
デザインという“希望” 【JDP理事・森山明子】
日本デザイン振興会 評議員・理事インタビュー[12]
理事・森山明子
そのころデザインは“希望”だった——『昭和のデザイン〈パイオニア編〉』(日経デザイン別冊、1995年)の黄色い帯にそう書いたことを思い起こします。1905年生まれの豊口克平・岡秀行から1921年に米国で誕生した石元泰博まで16人の連載記事を、戦後50年の1995年にまとめた折りのことです。だれもが戦争を体験し、だれもが戦後をみつめ、その復興に役割を果たしました。
津波で流され尽くした岩手の風景を焼け跡に重ねるつもりはありません。ですが、大震災からの復興、そして減災にとって、デザインが“希望”となることは切に望みたい。自然と人工の両面にわたって人々の営みの“地面”がもろくも崩れ去った年——蒔かれぬ種は芽生えない、新しい生命は自らを種蒔く人によってのみもたらされることを再度、確認したいのです。
大量生産・大量消費・大量廃棄の年月に歴史は「異常な百五十年」と断を下すだろうと書いたのは、オランダデザイン研究所所長のジョン・サッカラ氏でした。それぞれの場で、社会にとって、文明と文化にとって、デザインの底力を示す営為を探る人々がいることを“希望”としたいと思います。

森山明子(もりやまあきこ)
武蔵野美術大学 デザイン情報学科 教授
公益財団法人日本デザイン振興会 理事
1975年に特許庁入庁。意匠課審査官、財団法人国際デザイン交流協会勤務などを経て、86年に日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。『日経デザイン』の創刊にかかわり、88〜93年に副編集長、93〜98年に編集長を務める。98年3月より現職。グッドデザイン賞創設50年の記念本『Gマーク大全 グッドデザイン賞の50年』の監修を担当するほか、各分野での講演、編著書など多数。


