面に並べて約120個を造っても約5時間で造れてしまいます。そして、製造時の温度制御の精度が高いので粉末材料が溶融して固まるときに変形することがなく、3DCADの設計データ通りに寸法精度高く作れることなどがメリットですね。
とりわけ、扱える材料の種類が豊富なことと、温度制御の精度が高いことは当社のハイエンド3Dプリンターならではの特長です。
■一緒に壁にぶち当たり、一緒にその壁を壊していきたい
――さて、そうしたハイエンド3Dプリンターを持ってして、「東京ビジネスデザインアワード」に参加されました。どんなデザイナーの方々とコラボレーションをしてみたいか、どのようなことに期待するか、お聞かせください。
先ほど製造工程のところでお話しをしましたが、ハイエンド3Dプリンターによるモノづくりは、3DCADの設計データを読み込ませるところから始まります。つまり、3DCADの設計データがとても重要であるということ。どのようなモノを作るかというアイデアを出し合いながら、それを3DCADの設計データに落とし込んでいく、その部分でデザイナーの方々とコラボレーションしていきたいと考えています。
とくに、どんなモノを作るかというアイデアのところで、デザイナーの方々には期待しています。3DCADの設計データをモデリングさえしていただければ、当社ではそれをもとに形にできます。そこには自信も経験も知見も実績もあります。ただし、デザイン、発想、アイデアといった部分は正直、強くはありません。もちろん、当社にも3DCADの設計データを作ることができるスタッフはいますが、デザインの専門家ではありません。社内でよく話し合って、アイデアを出し合ってとは言っても、斬新なアイデアを生み出すのには、どうしても限界があると感じています。その意味で、突拍子もないアイデアでもかまいませんので、デザイナーの方々には、どんどんとアイデアを出して、3DCADの設計データに落とし込んでいくところから始められればいいなと思っています。
ハイエンド3Dプリンターの中でもPBFは生産性が高く、既存技術ではできないような複雑な形状のモノでも、そのアイデアを形に再現できます。加えて、一度作った3DCADの設計データを変更するのも簡単にできるので、デザイナーの方々のアイデアを「とりあえず試してみて」、修正を加えながら試作品作り、それをまた修正しという開発方法を繰り返して最終製品を作り上げる、そんなチャレンジングな取り組みにも最適です。
――たしかにお話を伺っていると夢がどんどんと広がっていくような、そんな技術ですね。
国内のプロダクトデザイナーで、PBFのハイエンド3Dプリンターを用いて何かの創作にチャレンジしたという人は、私が知る限りまだいないのではないでしょうか。海外では、独特の形状のランプシェードやパリコレクションの衣服を作るのに10年ほど前からデザイナーたちがPBFのハイエンド3Dプリンターを使い始め、そのアプリケーション(応用展開)が広がり始めています。ぜひ、私たちと一緒にハイエンド3Dプリンターを活用した「新たなアプリケーション」を生み出していただきたいと思います。
――最後にデザイナーへのメッセージをお願いします。
モノ作りの世界では、「トライ&エラーを繰り返さないことには、新しいモノ、世の中をあっと言わせるようなモノはできない」というのが、当社が常日頃から心に思っていることです。PBFのハイエンド3Dプリンターの開発にも3年以上の研究開発期間を費やしたように、当社もその考えでこれまでずっとモノづくりに取り組んできました。そして生まれたハイエンド3Dプリンターは、試作品を作るのが得意なようにトライ&エラーがしやすい装置です。トライ&エラーをしながら、たくさん壁にぶち当たって一緒にその壁を壊していきましょう。
インタビュー:株式会社タンクフル 下玉利尚明
写真:加藤孝司
株式会社アスペクト
試作から最終製品までを1台で任せられるハイエンド3Dプリンター
各テーマの詳細はこちら:https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/#design_theme
2023年度東京ビジネスデザインアワード
デザイン提案募集期間 10月30日(月)14:00まで
応募資格:国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど
応募費用:無料
詳細は公式ウェブサイトをご覧ください https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/