[寄稿]「プラクシス型社会とプラティーク型社会」という視点

去る6月22日から24日の3日間にかけて、日本デザイン学会春季研究発表大会が札幌市立大学で行われた。今回で59回目にあたり来年60周年を迎えるこの大会であるが、発表数291・参加者数530名と過去最大の規模となった。


会場の札幌市立大学は人間重視と地域社会への貢献という教育・研究の理念のもと、デザイン学部と看護学部の相補的連携による高い専門性に立った教育・研究を目指し、札幌市立高等専門学校(通称:札幌高専)を母体に札幌市立高等看護学院を加え、発展的統合する形で2006年に新設された大学である。
初代学長には筑波大学の原田昭教授が就任し、この4月より筑波大学の蓮見孝教授が学長に就任した。新学長の蓮見先生は日産自動車のデザイナーを経て筑波大学の教員に就任して以後、長年に渡って地域振興に従事してきた人物である。蓮見先生の行ってきた様々な偉業については著書『地域再生プロデュース―参画型デザイニングの実践と効果』に詳しい。


さて、そんな蓮見先生が新たに就任した同大学で行われた今大会、筆者は約3年ぶりの参加であったのだが、これまでイメージしていた学会の雰囲気とはまるで違った雰囲気がそこに存在していた。この違いを一言で説明するのは難しいが、あえて一言でいうなれば「ピリついた会社の役員会議」のような雰囲気から「ワイワイガヤガヤした大学のゼミ」へと変化した感じである。
果たしてこの変化は何故起こったのであろうか? そんな事を考えた時に、ふと初日に行われた蓮見先生の記念講演での言葉が頭の中に浮かんできた。


その講演のテーマは「地域を変える横断型知力としてのデザイン」。その中で蓮見先生は「プラクシス型社会」と「プラティーク型社会」という二つの言葉を用いてこれからの社会について説いていた。
プラクシス型社会とはいわゆる「ビジネス指向」の社会であり「ビジネス優先/アウトプット重視/価値一元化/勝ち・負け」の価値観によって動く社会の事を指す。一方、プラティーク型社会とは蓮見先生いわく「お散歩型」の社会であり「生活の質優先/プロセス重視/多様性の容認/共生」の価値観によって動く社会の事を指す。
プラクシス型社会とプラティーク型社会の大きな違いはその目的性にある。プラクシス型は目的が明確であり、プラティーク型は目的が不明確である。プラクシス型においては目的が明確であるがゆえに価値が一元化でき、アウトプットで優劣判断が可能である。一方プラティーク型では目的が不明確であるため、価値は多様でありアウトプットで優劣の評価が出来ない。
と、その違いだけを述べるとたいした話ではないように聞こえるが、実はこの中に重要な意味合いが隠れている。


それは「楽しむ」ということである。蓮見先生は講演の中でプラクシス型を「街を歩くビジネスマン」、プラティーク型を「街を散歩する人」と例え、果たしてどちらが楽しそうか? という問いかけを行った。さらに「人はお金を稼ぎたいわけではなく、お金を使って幸せになりたいと思っているだけである。つまり、究極は幸せになりたいと思っているだけである」と指摘していた。
実はこの指摘、何を意味しているかというと、「手段の目的化」である。プラクシス型における目的とは「皆が幸せになること」であり、「お金を稼ぐ」というのはあくまで手段であったはずなのに、いつしかそれ自体が目的化しており、本来の目的である「幸せ」がどこかに行ってしまっているという事である。これに対し、蓮見先生はプラティーク型というモデルを使って「プラクシス型と同時並行的に『楽しむ』という要素を盛り込まないと本来の目的が達成できない」と指摘しているのである。たしかに言われてみればその通りで、本人が楽しんでいないものを他人が楽しめるか?と言われれば難しいと思う。
蓮見先生はこれらを踏まえつつ、これらプラクシス型とプラティーク型を同時並行的に行うデザインのマネジメントがこれから必要であると提言した。ちなみに「学長からのメッセージ」にも似た内容が書かれているので、是非こちらも参照いただければと思う。


この話が頭の中にふと浮かんだ時、ピンと閃いたのである。「これは地域社会だけではなく、何にでも同じ考え方ができるなぁ。ということは今回の学会も同じ考え方に基づいているのだろうか」と。ということで、ふら〜っと学長室にお邪魔して、蓮見先生に今回の大会について尋ねてみたところ「実は意識した」との答えが返ってきた。
その仕掛けは処々諸々なので説明は割愛するが、確かにそれによる変化は随所に出ていた。最も顕著に現れていたのは質疑応答である。筆者が見学した発表の質疑応答の多くが、批判ではなく、検討であった。具体的に述べると「○○が違う」という指摘より「もっとこうした方がよいのでは?」という投げかけが多く見受けられたのである。
学会発表の目的が「新しい知見・ヒントを得る場」であると考えれば、非常によい変化である。そして、最も興味深かったのが「今回の大会は何がよいか分からないけど面白かった」という声が随所で聞かれたことである。ポイントは「何がよいか分からないけど」の部分である。実は筆者も同じ感想なので、この記事を書くのが難しくて仕方ないのであるが、今までに感じたことのない「熱気・活力」のようなものが今回は感じられた。そして不思議と「次回が楽しみだ」と思ってしまっているのである。おそらくこの不思議な感覚こそが蓮見先生が指摘した「プラティーク型」の推進力なのではないかと思う。そして、実際に体験してみると、その重要性を身に染みて実感できる。そう考えると「蓮見先生も策士だなぁ」などと思いニヤっとしてしまったりもするのだが。
それはさておき、「プラクシス型とプラティーク型」は、これからのデザインにおいて非常に重要な考え方だと思う。昨今、デザイン業界においても様々な課題が存在している。それらをプラティーク型も含めて考え直した時、これまでと全く違うやり方・考え方が出てくるのではなかろうかと思った次第である。


プラクシス型とプラティーク型、ご興味を持った方は是非ともふら~っと学長室に行き、蓮見先生にお話を伺ってみてはいかがでしょう。ふら~っと学長室に行けちゃうのも、蓮見先生の魅力のひとつです。札幌が遠い場合は、グッドデザイン賞の審査で都内にいらっしゃる時もひとつの狙い目かもしれません。 



執筆/蘆澤 雄亮(千葉大学大学院工学研究科・工学部助教) 



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