テーマ企業インタビュー:東京和晒株式会社
2018年度東京ビジネスデザインアワード
「東京ビジネスデザインアワード」は、東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションです。
企業の持つ「技術」や「素材」をテーマとして発表、そのテーマに対する企画から販売までの事業全体のデザイン提案を募ります。2018年度は、テーマ9件の発表をおこない、10月25日(木)までデザイン提案を募集中です。
本年度テーマに選ばれた9社へのインタビューをおこない、技術についてや本アワードに期待することなどをお聞きしました。
歴史ある技術で作る新しいビジネスモデル
お話:東京和晒株式会社 代表取締役社長 瀧澤一郎氏
東京本染(注染)という明治から続く染色技法で手ぬぐいなどの製品を手がける1889年(明治22)創業の東京和晒株式会社。オリジナル手ぬぐいの製造販売に加えて、近年では手ぬぐい工房「てぬクリ工房」を開設し、作る楽しさを伝えるとともに、生徒の作品の販売機会も創出し、多くの東京本染の担い手を輩出している。作ることの楽しみを伝えるところから、ものづくりのプラットフォームを生み出す同社の取り組みについて話を伺った。
一度に複数の製品を作ることが出来る注染という染色技法
ーーまずはテーマとなっている東京本染について教えてください。
主に関東地方で染められた浴衣や手ぬぐいは東京本染と言われました。東京本染は明治初期に開発された注染という染色技法を使っていて、それまでの長板中型染めが原型になったといいます。長板染めとは6メートルほどの板を使います。そこに反物とA3ぐらいの大きさの型紙をのせて、人がその板の前を移動して染める技法です。その方法ですと、どうしても型紙の継ぎ目が出てしまいますし、慎重な作業が必要で作業効率が悪く、1日で3反から4反染めるのが精一杯でした。それで注染という染色技法が開発されました。注染ですと1メートルほどの作業台の上で仕事が出来ますし、一日100反くらい作ることが可能になりました。それによって量産が可能になり、染物が広告の品や贈答品に使われるようになりました。
ーー両面を美しく染めることが出来るのも注染の特徴だと聞きました。
そうです。裏表がなく両面が同じように染まるのが注染の特徴です。一方、量産の手ぬぐいに使われる捺染(プリント)では当たり前ですが生地の裏まで色が通りません。
注染の製作プロセスは、洗いにかけた反物を手ぬぐいの長さに折り、型紙を使って柄以外の部分に糊付けをします。さらに糊が流れるのを防ぐためにおがくずを付けます。折り重ねた生地の表面の柄にヤカンで染料を注ぎ、圧搾機を使って染料を引き抜きます。仕上げに水洗いをして糊と余分な染料を落とし乾燥させます。一枚の型で複数のヤカンを使い何色も染める差し分け染めでは、職人の手加減で同時に二色以上の染料をかけて濃淡を表現する「ぼかし染め」も可能です。
ーー注染ではどのようなものが作られてきたのですか?
当初は主に手ぬぐいと浴衣を作っていました。中でも浴衣がメインだったそうです。ですが昭和13年から26年まで、浴衣も手ぬぐいも一度需要がなくなってしまいました。というのも戦争が始まって世の中から綿布がなくなってしまい、その間は世の中から注染というものも一度途絶えてしまいました。昭和26年に国の統制が解除されてからは復興需要もあり、浴衣、手ぬぐいだけでなく繊維業が復活しました。昭和30年代の浴衣のピーク期があって、その後はファッションの洋風化もあって浴衣業界は次第に斜陽化していきました。それとプリント浴衣が登場してからは海外での生産も始まり、注染は浴衣がメインの技術だったものですから、注染業界にはいつの間にか手ぬぐい屋さんが主流になっていました。生産量も最盛期と比べて1割以下にまで落ち込みました。
ーー和晒さんでも浴衣が中心だったのですか?
弊社の創業は浴衣用の晒生地屋でした。織り屋さんが作った生地を晒してそれを販売するということをやっていたのです。
ーー無地の生地を販売されていたのですか?
はい。浴衣用の白い生地を販売していました。当時はそれで商売が十分成り立っていました。ですが先ほどお話したように浴衣自体の需要が減ってしまったものですから、それでは商売が成り立たない訳です。それでどうしようか考えていた時に、インターネット時代になった1990年代後半くらいから、お客様から直接注文を受けることが出来ないかと考えました。それから、手ぬぐいや半纏などのオーダーを受ける現在の受注生産ビジネスが始まりました。
ものづくりに愛着をもったファンを増やす
ーー手ぬぐい工房「てぬクリ工房」を始めた経緯を教えてください。
インターネット受注を始めましたが、誰でも出来る分、弊社だけではなくいろいろな会社が同じようなことをし始める訳です。それだけですと業界的に差別化することが出来ません。それと異なり、工房の場合実体が伴っていて、ここにくれば技の体験が出来ます。それと弊社は明治から続いている会社ですので、江戸時代の手ぬぐいのアーカイブや図案が記録されたデザインブックや古い資料などといった、唯一無二の本物がリソースとして残っているという環境があります。そういったところに同業他社との差別化をはかることができる、学ぶ場として手づくり工房の価値があると思いました。
ーー歴史的な注染の柄のストックもお持ちなのですか?今回の提案でもそのような柄を使うことは可能ですか?
もしご要望があればぜひ活用していただきたいですね。私も全部見切れないほどの数の江戸時代から明治時代の柄や配色があります。時代ごとや作家さんによってとても個性をもった膨大な蓄積があるのも弊社の強みです。正直今はあまり活用できていないのですが、当時の庶民の暮らしを知る上でも非常に重要な研究資料になるものばかりだと思います。
ーービジネスアワードでもそこにアプローチするのも面白いですね。現代の暮らしを豊かにしてくれる過去の歴史的なアーカイブがあり、そこに新しい価値を生み出すきっかけが潜んでいるにも関わらず、それをうまく活用することが出来ていない現実がありますから。
そうですね。昔の柄の面白いところはデザインに必ず意味があるところです。よく見て考えればその柄のことを理解することができます。それが単に柄のデザインだけをしました、というものとは違うところだと思います。その意味では昔の柄には面白いものがたくさんありますから、うまく使って商品化出来たらいいですね。
ーー単に新しい柄や商品の提案ではなく、工房そのものの使い方という新しい提案の可能性も広がりそうですね。
体験教室を始めたことで、これまで関わることが出来なかったような方々と出会うことが出来て、手ぬぐいに関するビジネスも広がりつつあります。手ぬぐいづくりに関する本も出版したり、この本を見て手ぬぐいを作りたいという人が増えてくれば、注染という技術も伝えることが出来て、次のチャンスが見えてくると思っているところです。単にお店で手ぬぐいを買うだけでなく、作ってそれを売る人が増えてくれば、その中から新しいものが生まれてくる可能性もあります。そうすることで注染や手ぬぐいの裾野を広げていきたいと思って工房をやっています。そういった意味では作り手を増やすことが弊社のビジネスモデルだと考えています。
ーー製造販売だけではなく、ある意味教育から啓蒙まで行っている東京和晒さんのビジネスモデルは独特ですね。
消費者の方も残酷ですから(笑)、飽きたら買ってもらえません。新しいものだけを追いかけていても限界があります。
ーー現代ではデジタル技術が発達して、ファブラボのようにオリジナリティのあるものを少量だけ作ることも可能になりました。個人でネット通販を自ら行うなど、これまで以上にモノを作り、世の中に伝えていくことの敷居は低くなったと思います。
うちの工房の生徒さんたちも、イベントやネットで販売したり、知り合いのお店に置いてもらうなど、それぞれ販売ルートを持っている方も多くいらっしゃいます。作って売るという流れは確実に出来ていますよね。
ーー個人のクリエーションを生かしてもの作りが出来るというところ自体に体験としての豊かさがありますね。
本業とは言わないまでも、ちょっとしたお小遣い稼ぎや、サイドビジネスとしてものづくりをされている方が増えているのは実感しています。自分で作ったものが誰かに面白いと思ってもらえるところが、ものづくりの醍醐味ではないでしょうか。
ーー今回のビジネスアワードでデザイナーともの作りをする場合、てぬクリ工房での製造になりますか?
サンプルの製造や100枚程度のものは弊社の工房で行えますが、量産は同業の量産工場で行う計画です。ちなみに弊社のオリジナル商品で今人気のおくるみは、当初は工房で製造していましたが、現在は国内にある20社ほどの同業の量産工場で行っています。
ーーどんなデザイナーさんとどんな仕事をしてみたいですか?
廣田審査委員長も説明会でおっしゃっていましたが、手ぬぐい染め体験をしている弊社の特色を生かしたビジネスモデルをつくるためにはどうすればいいのか。そこに大きな課題があります。それをデザイナーさんとともに作り上げていくことが出来れば素晴らしいと思っています。柄のデザインではなく、私たちが思いつかないようなアイデア、ビジネスモデル全体を考えていただけるようなデザイナーさんと出会えることが出来たら嬉しいですね。
東京和晒株式会社(葛飾区)https://tenugui.co.jp
1889年(明治22)の創業以来、「小巾綿布と和晒」にこだわり続けている。「晒」「ゆかた」「手ぬぐい」「伴天」「先染生地」「無地染」など、時代とともに様々な製品づくりでお客様とつながってきている。小巾綿布の即納体制はもとより、プロから個人に至るまで、オリジナル製作の多彩なニーズにワンストップで対応している。クリエイターの創作活動・染体験・販売を応援し続けたい。
インタビューと写真:加藤孝司
2018年度東京ビジネスデザインアワード
応募資格 国内在住のデザイナー、プロデューサー、プランナーなど
応募費用 無料
詳細は公式ウェブサイトをご覧ください
https://www.tokyo-design.ne.jp/award.html