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「キヤノンを動かしていくデザイン」ーキヤノン株式会社 総合デザインセンター所長 石川慶文氏インタビュー

今日の企業において、ブランドの向上、社会価値の構築といったテーマを推進していくうえで、デザインが担う役割はいっそう重要度を増しています。企業活動全体を牽引するデザイン体制となるべく、インハウスデザインはどのようなリーダーシップを発揮できるのか。本年春からキヤノンの総合デザインセンター所長を務める石川慶文氏に、自身のバックボーンや企業活動におけるデザインの役割・キヤノンデザインの将来に向けた考えをお聞きしました。



アメリカでの新規ビジネス開拓経験


キヤノンにデザイナーとして入社して、はじめにカメラのデザインを手がけました。ビデオカメラ、コンパクトカメラ、そして一眼レフとしてフィルムカメラの最後のモデルとなったEOS-1Vなどを担当しました。

その後1998年にアメリカに赴任しました。このときはデザイナーとしてではなく、「シニアビジネスプランナー」というポジションでキヤノンの技術を生かした新規事業をアメリカ市場に導入する役割でした。現地では、営業、企画、ソフトウェアエンジニアによる15ほどのチームで、現地メンバーと少数の日本人が協働して、ビデオ会議システムやWEBフォトシェアリングサイト、デジタルラボシステムなどの商談を進めるとともに、製品の一部を現地で開発していました。

勤務地はカリフォルニア、ちょうどグーグルが創業され、いわゆるドットコム系のビジネスが立ち上がり、M&Aが頻繁に行われた時期で、私たちもその大きな渦中で働いていました。「ビジネスプランナー」というポジションもそれまでにキヤノンでは存在しないものでしたから、皆のモチベーションは高く今までにない事業の開拓をすることに力を注いだ期間でした。

一方で、アメリカで新規事業を興す中でインハウスデザイナーの意義についてもあらためて考えました。新しいビジネスを起業する時にデザイナーの役割を創り出したいと考えたのです。デザインスキルを持つ者は私一人だけでしたが、顧客にサービスを売り込むためにWEBやソフトGUIをデザインしました。失敗も数多くありましたが、会員制のスーパーマーケットチェーンにデジタルラボシステムを納めるといった成果も上げることができました。

チームにデザインの機能があることで、ビジネスのプランニングを進める過程でデザイナーがサービスを可視化してチームの理解を統一する、そして顧客には具体的にプロモーションできる。この点を会社が理解して、自分がアメリカでの任期を終えるにあたり、後任者にはデザイナーとしての役割をより明確にしたポジションを授けることができました。



インターフェースデザインを推進


帰国後はアメリカでの経験をベースに、インターフェースのデザインを担当しました。はじめはアドバンスユーザーインターフェースという先行提案部門のマネージャーを務めました。ここでは、インターフェースデザインがこれからの製品の重要な訴求ポイントになるという認識のもとで、さまざまな知見を集めるとともに、通常の製品開発のサイクルに縛られない活動を行いました。新たにデザインエンジニアを雇用し、デザイナーとの密接な協働を通じて多くの研究と提案が行われ、成果は製品のインターフェースデザインに活かされました。この部門の活動は特定のジャンルの製品を対象としたものでなく、多面的に展開できるベースとなるインターフェースを具体化するものでした。

インクジェットプリンターのピクサスで用いられたスクロールホイールを回転させるインターフェースデザインはその代表的なもので、ホイールを利用するユーザーインターフェースはカメラにも搭載され市場の評価を得ました。



「ピクサス」のインターフェース


2007年からはデジタルカメラを中心としたコンシューマ向け製品のインターフェースデザインのマネージメントを担当しました。この分野は市場の動向が早く、他社との厳しい競争に常にさらされる中でシェアを確保することが求められました。そうした厳しい状況の中でユーザーが使いやすいインターフェースの開発に貢献しなければならない意味で、それまでの先行提案とはまったく状況が異なりました。

私はその頃、優れたインターフェースを製品に実装するには、デザインセンターのGUI制作機能が重要だと考えていました。GUIに関しては私たちデザイナーが開発した要素がそのまま最終デザインとして製品に搭載されるからです。たとえば製品の操作画面に表示されるアイコンは、デザイナーが描いたものがほぼそのまま製品に使われることが多く、その数も多い。これはプロダクトデザインであれば、設計部門や生産部門を経由して最終製品のデザインがまとまるのに対して、明らかにインターフェースデザインに固有の特性です。

インターフェースのデザイン開発においては、GUIとして実装されるパーツを美しく高品質で安定して供給できる体制を、デザイン部門として備える必要がある。そのためには、何よりGUIデザインの現場の制作レベルが高くなければいけない。将来を見据えて、私たちはいち早くデザイン部のGUI制作体制を強化しました。その後、インターフェースデザイン部の部長職として、キヤノンが手がけるカメラ、複合機、大判プリンター、医療器に至るまで、すべての製品分野に対して高いクオリティのインターフェースデザインを提供する役割を担いました。

現在はデザインセンター全体を統括する立場になりましたが、特にアメリカへ赴任して以降、役割の多くがインターフェースデザインに関わるものであったことが、私にとっても大きな影響を与えていると思います。



キヤノンデザインの体制と方針


キヤノンのデザイン体制は、プロダクト、インターフェース、グラフィック、ユーザビリティ評価、デザインプロジェクト、アドミニストレーションの各部門が同じフロアーに共存しています。それぞれのデザイナーがイメージを共有しながら自然に協働できることが重要ですので、今はそうしたフラットな体制をさらに強化しているところです。

この中で「デザインプロジェクト」とは、通常の製品開発を越えた新しいものを生み出すために、デザインセンター独自の自主的な先行提案プロジェクトを担当する部門です。ただし、新しいものといってもまったくの絵空事でなく、ドリームというよりビジョン、すなわち近い将来自分たちで手がけなければならないデザイン提案を生み出すことが役目です。デザインセンター内で年間10テーマ程度、こうした活動がつねに行われています。このような先行創造型の組織体系がキヤノンのデザインセンターのスタンダードな体制となっています。

デザインの役割としてやはり重要なのが、キヤノンブランドに対する貢献です。私はデザインセンターのリーダーに就任するにあたり、まずビジョンとして「メンバーのクリエーティビティーによってキヤノンブランドの向上に貢献するとともに、デザイナー自らも新しいブランド価値を創造できるチームであること」を掲げました。デザイナーの活動範囲は製品とその周囲にあるだけでないことを意識しています。広告宣伝や社会貢献に到るまで、積極的にデザイナーがリーダーシップを発揮しながら推進していけることを重視しています。



2012年度ミラノサローネ出展「Fall in Pop」



2012年度ミラノサローネ出展「Super Nature」

このようなブランド構築への姿勢を表す事例として、ミラノサローネへの参加があります。キヤノンの技術や製品にデザイナーの発想力、表現力を加えることにより新しいデジタルイメージングの世界を創造し、展示することを目的にしています。2008年から取り組んでおり、毎年出展物のクオリティを高く評価していただき、多くの方に来場していただいています。特に今年はYouTubeを利用しWEB、SNSによる情報発信も強化しました。さらにメディアが展示を雑誌やWEBで紹介するとその相乗効果で私たちのWEBサイトの閲覧数も増加しています。

この例にみられるように、ソーシャルメディアの発信力は国際的で強力です。使いこなしてゆくには、デザイン部門が自らの情報を各国の言葉に翻訳するなど、スピーディーに発信できるように整備したり、デザイナーの活動自体を映像化する、いわばデザインセンターの活動自体を情報発信が可能な「媒体」にしていくことも必要でしょう。



「キヤノンを動かしていくデザイン」として


キヤノンの大きな特徴は、デジタルイメージング、カメラからプリンター、プロジェクターまで「入出力」のすべてをカバーしている点です。いわば、人がリアルとバーチャルに接する際の出入り口にあたる部分を押さえている。ですからデザイナーの意識も、そのような特性を最大限活かすことに向けられており、そのことはキヤノンのブランドを形づくるうえでとても重要なファクターになっています。

特にプロダクトデザインにおいては、キヤノンらしさに強いこだわりも持ち、吟味されたデザインを採用します。最近発表した映像制作用プロユースカメラのEOS C300、ミラーレスカメラのEOS Mなど、それぞれユーザーや用途は異なりますが、キヤノンらしさを具体化した継承性のあるデザインにしています。



デジタルシネマカメラ EOS C300



ミラーレスカメラ EOS M

企業のデザイン部門としては、その活動が企業活動におけるメインストリームになることが重要です。それはデザインセンター単独で何かをするのではなく、組織全体の中でデザインセンターが信頼され、イニシアチブを取れるようになることであり、特に我々が意識すべきことはキヤノンの社員を快活にするということです。デザイナーが活動するときは、つねに他のセクションのメンバーとの恊働があります。そうしたときに、デザイナーが意欲を持って行動することで、組織全体がアクティブなものになり、結果として社会からも快活な企業として認められるようになる。これも企業に属するデザイナーに今求められている大きな役割だと考えています。


(了)




石川慶文(いしかわよしふみ)
1961年生まれ。1984年玉川大学卒業、キヤノン株式会社入社。カメラ、ビデオのデザインを数多く手がける。1998年、キヤノンUSAに赴任、シニアビジネスプランナーとしてWEBビジネスなど新規事業の立ち上げを行う。帰国後、アドバンスUIデザインマネージャーを経て、インターフェースデザインの部門長を担当。2012年に総合デザインセンターの所長に就任。製品デザインを総括するとともに、デザイン部門の役割を社内に積極的にアピールし、事業テーマの早期提案や将来ビジョン活動に参画。キヤノングループのデザイン関連分野とコーポレイトデザイン支援活動を総括。 


キヤノン株式会社
http://canon.jp/



取材・執筆/秋元淳(JDP)


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